Destruction4―「鬼群都市」


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○弦、回想(カットバック)
バン、
衝撃。振り向く。スニーカーを手に、怒った昴の顔。



帰宅風景。自らを中心に、三人で肩を組んで笑っている。
両側を向くと、 そこに昴、そして親友である優。



昴の笑顔、アップ。



空手の試合風景。中学時代の優(若干顔つきが幼い)と対峙する。



帰宅風景(中学時代)。特に会話も無く、並んで帰る自分と昴。



中学入学。空手部の門を叩く。
先に部室に入っている、空手着姿の優と 視線が合う。親友との邂逅。



帰宅風景(小学生時代)。
さっさとひとりで歩く自分と、後から距離を 置いて着いて来ている昴。



小学生時代、数人の同級生に袋叩きにされている自分。側で泣いている昴。



更に遡る帰宅風景。ひとりで歩く自分。そばにも、周囲にも 誰もいない。



父と並んでいる、よそ行き姿の服装の昴。
7歳。無表情、無機質な視線 を自分に向けている。

父の声「弦、今日からこの子がお前の…」

 画面、ホワイトアウト――、


○現代。上空、ザンサイバーの掌の中
 ひきつった弦の表情のアップ。

 画面、引く。ザンサイバーの掌の上、放心したようにそこにもたれ かかっている弦。

 更に画面、引く。やはりザンサイバーの掌の上、その柱同然の指の一本に しがみつき、真っ青な顔で震えている昴。そして弦の隣、やはりもたれ かかってふう、と一息つく遮那。
 更に引く画面。上空、飛行しているザンサイバー。その合わされた両手の 上にいる三人。そしてザンサイバーの左の上腕には、絡みついたまま 引き千切られたかの、敵多肢兵器、獣骸の腕がぶら下がっている。

遮 那「言ったでしょう」気だるげに告げる。「"貴方たちがいないと脱出 できない"、って」
 弦 「…頭の中を、走馬灯が駆け巡りやがったぜ」

 ひひ、と、乾いた笑みを浮かべる弦。上空を見上げる。抜けるような青空。 目尻に差し込む陽光。そこには、つい今ほど自分たちが飛び降りて脱出した、 ICONの空中要塞の影は見えない。
 立ち上がる弦。

 弦 「――くそっ、すぐ奴等のあとを…!」
遮 那「やめておきなさい」
 弦 「敵の大ボスが乗ってた飛行機だぞ! 今追いかけて撃ち落しちまえ ば、こんなくだらねえ戦争、万事解決だろうが!」
遮 那「彼女の、今の状態でも?」

 告げる遮那の先、ザンサイバーの指にきつくしがみつき、身を震わせて いる昴。顔は見せないが、それでも嗚咽を漏らしているのは聞こえる。
 舌打ちする弦。

昴・モノローグ(以下M)「私が震え、泣いていたのは助かった安堵感から ではなく」

 飛行するザンサイバーを追ってくる、2機のヘリ。その1機には、 三枝博士の顔も見える。
 ヘリを、睨みつけるように振り仰ぐ弦。わずかに振り向く昴の、涙に 濡れた視線がその弦の姿を捉えている。

昴・M「平然と他人を殺そうとした、兄への…兄かどうか判らない人への 恐怖からでした」

○サブタイトル 「Destruction4― 鬼群都市」

○小笠原諸島。達磨島研究所"十字の檻"
 中央施設指揮所。大型スクリーンの前に立つ三枝と、その前に集まって いる弦、昴、遮那。そして藤岡司令官。
 スクリーンに映し出されている映像、 日本アルプス、ドーム付近。無人のザンサイバーの両脇を捕らえている、 2機のICON側多肢兵器、獣骸。

三 枝「パイロットのいないザンサイバーを、そのまま抑えておくつもり だったのだろうけど…」

 三枝の説明。画面の中のザンサイバー、その双眸に光が宿る。瞬間、 フラッシュアウトする画像。2機の獣骸ごと、画像から消えている ザンサイバー。ややあって、その画像の中、落下してくる1機の獣骸。 爆発――。

三 枝「飼主の危機に反応し、瞬時に飼主の元に駆けつける…大した物ね」

 画像、切り替わる。何処かの山中、片腕を失い、墜落しているもう1機の 獣骸。

三 枝「大出力で一気に成層圏まで上昇し、弾道軌道を通ることで、 極めて短時間で君の元に駆けつけることが出来る。日本国内なら、"十字の 檻(クロスケイジ)"からなら何処であろうと2、3分とかからない はずよ」
 弦 「そうして、飛行機から飛び降りた俺たちを受け止めたってか。 ずいぶん躾のいきとどいてるこったぜ」

 鼻で笑う態度の弦。

三 枝「ともかく…」スクリーンの画像を切り替える。再び映し出される ドーム。「いつICONの干渉が来るか判らない現状では、"遺跡"の調査に ついては、事実上中断するしかないわね」
 弦 「ここを、ICONにくれてやるってのか?」
三 枝「下手に"遺跡"に手を出せないのはICON側も同じよ。この場で ザンサイバーとICONの戦闘になって、"遺跡"を壊されるなんて結果に なったらかなわないわ」

 舌打ちする弦。

三 枝「"遺跡"から新たなる情報、あわよくばまた新たなる超技術を得ると いうAプランが事実上の凍結となった以上、ICON対策のためのBプラン を緊急に進める必要が出てきたということ。弦君、昴さん、貴方たちには 私と一緒に西皇(さいのう)市まで行ってもらいます」
 昴 「西皇市?」
三 枝「西皇会長が生前、私財を擲って作り上げた、神戸に浮かぶ人口島 工業都市。そしてそこには、ICONと戦うための準備が進められているわ」

○神戸湾岸埋立地。海上都市、西皇市
 神戸の湾岸に造られた人工島。その上に立つ都市群、俯瞰からの全景。 人工島の中心に立ち並ぶビル群と、海岸線を囲むように配された工業地帯。
 その市街地を走る1台のバン。後部側の窓は金網で覆われ、まるで警察の 護送車といったごつい外観。その中にいるのは弦、昴、そして遮那と三枝。

三 枝「会長の築いた西皇重工、その工業地帯として造られた町よ」妙に、 得意げに解説する三枝。「10万の市民の殆どが西皇グループの従業員。 保たれた治安、安価な税金、安定した物価と保障された市民生活。 まさに理想的なモデル都市と言っていいわ」
 弦 「はーん」

 興味なさげに、金網の外を見つめている弦。西皇デパート、西皇ホール、 西皇ホテルといった看板が立ち並び、街並を行く人の群、片側三車線の道路 を行き交う車の群と、見た目には当たり前な地方都市の風景。 弦、その流れていく風景に、一言も無くじっと視線を向けている。
 同じく、ぼんやりと金網の外に目を向けている昴。

昴・M「町があって、人がいて、その中に私たちもいて…つい先日までの、 そんな当たり前の光景、当たり前の物」つらそうに、視線をそらす。その先 には減の横顔がある。「今は、それがとてつもなく遠くに感じられました」

 その弦の横顔を、恐る恐る窺う昴。

昴・M「そして、私は、自信を無くしていました」

 回想。リフレインする遮那の言葉。「お兄さんは、たぶん、変わっては いない」
 回想。倒れた暗殺者、斑天一郎に、凄惨な笑みを湛えた顔で銃口を 向けている弦。

昴・M「私の知る限り、兄はあんなことが出来るような人間ではなかった はずなのに。いえ…」

 にこりともせず、睨みつけるように金網の外を見つめる弦。
 回想。自分の前で幾度となく見せつけた、弦の超人じみた身体能力と 戦闘能力。

昴・M「そもそも…人、なのでしょうか…?」

 やおら、腰を上げる弦。

 弦 「潮臭え空気のせいか、ケツが痒くていけねえ」

 周囲の女性たちの視線を気にするでなく、片手で尻を掻く。

昴・M「――兄貴だ」

 軽く、額を抑える昴。

○街の一角
 交差点。横断歩道の手前、信号待ちをしている人の群。その前を弦たちの 乗ったバンが通り過ぎていく。
 信号待ちの人間たちの中、ひときわ目立つマント姿の男。その頭まで覆った マントの影から、白い仮面が僅かに覗いている。ICON総帥、指導者 イオナに付き従う戦士、黒鬼である。
 その黒鬼の隣に立つ、ひとりのサングラスに黒コートの男、黒鬼に 語りかける。

サングラスの男「サイレント・ボーンストリングが新型の多肢兵器を 用意しています」お互い、視線も合わせない黒鬼と男。「恐らくは西皇市 そのものを破壊するつもりでいます」
黒 鬼「10万の市民ごとか。派手好きな奴らしいやり口だ」
サングラスの鬼「指導者イオナは、そんな結末は望んでいません」
黒 鬼「判っている。――リミットは?」
サングラスの男「今日の、午後6時…」
黒 鬼「よかろう。それまでに始末はつける――それまでにこの"鬼が島"を どうにかしてしまえば、サイレント・ボーンストリング、奴とて派手には 動くまい。だが」

 なお視線を合わせることなく、男に念を押す。

黒 鬼「もし、破導獣が出てくる事態になろうと…貴様は決して動くな」

 その言葉に応じない、サングラスの男。
 横断歩道の信号が、青になったことを告げる童謡のメロディーが流れる。 人ごみに紛れるように、横断歩道を渡っていくサングラスの男と別れ、 ひとり雑踏に消える黒鬼。
 サングラスの男、歩きつつビルの壁面の街頭時計を見上げる。現在の時間 が、午後1時になったことを示している。

○西皇重工本社ビル
 ビル外観。市内最高層の建物。

 広々としたエレベーター内、乗り込んでいる弦、昴、遮那、そして三枝博士。

 弦 「ずいぶんと降りるんだな」
三 枝「この地階自体、このビルには存在しないことになっているわ」
 弦 「ご立派な建物に連れ込んでもらったと思ったら、上るんでなく いきなり地下かよ」
三 枝「上は西皇グループの本尊。君には関係ない世界よ」
 弦 「その物言い、むかつくぜ」
遮 那「実際、上に用事がないのは事実だわ」

 毒づく弦に対し、遮那が冷ややかに横槍を入れる。いらついた表情を 隠さない弦。
 と、エレベーターが目的の地階に着く。エレベーターを降り、通路の 幾つかのセキュリティーをカード、網膜照合を経て目的の扉の前に立つ四人。 その扉が開く。

三 枝「貴方たちを連れてきた理由はこれよ」

 目の前の光景に、目を奪われる昴。
 巨大格納庫といった広大な空間。その中央に、整備ハンガーに固定された 1機の人型多肢兵器がある。
 その胴体と頭にはまだ僅かにしか装甲がなく、鋼鉄の骨格と内部の 機械構造がところどころ剥き出しになったままで、何人かの作業員が 整備アームから作業を行っているのが見える。そして、その機体の手足は、 ザンサイバーの手足とそっくり同じ形状なのだ。

三 枝「ザンサイバーの余剰パーツを元に作られた…ザンサイバー2号機よ」
 昴 「ザンサイバー…2号機」
三 枝「今のところ、動力部の調整を進めているところだけれど、最終的には ザンサイバーと同等の戦闘能力を持たせるつもり。完成すれば、単純に 戦力はこれまでの2倍になる」

 呆、と機体を見据え、ひと言もない弦と昴。

三 枝「――ただし、知っての通りザンサイバーの動力源は日本アルプスの "遺跡"に飛来した超文明の機械体」

 ザンサイバー2号機の背面。そこに装填されるべく固定されている、 その胴体ほどの直径を持つ巨大な円筒。2号機用の動力シリンダー。

三 枝「その機構を私なりに解析した、言わば擬似動力がこの2号機の 動力源なのだけれど…どうしてもその動力に火をつけることが出来ない」
 弦 「ちょっと待てや先生よ」三枝を睨みつける弦。「何か? 俺たちを 関西くんだりまで連れてきた理由は、あんたのオモチャ作りを手伝えって ことかい…昴を巻き込んでよ」
三 枝「元々、昴さんが乗るために用意した機体よ」

 衝撃を受ける昴。

三 枝「貴方たちだけがザンサイバーを動かせるのだから…もちろん、 起動スイッチは昴さんに押してもらうわ」
 弦 「――ざけるな!」

 三枝に掴みかかろうとする弦。と、その伸ばされた弦の手が横から 掴まれる。三枝に向かった勢いのまま、そのまま宙を一回転し、背中から 床に叩きつけられる弦。

 弦 「であっ!?」

 思わず唸る弦。床に転がったまま、自分を投げた相手に視線を向ける。 きつく、その自分の右腕を投げ飛ばした姿勢のまま抑えつけているのは、 なんと遮那である。

 弦 「か、叶司令補…?」
遮 那「女に暴力揮う男なんか最低。空手をやっていたのなら、そのぐらい は教わったはずよ」
 昴 「三枝博士――」そのゴタゴタに構わず、決然と昴が言う。「私、 やります。まずは何をすればいいんですか?」
 弦 「昴!」

 弦の声にも応じず、決意を込めた視線を三枝に向ける昴。

昴・M「もしも、兄を変えたものがザンサイバーだというなら、その正体を この目で見てやろう。その時私はそう思っていました。無謀にも――」


 ザンサイバー2号機、背面。重々しい挿入音と共に、その背に差し込まれる 動力シリンダー。その開放されたコクピットの中、緊張した面持ちで 収まっている昴。
 弦、コクピットのすぐ側から開かれたコクピット・ハッチに手を掛け、 コクピット内の昴を見据えている。その傍らに立つ遮那。

 弦 「いいか昴、もし何かあったらすぐ引っ張り出してやる。絶対ヘンな ボタンとかいじるんじゃねえぞ」
 昴 「わ、判ってる!」
遮 那「自分がすぐ側にいるのが、起動実験に協力する条件、ね」 皮肉交じりに告げる遮那。「ずいぶんといいお兄さんなのね」
 弦 「当たり前だ。もし何かありやがったら、叶司令補、あんたが 止めようとあの先生、タダじゃおかねえ」
遮 那「妹想い?」
 弦 「家族がこんな馬鹿げた実験に使われるんだ、腹が立たねえほうが どうかしてる」きっ、と遮那を睨む。「――で、叶司令補、あんたはなんで ここに付き合うんだよ」
遮 那「私の使命は、貴方たち兄妹のお目付け役よ」
 弦 「それだけかよ」
遮 那「それ以外に、何が?」
 弦 「てっきり――」

 弦、回想。日本アルプス、自らを谷底に突き落とす、何者かの手――、

 弦 「俺を、殺したがってるもんだと思ってたんだがよ」

 応じない遮那。しばし、交錯する二人の視線。

三枝の声「こちらは準備できたわ、昴さん」

 唐突に、三枝の声でアナウンスが入る。
 格納庫壁に設けられた作業指揮所、そこの大窓から格納庫内の全景を覗き、 指示を飛ばす三枝。

三 枝「まずは操縦桿を握ってちょうだい。カウント5で起動信号を 動力シリンダーに送る。あなたがそこに座った状態で、動力が動けば成功よ」
 昴 「は、はい!」

 うわずった声で応じる。

三 枝「では――、5、4、3、2…」

 操縦桿を握る手に、力を込める昴。ごくりと唾を飲み込む。

三 枝「…1、起動信号、発信」

 三枝の指が、起動スイッチを叩く。
 ヴンヴンヴン…、スターターを入れられ、唸るシリンダー。

 昴 「動け…うごけ…」

 操縦桿をきつく握ったまま、呻く昴。ハッチの外から、その様を見守る しかない弦と遮那。
 一方、指揮所内の三枝もじっと計器類を見詰めている。ふと、呟く。

三 枝「駄目、か…?」
 昴 「――うごけぇっ!」

 昴、絶叫。
 刹那、2号機の背部から轟く、ズゥン! という衝撃音。申し訳程度に 備え付けられた、装甲のない頭部、その双眸が力強く発光、ぐわっ、と 上方を仰ぐ。まるで天に向かって咆哮するがごとく。

 弦 「動きやがった!?」
三 枝「起動データを収集! 急いで!」

 その2号機の両腕が、固定したハンガーを破って突然振り上げられる。 突然の衝撃に、その場から落ちかける弦と遮那。

遮 那「っ!」

 一瞬、足場に伸ばした手が届かない。落下を覚悟して目を閉じる遮那。 その手を、誰かの手ががしっと掴む。
 目を開けると、そこに、片手で開いたままのコクピットハッチに ぶらさがり、もう一方の手で自分の手首を掴んでいる弦の姿がある。

 弦 「昴! なにやってやがんだ、止めろ!」
 昴 「わっ、私にも止められないのよっ!」

 慌て、操縦桿をガチャガチャ動かしている昴。だが機体は、そんな努力を あざ笑うかのように突然膝を折り、前屈みの姿勢になる。

 弦 「どわたっ!」

 なおも、コクピットハッチを掴んだ手に走る衝撃を耐える弦。もう 片手では、意地でも放すまいと遮那の手首をきつく掴んでいる。
 両の手刀を、足元の鉄板に突っ込ませる2号機。その鉄板に穿たれた穴の 縁を両手で掴み、メキメキと捲り上げていく。

三 枝「昴さん、何をしてるの、やめなさい!」
 昴 「わっ、私が動かしてるんじゃないですーっ!」悲鳴を上げている昴。 「この機体、勝手にぃ…ひええ〜〜〜ん!」
三 枝「2号機が…操縦を離れて?」

 ついに、機体がそのまま入るぐらいまで広げられる大穴。そのまま躊躇う ことなく、脚から大穴の中に身を投じる2号機。

 弦 「どうなってやがんだ!?」
遮 那「ここより更に下があるなんて、聞いてないわ!」

 バババ…ッ! そうは広くない穴の壁に両手と両足を接触させ、勢いを 落としつつ落下していく2号機。

遮 那「エレベーターホール…まさか!?」

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