Destruction6―「血染契約」(続)
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○湾岸地帯
ザンサイバーとガイオーマの落下跡、その地に倒れた無人の二機を挟んで
小競り合いが始まっている。一方はICON、もう一方はもちろん藤岡の
率いる"十字の檻"の機体回収部隊だ。
先行していた餓空骸とICONの部隊に対し、単純な兵の頭数ならその
三倍と、数台のジープに重火器を詰め込み果敢に攻撃を仕掛けている物の、
やはりまがりなりにも巨大人型多肢兵器三機を相手にするには分が悪い。
敵地上部隊からの反撃と餓空骸からのミサイル攻撃に、たちどころに劣勢に
追い込まれる藤岡隊。
藤 岡「戦力差は拭いきれんか」
ジープの陰で、小銃を手に舌打ちする藤岡。その傍らには、巻き起こる
爆音と銃声に身を縮ませている昴がいる。
藤 岡「今から君だけでも脱出させる。私から離れないように」
昴 「だ、だけど」と、二人の隠れたジープのすぐ傍にて巻き起こる爆発、
「きゃああ!」
悲鳴――刹那、
GIN! 発光する、ザンサイバーの双眸――!
轟…! 瞬間、突然背中から起き上がるガイオーマの機体、その機体が、
背から1機の餓空骸に叩きつけられる!
そして、そのガイオーマの機体を振り回した巨大な影が、餓空骸の前に
姿を現す。ザンサイバーだ。無人のはずのザンサイバーが、無事な左拳を
振り上げ、餓空骸に叩き込む! その一撃で地に倒される餓空骸。
昴 「ザ、ザンサイバーが!?」
声 「――何も驚くことはない」
唐突の声。振り向くと、そこに、黒い戦闘服、白い鬼面の男がいつの間にか
昴と藤岡のすぐ傍に立ち尽くしている。ICONの指導者イオナに遣える
仮面の兵士、黒鬼だ。
昴 「あなたは…」
黒 鬼「君は"進化の刻印"――ザンサイバーの飼主の資格を持つ者。飼われた
獣が主人を守ることは何の不思議でもない」と、藤岡に向く。「藤岡、
この娘、私が預かる」
藤 岡「何だと?」
黒 鬼「あの白い機体――骸逢魔(ガイオーマ)が動いた。あの機体の
ポテンシャルが、あんな木偶などではないということ、判るな?」
そのガイオーマ、突如動いたザンサイバーに機体を振り回され、地に伏せて
いる状態。そのザンサイバーも一度餓空骸を叩き飛ばした姿勢のまま、
またもぴくりとも動かなくなっている。
藤 岡「何が言いたい」
黒 鬼「動くことなかったはずのガイオーマが動いたことで、戦局が新たに
渦を巻いた。このままでは"再び"滅びが襲い来る」
だが、そのザンサイバーの突然の起動に、警戒するよう後ずさっている
三機の餓空骸。下手に攻撃をすることが出来なくなり、結果として藤岡の
軍勢が優位に立ちつつある。
黒 鬼「"今度こそ結末は修正されなければならない"――その為には、今、
この娘が必要なのだ。この娘の持つ"進化の刻印"
がな」
昴 「教えてください!」たまらず、声を上げる昴。「いったい"進化の
刻印"って…ザンサイバーって何なんですか!? どうして、どうして兄貴や
優くんや、私が、こんな…」
黒 鬼「ならば、私と共に来なさい」
昴に、手を差し伸べる。
黒 鬼「君に見せたいものがある…君の運命と、私たちが変えようとして、
変えることのできなかった結末のひとつをな」
○湾岸の街、役場の屋上
弦 「いよお、優くん! 元気そうじゃないかね、ぁあ?」
バタン、と屋上に繋がる扉が蹴り開けられ、姿を見せる弦。
その弦の前、立ち尽くしている優。彼方にて煌々と照らされる戦場の赤い
空を背に、その顔は見えない。待ち構えていたと、挨拶に対する返答もなく
手にした銃を撃つ。素早く転がって躱し、物陰に隠れる弦。
弦 「コラァ! いきなり丸腰の相手、問答無用で撃ってくるか普通!?」
その言葉に対する返答もなく、なおも威嚇で撃ってくる。
上等、とばかりその場から飛び出す弦。飛んでくる銃弾の中、転がる
ように優に近付き、至近距離からいきなり跳ぶ。がし、と掴まれる
ハンドガンを持った右手。
その右手を抑え、頬を狙って殴りかかる。が、一瞬止まる弦の拳。
弦 「な、なんであんた――!?」
愕然とする弦。今まで優だとばかり思っていた銃を手にした人物、だが、
目前にて自分が殴りかかっていたのは、実は遮那である――。
優 「ここだっ!」
突然、横から飛び出す優。愕然となっている弦の腹をいきなり蹴ってくる。
その長い脚からの蹴りをまともに受け、うっ、と呻きうずくまる弦。間髪
入れず優、更に脚を振り上げる。
弦の下顎を直撃する蹴り。たまらず、屋上の端まで吹っ飛ばされる弦。
飛ばされた身体が手すりを越え、そのまま屋上から落ちかけるものの、
伸ばした手がかろうじて手すりの端を掴む。ほぼ指先だけで屋上から
ぶら下がる形になる。
優 「ちっ!」
即座に弦のぶら下がっている手すりまで駆け寄る優。手すりの端に僅かに
引っかかっていた、弦の指を蹴り潰そうとする。
だが、弦からすれば、指先がそこに残っていれば充分だ。優の脚がその
指先を蹴る直前、その指先の力だけで身体を引っ張り上げて見せる弦、
突如優の前にその姿を現す。不意を突かれた優の襟首をがし、と掴む弦の手。
驚くべき身体のバネを生かし、優を掴んだまま背筋をぐんと伸ばす――。
弦 「どうせ落っこちるんなら、二人仲良く行こうぜぇっ、マブダチの
優くんよぉっ!」
優 「貴様ぁぁぁっ!」
夜空の元、屋上から飛び出す二人の身体…。
遮 那「弦君、優君!」
○役場、駐車場
バン! 停車していた車のルーフに、突然何かが撥ねる。そのまま二方に
分かれるふたつの影。一方は弦、そして一方は優だ。互いに落下から無傷
なのを確認し、再び飛び出すように激突する。
高速で唸る弦の拳、それを顔の寸前、掌で受ける優。その拳の勢いのまま
弦の身体を振り上げる。飛ばされるも、また他の車のルーフを蹴って、もう
一度優に仕掛けようとする。
その弦のすぐ目前に現れる優。避ける間もなく、鋭いボディーブローを
二発、弦の腹に叩き込む。ぐふ、と呻きつつ、それでも脚を揮う弦。
優、その弦の廻し蹴りを片手で受ける。その弦の片脚を掴んだまま、
常識外れの力で弦の身体を振り上げる優。
優 「死ねぇぇぇっ!」
刹那、銃声――、
バシャ、突然手を離され、水溜りと化した地面に落ちる弦。半分身を
起こすと、優の胸に、穿たれている銃創…。だが、その胸の傷口からは血が
流れている訳でもなく、一条の白煙と、微かに散っている火花…。
一瞬振り返る弦。いつの間に屋上から降りてきたのか、こちらに向けて、
たった今銃弾を吐き出したばかりのハンドガンを構えている遮那。そして、
弦 「…そういう、ことかよ」水溜りから、ふらりと立ち上がり、流石に
驚きを隠せない口調で優に向かって告げる。「機体からエネルギーの逆流を
受けても黒コゲにならない…そして、今の俺とタメ張れる身体の力…優、
手前ェ…」
優 「…そうだ、僕の身体の半分は機械になっている」火花を上げる
傷口から、銃弾をほじくり出し、苦々しく告げる。「すべては、貴様を倒す
ためだ。ガイオーマに乗り、ザンサイバーに乗る貴様を、この手でひねり
潰してやるためにな!」
弦 「ずいぶんと嫌ってくれるじゃねえか…このマブダチの弦君をよぉ」
優 「ふざけるな――"その弦を殺した悪魔め"!」
その叫び――、一瞬、凍りつくその場の空気。
バシャ――、ふと、水の撥ねる音が響く。いつの間にそこにいたのか、
愕然とした顔で立ち尽くしている…昴。
弦 「昴…?」
昴 「…兄、貴? …優くん」
膝までの水溜りの中に立ち、ふら、とあとずさる昴。その背が何者かの影に
ぶつかる。昴をここまで連れて来た、黒鬼がその昴の傍らにいる。
優 「役者が揃ったみたいじゃないか、丁度いい」嘲るように告げる。「
断罪の時間だぞ。弦を殺し、今までその皮を被っていた悪魔め」
無言で、応じない弦。優、ではとばかりに続ける。
優 「…判りきっていたことだ。ザンサイバーに乗る者はすべて喰われる」
優の言葉に、かつて、自らもザンサイバーのコクピットに乗り込んだことを
思い出す昴。そして、自分の目前で宙に溶け落ちる暗殺者、斑地二郎の断末魔。
優 「なのに、お前だけが喰われることなく生き残り、そして昴ちゃんも
またザンサイバーに乗ることができる。二人だけがだ。そんな都合のいい
話があるか? いや…"弦もまた、喰われたんだよ"!」弦を指差し、断言
する。「そしてザンサイバーは、弦の姿形と記憶を元に、自分のパイロット
として機能させるための、弦そっくりの化物を作り上げた!」
その指摘に対し、何の反論も返さない…返せない、弦。
優 「超人的な戦闘能力。ケダモノそのものの闘争本能。敵を倒すこと
だけに支配された目的意識。まさに、ザンサイバーのパイロットに相応しい
完全な生物兵器というところか。いや…こいつの役目のひとつは、昴ちゃんの
ボディーガードでもあるのかな? ――何故なら
"ザンサイバーとは、元々
昴ちゃんのためにある存在"なのだからな!」
息を呑む昴。
昴 「う、そ…」愕然と、呟く。「それじゃあ…私の兄貴は…目の前に
いる兄貴は、誰なの…?兄貴は…どこ行っちゃったの…」
弦 「昴…」ふと、あきらめたような、そんな乾いた笑みを見せる弦。「
…そうだ、な。そのとおりだ…」
観念したかに、告白する。
弦 「斬馬 昴の兄貴にして、柾 優のマブダチ、斬馬 弦は、あの雪山
で、ザンサイバーの中で喰われて死んだ。もう、そんな奴は、どこにも
いない――」
驚愕の昴。
弦 「俺は…」自棄的な笑みを口元に貼り付かせたまま、続ける。「優…
くんの言うとおり、斬馬 弦の顔と記憶を持ってるだけの…ザンサイバーに
作られた、化物だよ」
昴 「嘘よ…」力なく、崩れる昴。「嘘よぉーーーっ!」
夜空を裂く絶叫――、
瞬間、夜空に、轟音が轟く。その一瞬後、
ズン――、一同のすぐ傍らに、地を砕くかの勢いで着地する、急飛来して
きた手負いのザンサイバー!
優 「やはり決着は、ザンサイバーの存在抜きではありえないか!」ならば
と天を振り仰ぐ優。「――ガイオーーーマッ!」
○湾岸の街、夜
狭い街並の建物をことごとく突き崩しながら、ザンサイバーとガイオーマ
の再度の激突、始まっている。
砕かれた右手の代りに、右の手甲から鋼爪、パイルドスマッシャーを
伸ばし、果敢にガイオーマに挑みかかっているザンサイバー。
弦 「昴の前で、思いっきり暴露してくれちゃってよォ!」自暴自棄に
、機体の腕を振り回させる弦。「さすがの俺もちったぁキズついたぜぇ、
ェエ柾 優くんよ!」
優 「ふざけるな偽者!」
ガイオーマの拳が、ザンサイバーの胸部獣面の横面を叩く。叩き飛ばされる
ザンサイバー。
優 「すべてを喰らおうとする餓えた化物! だったら逆にこちらが
喰らってやるよ、ガイオーマに隠された能力をもってな!」
優の叫びと同時、コクピット内の空気が震える。あの、パイロットの身体も
苛むエネルギー逆流現象の前兆だ。
優 「このパワーの逆流が――骸逢魔の能力
すべてを僕に教えてくれた。行け、抗体ども!」
コクピット内を襲うパワーの逆流。一瞬、大きくビン、と張った
ガイオーマの翼がしなり、ザンサイバーの方を向く。瓦礫を巻き上げる
ように起こる風。
その巻き上げられた無数の瓦礫が、まるでイナゴの大群かのように、一斉に
ザンサイバーに向かう。そして、まるで引き付けあうかのように、ひとつの
塊へと集中、結びつき、なんとも形容し難いカタチを形成していく。
節々で繋がれた、長大な蟲のごとき本体に、螻蛄のようなふたつの爪と
髑髏のごとき顔。そして、その背からは巨大な瘤のごとき赤黒く醜悪な
半身が生え、節足動物のような細く、硬そうな副肢を伸ばしている。背の
半身に付いた、単眼と毒針で構成された顔。その単眼が不気味に輝く。
ガシッ、ザンサイバーに組み付いてくる、ガイオーマの生み出した"抗体"。
その大きさはせいぜいザンサイバーの半分といったところだ、振り払うのは
容易である。が、背の半身から生えた細い副肢をザンサイバーに絡ませ、更に
その半身の頭部の、口元の毒針を突き刺してくる。
ジュ…、仕込まれた強力な酸が、胸部獣面の片側の鬣を変色させ、溶かして
いく。
弦 「こっ、この野郎!」
ザンサイバーの左拳が唸る。その一撃で容易くザンサイバーから
引き剥がされ、元の瓦礫へと粉微塵にされる"抗体"。だが、なおも続々と、
ガイオーマによって街中の瓦礫が集まり、作り上げられていく"抗体"。
すでに数十匹という単位で、群れをなしてザンサイバーに這いより、
襲い掛かってくる!
優 「ザンサイバーを喰い尽くしてしまうがいい、コーパスルズ!」
○"十字の檻"
中央指揮所。わずかなオペレーターたちと共にそこに残り、スクリーンに
映る戦況を見つめている三枝。件の携帯端末にて、何者かと会話を
交わしながら。
三 枝「ただの瓦礫が多肢兵器に化ける…しかも二次元絶対シールドを
無力化しているですって? 魔法でもなければ説明できないことをやって
くれるわね」
★
通話の相手「ずいぶんといいカードだろう? 手に入れるのに苦労したんだ」
やはり携帯端末にて、三枝に応じている相手の口元、アップ。その顔は
見えない。
通話の相手「あと、この魔法の秘密なら…あなたのほうがむしろ詳しいと
思ったけどね。何故なら、大元は"ザンサイバーと同一の力"
なのだから」
三枝の声「ザンサイバーと同一…まさか? でもありえない!」
○湾岸の街、夜
ガイオーマが瓦礫から生み出した無数の泥人形、"抗体"――コーパスルズの
軍勢に苦しめられているザンサイバー。見ると、背から生えた半身の形状の
違いで、コーパスルズと呼ばれる泥人形の形状に二種類あるのが判る。
毒針を武器に果敢にザンサイバーに攻めてくる赤い半身。そして、遠巻き
からザンサイバーを攻撃してくる白い半身。
白い半身、その巨大な単眼から高熱を伴うエネルギー流を放ってくる。
さすがにそれでやられるザンサイバーの装甲ではないが、エネルギー流の
高熱、高圧に怯んだところで赤い半身が集団で群がってくるのだ。
一体一体に大した戦闘能力はなく、向かって来るそばから容易く蹴散らして
いくとはいえ、ザンサイバーの各部装甲の端々が、毒針から突き込まれた
酸でボロボロに侵されている。しかも装甲の劣化に伴い、白い半身からの
エネルギー流攻撃も確実にザンサイバーにダメージを与えている。
弦 「主砲で薙ぎ払ってやる!」
ザンサイバーの額パーツ、頭部主砲エヴァパレートインフェルノの
ロックパーツが開く。次の瞬間、頭部ビームレンズを砕く毒針。
弦 「ちっ、畜生! このゾロ虫どもが、俺は手前らの親分に用が
あるんだよ!」襲いかかってくるコーパスルズを続々と払い除けつつ、
唸る弦。「優っ! こっちを子分に任せて手前は高みの見物かよ!? サシで
勝負しやがれこの野郎!」
優 「黙れ…黙れッ!」
再び、エネルギーの逆流にさらされるコクピットの中、自身の機械の体の
あちこちから火花を散らしつつも、怒りに呻く優。
優 「僕の、――僕の弦を殺した破導獣! 罪を償え! 地上からの
消滅をもってしてな!」
弦 「今は消える訳にも死ぬ訳にも行かねえんだよォッ! それじゃあ…」
正面から挑みかかってくるコーパスルズの顔面を掴み上げ、握り潰す
ザンサイバー。
弦・M「それじゃあ――契約が無駄になっちまう」
画面、ホワイトアウト――、
○回想
淡い光彩が渦巻く空間の中、絶叫している弦。あの、雪山にてクレパスの
底で凍てついていたザンサイバー。そのコクピットに、何者かに落とされる
形で、初めて乗り込んだ日。自らの肉体が光の泡粒となって徐々に
分解していく様を、目の当たりにしている弦。
弦・M「なんなんだよ…死ぬのかよ俺。こんな、訳の判らない化け物に
喰われてよ」自分の腕が溶け落ちたのを見る。「冗談じゃねえ…死にたく
ねえよ俺、まだ、死にたくなんか…」
謎の声「…死にたくないか?」
弦・M「誰だ…?」
突然、響く何者かの声。
謎の声「…生きて、いたいか? 愛する人間の元に帰りたいか?」
弦・M「誰だ…お前…?」
謎の声「…生きていたいなら、聞け、俺の言葉を。――お前の身体は、
もうすぐ消滅する。ここで喰われることによってな。その事実からは、もう、
逃れられない…」
弦・M「そんな…駄目だ…だって、俺が…俺がいなくなったら…」目を
見開く弦。「誰が、誰が昴を…あいつを…。守らなきゃ…生きて、
帰らなきゃならない…あいつの、為に」
謎の声「…ならば…お前に、守るべきもののために、戦う意志があるなら
…お前の、その意志を引き継ぐ者を生み出してやることは、できる」
弦・M「俺の…意志?」
謎の声「お前の記憶を引き継ぎ…お前の代わりに、お前の守るべきもの
のために戦う者…ただし、その時間は限られている…」
弦・M「限られて、いる…?」
謎の声「…ここで新たに生まれる者の肉体は、驚異的な戦闘能力と引き換え
に、その肉体そのものは極めて不安定なのだ…たとえ生まれ出でても、
その命はいつまで持つか判らない。…それでもなお、守るべきもののために
戦おうというなら…その命が費える前に、目の前の敵すべてを斬り砕き、
"守るべきものを脅かす敵、すべてを滅ぼすしかない"。それは敵の肉を喰い
血の河を渡る、逃げること叶わない戦いの道だ…」
弦・M「戦うしか、ない…逃げられない、道…」
謎の声「…時間は限られている。それでも、なお、意志を、記憶を
差し出すか? お前という魂が消え、お前の見届けること叶わない戦いに
赴く新たな命に、お前の守るべきものを、託すことができるか?」
そうしているうちにも、泡となって弾けていく弦の肉体。無論答えは
決まっている。
弦・M「それでも…いい」
断言する。その瞬間、弦の目前に集中する光の粒。集まった粒子が人の形を
作り、やがて、表層の粒が泡立って、そこに新たな人間の肉体が誕生する。
弦と瓜二つの…。
弦・M「俺が、ここで死んでも…こいつが、俺の代りになって、昴の元に
戻ってあいつを安心させてくれるなら…あいつを、守ってやれるのなら…」
謎の声「…ならば…戦う意志を示せ!」
安堵する弦に、新たな決断を迫る。
謎の声「…この肉体を支えるのはお前の記憶と、お前が愛する者を守るため
に戦うという意志。もし、お前の意志が戦いを拒めば、この肉体は支える
ものを失い自滅するだろう。…それでも、戦う意志あるならば…それを
示すがいい。お前を喰らおうとする、この獣を喰らい返すほどの意志を…
その時、お前の意志と記憶は新たな肉体に受け継がれ、その命尽きるまでの、
戦いの道は始まる…」
弦・M「迷わない…俺の意志は…戦う…昴を、守る…それだけのため、
だから…」俯いていた顔を上げる。「だから…誓う。俺の意志が、この身体の
中で生き続ける限り…俺は、何者からも、昴を守りぬく…絶対に、絶対にだ」
謎の声「…よかろう…契約、成立だ」
満足したかの声。
謎の声「…これを裏切ることは許されない。お前は、もう後戻りは出来ない」
弦・M「構わ、ないよ…これで、あいつが守れる、なら…」
謎の声「…よかろう、では」
弦・M「ああ…こんな、こんな化け物に…喰われやしねえ…」
目を見開き、絶叫する弦、
弦 「――俺がこいつを喰ってやる!」
○現実、湾岸の街
弦 「それが…あいつに、昴に誓った…約束…だから…」操縦桿を握り
締める。「昴…お前が俺を受け入れてくれなくてもいい。俺は、俺の命は
――お前のものだ!」
その、弦の闘志を受け、ザンサイバーの双眸が強く輝く。胸部獣面の顎が
開き、戦場を震わすまでに、大きく咆哮する。その叫びに一瞬怯む
コーパスルズの群れ。刹那、沸き起こる大爆発――!
ザンサイバーが、その機体から次元波動を爆発的に発したのだ。半分近くの
コーパスルズが巻き込まれ、再び瓦礫と化して吹き飛ぶ。
そして、その、爆煙の晴れた後――、
オオーン!
戦場を震わす咆哮! 獰猛な四足獣の姿を模した、ザンサイバー第二の姿、
ジュウサイバーが、夜空へと大きく咆哮している。
ダッ――、駆け出すジュウサイバー。
無限に生み出されるコーパスルズの軍勢が、いくら戦場を隙間なく
埋め尽くしているとはいえ、その完全戦闘形態に特化したジュウサイバーの
スピードを捉えることは出来ない。超高速で揮われるジュウサイバーの牙が、
爪が、立ち塞がるコーパスルズの群れを蹴散らし、一気にその包囲網を
抜ける。その先に立つのは、全身を逆流するエネルギーの脈動に震わせた
ガイオーマだ。跳びかかるジュウサイバー、
ガガガッ! 唸りを上げたジュウサイバーの鋼爪が、ガイオーマの銀色の
片翼を引き裂き、宙に散らす。そして、残ったコーパスルズの群れが、
ことごとく再び元の瓦礫に戻って崩れ落ちる。ガイオーマからのエネルギーの
供給を絶たれ、その姿形を維持できなくなったのだ。
優 「化物めーーーっ!」
ジュウサイバーに向き直るガイオーマ。牙を向き、爪を振り上げ、その
ガイオーマへと飛び掛ってくる鋼の凶獣――、
刹那、何者かの声を聞く優。
弦の声「――優」
優 「…?」
優の視界、一瞬、弦の笑顔がジュウサイバーに重なる。その虚を
突くように、ガイオーマの胸部装甲に突きこまれる、ジュウサイバーの
鋼爪…!
絶叫を上げる優。裂かれた装甲の鉄板がコクピット内に抉り込み、自身の
肉体の半分近くにも無残なまでに喰い込んでしまっている。肩口から大きく
喰い込んだ鉄板が機械の身体を裂き、その傷口から覗く機械部品が火花と
白煙を吹き上げ、手足の先は完全に潰されている。あまりに、あまりに
凄惨な姿。
優 「破導獣め…化物め…弦を喰い殺して、そして、僕まで殺す気か…」
黒い涙が溢れる、憎しみの目でジュウサイバーを睨みつける。「一体貴様は
…どれだけ血を流せば気が済むんだ!」
跪くガイオーマ。グルル…、ひと声唸り、なおもガイオーマに
跳びかかろうとするジュウサイバー。刹那、
ビュン――、戦場を、何者かが高速で突き抜ける。その一瞬、姿を
消しているガイオーマ。
先程現れたICONの回収部隊…三機の餓空骸である。その三機が高速で
戦場を横切り、瞬時にガイオーマを拾い、宙に逃れたのだ。三機分の推力を
もってガイオーマを支え、戦場からの高速離脱をはかる餓空骸。
ジュウサイバー、機体を起き上がらせ、再びザンサイバーに変形。だが
全身に手傷を負い、背のブースターをも砕かれたザンサイバーに、もはや
ガイオーマを追う力はない。
弦 「優よぉ…お前にだけは」自嘲的な笑みを浮かべ、自分の掌を見つめる
弦。「できることなら、お前にだけは…判ってほしかったよ」
○"十字の檻"
戦況を見据えつつ、なお何者かと通話している三枝。
三 枝「今回は痛み分けというところね…でも、魔法の理屈はどうやら判って
きたわよ」
相手の声「さすがは姉さん。いや、僕のほうもヒントはいっぱい出したんだ
けどね」
三 枝「そういうことね…つまり、あのガイオーマなる機体は――」
★
通話の相手「そのすべては、次のステージで明らかになるさ」
口元に浮かんでいる、余裕の笑み。
通話の相手「こちらのカードは揃いつつある。どちらだろうね。僕と姉さん、
より多くのカードを集めるのは」
三枝の声「舐めちゃいけないわよ、ぼく。こちらの手駒も揃いつつあるの、
それを忘れないことね」
通話の相手「お互い、まずは先手を取りたいものだね。――それじゃあ
姉さん、今日はこのぐらいで」
三枝の声「そろそろ遅いわよ。暖かくしてお休みなさい」
ピッ、という電子音と共に途絶える通話。
その通話の相手、手にした携帯端末を下ろす。明らかになるその顔――。
金髪、碧眼、白い肌。整えられた顔立ちに浮かぶ、自信に満ちた表情。
ICON幹部にして、ガイオーマと優を戦場に繰り出した張本人、ボーン
ことサイレント・ボーンストリング、その人である。
★
三 枝「…そう、舐めちゃいけないわよ」
通話の終えた携帯端末を手に、目前のコンソールパネル上のキーボード、
そのキーのひとつを叩く。コンソール上のディスプレイに表示される、
各地に点在する幾つかの巨大工場の内部画像。そして、そこで続々生産
されているのは…、
三 枝「たとえ拠点である西皇市を失ったところで…破導獣軍団の製造工場は
いくらでもある」
微笑む三枝。あの、戦場となって壊滅した西皇市の地下にあったものと
同様の、破導獣製造工場――。国内、及び世界各地の工場にて生産が進む、
異形の巨大多肢兵器の軍勢。
○湾岸の街
荒れ果てた廃墟と化した街。そこに傷つき、跪いているザンサイバー。
遮那、そして藤岡、並んでその傷ついた機体を見上げている。
★
その戦場の後を見下ろす上空、1機の小型VTOL。その複座の
コクピットの中、操縦桿を握っている黒鬼と、そしてナビ席に収まり、
俯いている昴。
昴・M「私の運命と、変えようとして変えることのできなかった結末の
ひとつ――それが優くんと兄が戦う運命だというなら、黒鬼は、あまりに
残酷なものを私に見せてくれたのです」
一度だけ、機体の眼下にある戦場を振り向くように、横を向く。
昴・M「そして、その兄も、私の知っている優くんも、もうどこにもいない
…帰れる場所、すべてをなくしてしまった。その時私はそう思ったのでした」
○湾岸の街、街外れ
荒れ果てた街を見渡せる、山沿いの道路。その道路沿いにバイクを停め、
戦場の跡を見据えている、制服姿の少女。
弦の前に現れた正体不明の女、月島蘭子である。
(「Destruction7」へ続く)
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