Destruction5―「逢魔が刻」


原案協力・骸逢魔デザイン/蘭亭紅男

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○西皇市市街地
 街に鳴り響く、午後6時を告げる鐘の音。炎に包まれているビル街。 瓦礫の山の中、上空を見上げている、白い鬣の四足獣、ジュウサイバー。
 そして、黒煙に染まる夕暮れ空に浮かぶ、巨大な白い髑髏――。

 いや、見れば、それはただ宙に浮かんでいる髑髏ではないことが判る。 黒煙の中から、ゆっくりと姿を現すその全身。白い巨体を覆う、死神の装束の ようにも見えるマント状の装甲。そして、一瞬その機体を髑髏と 見間違えさせた鬼面。
 髑髏――いや、まさに白い死神とでも形容するべき機体。突如黒煙に 染まる空から割って現れ、地上のジュウサイバーを睥睨している。


黒 鬼「いかん!」

 燃え残ったビルの屋上、その白い機体を見上げ、絶叫する黒装束の鬼面の 戦士、黒鬼。

黒 鬼「やめろ! その機体を出しては駄目だ!」


 その死神のごとき機体のコクピットの中に収まっている、黒いコートに サングラスの少年。
 カットバック。かつて、日本アルプスで斬馬 弦がザンサイバーと邂 逅したその日、銃弾に撃たれ黒鬼の腕に抱きかかえられていた少年、柾 優 (まさき ゆう)。

 優 「これを――お前が仕掛けたというのか? これが、ザンサイバー とお前がもたらす破壊なのか…?」

 その声、機体の外に――ジュウサイバーを駆る弦の元にも届いている。 コクピットの中、その声に、は、となる弦。

 弦 「お前…?」

 一方、黒鬼のところとは別のビルの屋上、その2機の対峙の様を見つめ ている、昴、遮那、そして三枝博士ら。

 昴 「この声…?」

 弦同様、何かに気付いた顔になる昴。

 優 「許さん…許さんぞ、お前だけは」

 自機のコクピットの中、サングラスに手をかける優。

 優 「ザンサイバーを操るお前だけは――!」

 取られるサングラス。露になる優の瞳、まさに、憎むべき仇敵を前にした、 怒りに染まった目である。

昴・M「もしも、あの白い機体に乗っているのが私の知っている人だった としたら、それは信じられないこと、嬉しいことのはずでした」

 ジュウサイバーの機体、その獣面が下方に折られ、人型の頭部が代りに せり出してくる。ジュウサイバーの本来の姿、人型多肢兵器である ザンサイバーだ。立ち上がるザンサイバー、瞬間――、
 一瞬にして、弦たちの視界から消える白い機体。刹那、既にその機体が ザンサイバーのすぐ目前の位置にいる。瞬時にしてザンサイバーと距離を 詰めてきたのだ。

 弦 「!」

 驚愕する弦。反射的にザンサイバーの右腕の甲のクローを揮う。電光を 溜める鋼爪、
 ガッ――、
 白い機体のマント状装甲に包まれた、腹の部分と思われる位置に突き込ま れる右腕。だが、

 弦 「手応えが…ねえだと?」

 確かに敵機の腹に突き込まれたにも関わらず、そのマント状装甲の奥で、 虚しく宙を泳いでいる鋼爪。戸惑うザンサイバーを尻目に、白い機体、 マントの隙間から手を伸ばす。その手に握られている巨大な鎌――!



 揮われる鎌、その刃先が、ザンサイバーの左肩に深々と突き刺さって いる…。
 信じられない光景に、愕然となる弦。そしてその様を見つめる三枝。

三 枝「破られた…二次元絶対シールドが!?」
 弦 「本当に…お前なのかよ」

 肩を貫かれてひざまづくザンサイバー。そのザンサイバーに、追い討ちを 掛けるように放たれる、白い機体の掌底の直撃。その一撃で、まるで石ころか 何かのように後方に吹っ飛ばされるザンサイバー。

 弦 「…優ぅーーーっ!」
 昴 「いやぁぁぁっ!」

 重なる絶叫。背中からビルに叩きつけられるザンサイバー。そのままビル を爆発的に突き崩し、地面に転がる。崩れ、降り注ぐ瓦礫の山。
 うつ伏せの姿勢で動けないまま、瓦礫の奔流を浴びるザンサイバー。 その胸部獣面の口腔が開く。機体の外に吐き出され、地に落ちる弦。

昴・M「そして、私が見たのは、想像したこともない、ありえないはずの 光景でした」

 瓦礫が雪崩れ落ちる中、ザンサイバーの機体に守られるように地に転がり、 気を失っている弦。その弦のすぐそば、地を踏みしめる、黒い軍靴。

○サブタイトル 「Destruction 5 ― 逢魔が刻」

○小笠原諸島。達磨島研究所"十字の檻(クロスケイジ)"
 格納サイロに収められているザンサイバー。その左肩の装甲の交換作業が 続く。


 中央施設指揮所。大型スクリーンに映る西皇市の惨状。

藤 岡「機体は回収できたもののパイロットは行方不明。あの白い 機体も何処となく姿を消した、か」
三 枝「西皇本社での開発成果のほとんどが灰になってしまいましたわ。 今回ばかりは私たちの負けというところですわね」
藤 岡「その研究成果、ですが」僅かに、涼しい顔の三枝に視線を向ける。 「説明していただきましょうか。黒鬼に爆破された破導獣軍団とやら、 そんなものの存在は聞いておりませんでしたが」
三 枝「…あれについては西皇重工の試作製品として、日本政府の干渉する ところではありません」
藤 岡「言ってくれる。西皇浄三郎会長が自ら施設軍隊として、対ICON のために用意していた多肢機械兵団。もっとも、その動力に1機として火が つくことなく爆破されたらしいが」
三 枝「否定はしません。動力に使うはずだった擬似ブラック・スフィア 機関、それさえ…」唇を噛み締める三枝。「でも、起動試験機の起動データ は残っていますわ。これさえあれば、新たなる対ICON兵器の開発は 可能です」

 白衣のポケットの中から、MOを取り出して見せる三枝。

藤 岡「三枝博士。この"十字の檻"は政府の施設。あなたはここの研究主任 なのだ」皮肉めいた口調。「現在、西皇グループの総帥代行でもあるという あなたの重責については触れない。ただ、"十字の檻"での任務と 西皇の業務を一緒くたにされるのは愉快ではない」
三 枝「私の研究は、国にとっても、西皇にとっても有益な物と自覚して いますから」

 微笑んでみせる。

藤 岡「だが、その研究とて決して完全無欠とは言い難い。全ての 攻撃意思を無力化するはずの概念装甲、二次元絶対シールドは破られ、 ザンサイバーは沈黙した」

 カットバック、ザンサイバーの肩に突き込まれる、白い機体の鎌。

三 枝「…ご安心を、あの敵機の解析は進んでいます」一瞬だけ、表情に 陰りが刺す。「それで、姿を消したこちらのパイロットの行方は?」

○街中
 何処かの、人通りの多い街中。スーツ姿でひとり人ごみに紛れる遮那。

藤岡の声「すでに叶が捜索にあたっています」

○"十字の檻"施設、屋上
 快晴の空、見渡す限りの水平線。
 ひとり、その光景を眺めるように佇む昴。

 昴 「兄貴…どこ行っちゃったんだよ」

○回想
 子供たちの歓声。
 小学校低学年程度の数人の子供たち、地面に倒れたひとりを、よって たかって足蹴にしている。その輪の外、やめて、と泣いているひとりの 女の子。

 夕暮れ時。地面に大の字になり、茜色の空を睨みつけている、先まで 一方的に足蹴にされていた少年。ボロボロの有様。その傍でかがみ込み、 泣いている少女。

 男 「どうして、抵抗しなかったのかね?」

 唐突に、その二人の横に現れる、よれよれのスーツ姿の男。少年からの 視線。片足が不自由なのか、右腕には松葉杖を抱え、身体を支えている。 痩せ型の体型に無精髭。眼鏡も掛けているようだが、夕陽の逆光のため、 顔はよく判らない。

 男 「一方的にされるがままに見えたが」
少 年「…ヘタに抵抗したって、あいつら面白がるだけだ」ぶすっ、と 答える。「元々数が違うんだ。かないっこない」
 男 「敵わなければ、相手が飽きるのを待つ、か。それもひとつの選択 かもしれない」ちらり、と女の子に視線を移す。「ただし、そんな方法では、 いざというとき妹さんを守れないのではないかね」

 無言で、男を睨みつける少年。

 男 「抵抗の意思を示すべきだな。やめろ、とはっきり言うべきだ。相手 に、こちらの嫌なことをするな、とね」
少 年「どうやってだよ。いちいちあいつらなんかにドゲザでもするの かよ?」
 男 「いちばん簡単なことだ。相手の暴力に対し、拳を返してやれば いい」
少 年「オトナが、やられたらやり返せなんて教えていいのかよ」
 男 「物事を解決するのに、場合によっては決して暴力は否定しない。 いくら言葉で諭したところで、相手がこちらの痛みを判らない限りは決して 判ってはもらえない。――残念ながら、時にはこちらの痛みを直接教えて やるしかないだろう」
少 年「だってよ、おれ、ケンカ強くなんかないぜ」
 男 「だったら、何か武道なりを習ったらどうかね? 柔道なり、 空手なり」
少 年「…いいのかよ? そういうの習ったのを、自分のケンカなんかに使 ったりして」
 男 「妹さんを守るという、立派な理由があるんじゃないかね? いざと いうとき、守るべきものを守る。全ての武道の基本的な心根はそうであるはず だよ」
少 年「心…根?」

 頷き、背を向け、その場から立ち去りかける男。

 男 「心を伴った力は、きっと正しい道を開く。私は、それが出来た 少年を知っているよ」

○何処かの室内
 は、と、目を開く弦。いつの間にか、ベッドに寝かされていることに 気付く。
 室内を見渡す。広いベッドに、白い壁紙。窓からは眩しく陽光が差し込み、 調度品の類が見えなければ、病室と見間違いそうな部屋。

 弦 「ここ、は…」
女の声「あら、目が覚めたかしら」

 その声、瞬時に布団を跳ね上げる弦。一瞬後には、ベッドのすぐ傍らに いた女の首に、その右腕が巻きついている。少しでも力を入れれば、 いつでも締め上げられる体勢。
 改めて、女の姿を落ち着いて確認する弦。驚いたことに、制服姿の、 まだ学生といった風貌。肩のあたりで整えられたセミロングの髪に、整った 輪郭。そして、すべてを射抜くような鋭い、冷徹な眼差し。
 どこか冷たさを感じさせる美人だが、男に首を締められているという 体勢に関わらず、今は、その表情には余裕とも取れる笑みさえ見える。

 女 「ずいぶんと情熱的…。初対面の女には、すぐこうするの?」
 弦 「爪を隠し持った相手に敏感なだけだ」

 毒づく弦。その、弦の脇腹には、女が隠し持っていた小型ナイフの 切っ先が、いつでも刺し込めると向けられている。

 弦 「さっさとそいつを引っ込めてもらおうか。言っとくが、俺は 腹ァ刺されたぐらいで腕の力緩めるほどヤワじゃねえぞ」
 女 「野性的なのと乱暴なのは似て異なるわよ」

 ナイフを床に落とす女。同時、弦も女を前方のベッドに突き倒す。 そのまま、さっさと背を向ける弦。

 女 「どこへ?」
 弦 「一応助けられたらしいし、礼は言っとく。世話ンなったな」
 女 「まあ、女にさせるだけさせておいて、さっさと帰るつもり?」
 弦 「女に礼がきくほど気が付く男でもねえ。それにさっさと帰って やる用事もある」
 女 「いいえ、君は、これから私に付き合ってもらわなければ なりません」

 くすくす、と笑う女、いや、その制服姿の少女に振り返る弦。

 弦 「意味が判らねえな。なんで俺が、手前みたいな得体の知れない 女と」
 女 「わぁ警戒厳重ぅ♪ それでこそ、破導獣の飼主、というところ かしら」

 からかうような蘭子の口調。目を細め、唸る弦。

 弦 「誰だ、手前? ICONか」
 女 「信用してもらえるなら、残念ながらICONでも、政府の人間 という訳でもないんだけど…警戒する必要はありませんよ。このとおり、 か弱い女の身ですから」

 笑みを崩さず、ベッドから身を起こす。

 女 「月島蘭子、といいます。よろしく、斬馬 弦君」
 弦 「へっ…」

 蘭子の言動を測りかねる弦。その蘭子、言うだけ言うとさっさとベッド から立ち上がり、弦の元に歩み寄る。

蘭 子「では行きましょうか」
 弦 「どこへだ?」
蘭 子「簡単よ。これから案内する人に、逢っていただくだけの話ですから」

○マンション、外
 蘭子に連れられるように表に出ると、そこが立ち並ぶ団地の一室だった ことが判る。
 制服のまま、フルカウルのバイクに跨り、エンジンを吹かしている蘭子。

蘭 子「では、後ろに乗って」

 傍で、茫然と突っ立っている弦に声をかける。その弦に、自分が被って いる物と同じデザインの、フルフェイスのヘルメットを差し出す蘭子。

 物陰、壁に背をもたれ、密かにその様子を窺っている遮那。

○ICON本拠
 機動兵器格納庫、直立したままハンガーに固定され、整備を受けている マント状装甲の白い機体。その機体の前に立ち、無表情に、自機を見上げて いる優。

 その格納庫の一角、整備員たちが慌しく駆け回る様を見つめている ICON幹部、ボーン。

黒鬼の声「…説明を求める。どういうつもりだ、サイレント・ ボーンストリング」
ボーン「意味が判りかねますが? 黒鬼」

 振り向きもせず、涼しい顔でその声に応じる。いつの間にか、ボーンの すぐ背後に立っている黒鬼。

黒 鬼「何故にあの機体を、あの男を戦場に出した」
ボーン「ザンサイバーの戦闘能力は、我々の予想を遥かに上回る物でした。 そのための対抗戦力を投入するのは兵法の必須。そしてパイロットに ついては、あの機体が――"骸逢魔(ガイオーマ)"が自ら彼を選んだ が故」
黒 鬼「あの機体は、人の手には過ぎた力として指導者イオナの命によって 解体されていた物。それにザンサイバーを倒すためのICON、あの機体に 頼って何が組織」

  珍しく、口調に怒気を孕ませている黒鬼。

黒 鬼「それに… あの男、柾 優を預けたのはあくまで斬馬 弦に対する人質とするため。 奴がどれだけ実戦で役立つという」
ボーン「その斬馬 弦とて、ザンサイバーに選ばれたからこそ、初めての 実戦で獣骸三機を殲滅してみせた。柾 優の初戦はそのザンサイバーを 地に伏せてみせた。実戦経験のない新兵としては上出来すぎる結果です」

 初めて、背後の黒鬼に僅かに視線を向ける。

ボーン「それに…これは我等ICONの戦略。組織の一員でない、あくまで 指導者イオナに個人的に雇われた人間に過ぎないあなたが、組織のことに 口を出すのはやめていただきましょうか」

 だが、もうその視線の先には誰もいない。現れたときと同様、いつの間に か姿を消している黒鬼。

ボーン「私にはあなたが、ガイオーマを起動させたことより、アレに柾 優 を乗せたことを怒っているように見えますが?」

 薄く笑いながら、ひとりごちるボーン。
 一方、再び自機、ガイオーマを見上げている優。憎しみに歪む口元。

 優 「ザンサイバー…貴様だけは」

○市街
 街並。大勢の人間で賑わう歩行者天国。その人の群れの中、戸惑う弦の 腕を引っ張り、楽しげな様子の蘭子。


 ブティック。試着した服を弦に見せている蘭子。そっぽを向く弦。


 CDショップ。視聴コーナー、嫌がる弦に、無理矢理ヘッドフォンを 被せようとする蘭子。


 プリントシール機。笑顔の蘭子と、ひねた表情にてわざとらしく鼻糞を ほじくっている弦の写真。


 バーガー屋。大口を開けて特大バーガーに齧り付いている弦と、その顔が 余程可笑しいのか涙ながらに笑っている蘭子。

 同じバーガー屋の席の一角、二人の様子を背に、ひとりコーヒーを 啜っている遮那。


 弦 「いいかげんにしやがれよ手前ェ…」

 無理矢理腕を組んできた蘭子と並んで、人の行き交う歩道を進む弦。 その手には、チョコとバナナのアイス。一方、あくまで楽しげな蘭子、 手にした抹茶、ストロベリー、ミントの三段重ねのアイスに舌鼓を打っている。

蘭 子「あら、こういうの楽しくない?」
 弦 「ざけてろ! これじゃあまるで…」
蘭 子「はい、デートです」にっこり、と応じる。「でも、ちょっとばかり コースがありきたり過ぎて面白みに欠けたかしら…次は弦君の好きな ところに連れてってくれていいですよ」
 弦 「てっ、手前ェ!」
蘭 子「私のアイス、ちょっと食べる?」

 さっと、自分の手にした三段アイスを弦に差し出す。うがぁ、と大口を 開けてアイスにかじりつく弦。アイス三段分どころかコーンまでひと口に 飲み込み、蘭子の手に残っているのは半分欠けたコーンだけ。

蘭 子「あっ、ひっどーい! 弦君結構よくばり」
 弦 「だァるセェッ! 大体俺は、手前ェが逢わせたい人間がいるって ったからなぁ!」

 アイスをバリバリ口にしながらまくしたてる弦に対し、くすくす笑いが 止まらない蘭子。

 弦 「ナ、何だ?」
蘭 子「いえ…破導獣の飼主、地上の破壊者とまで呼ばれ、怖れられて いる斬馬 弦君が、こんなに可愛い男の子だったんだ、って思って」
 弦 「手前ェなあ!」
蘭 子「あ、そろそろ時間かしら」

 蘭子、わざとらしく携帯の時計表示を確かめる。

蘭 子「それじゃ、そろそろ行きましょうか」
 弦 「また妙なところに連れ回す気か?」
蘭 子「いいえ」意味ありげな視線。「いよいよ目的地ですよ…いい時間 になりましたので」

○夕刻、飲み屋街
蘭 子「この辺は、このぐらいの時間にならないとお店が開きませんから」

 蘭子と共にとある店の前に立ち止まり、言葉を失っている弦。
 けばけばしい外装の店構え、店名の書かれた派手な看板に踊る、 "ファッションマッサージ"、"60分○千円"、"コスプレ有り"、 "テレフォンサービス承り中"…といった文字列。

 弦 「お前の勤め先、なんてすげえギャグはやめろよ…」

 と、そこへゴミ袋を手に入り口から顔を出す、従業員と思われる派手な 服装の女。二十代半ばぐらいに見える、かなりの美人。
 ん、となる弦。長髪のふっくらした髪型といい、見覚えのある誰かに 似ている。一瞬重なる、指導者イオナの風貌…。
 女、店の前にいる二人に気付く。

 女 「あら蘭子ちゃん、いらっしゃい」微笑む。「そちらは…蘭子ちゃん の彼氏? あ、もしかしてぇ、お客さん?」
 弦 「ばっ…ち、違う!」

 何故か、顔を赤らめて否定する弦。

蘭 子「おじさんのお客さんなんです。居ますでしょうか?」

○マッサージ店店内
 店の裏側、派手な外装と裏腹に、コンクリートの地肌も剥き出しの くたびれた作り。その、錆の浮かんだ鉄製の階段をギシギシと軋ませ、 女を先頭に二階に上る三人。

 女 「トキさーん」部屋の前にて、声を掛ける。「蘭子ちゃん来たよー、 あとお客さんだってー」

 声だけ掛け、ノックもせず遠慮なしに部屋の扉を開ける。
 薄暗い、何やら中古のコンピュータだの、棚といわず床といわず機械や その部品が氾濫している部屋。その部屋の隅、古ぼけたパソコンに向かって いた男が、こちらを振り向く。
 男――トキさん、年齢は若く見て五十台過ぎといったところか。白髪 混じりのぼさぼさの長髪と伸ばしっぱなしの髭のせいで、その顔はよく 判らない。眼鏡の奥で、多少驚いたような視線をこちらに向けている。

トキさん「君は…」感嘆したような声。「おぉぅ…久しぶりだねぇ、弦君」




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