Destruction4―「鬼群都市」(続)


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○地下空間
 地下、最低限の照明しか灯されていない、広大かつ薄暗い空間。その天井 の一角が突然破られ、ザンサイバー2号機が落下してくる。
 ズン…、膝を折り、着地する2号機。同時、背の動力シリンダーの唸りが 徐々に低くなっていく。
 やがて、完全に停止する動力シリンダー。2号機の両目に灯った光も 消える。

 弦 「…昴、大丈夫か」

 とうとう、最後までコクピットハッチの端に腕一本でぶら下がったまま、 それでも疲れた顔ひとつ見せず、開きっぱなしのコクピット内の昴に声を 掛ける弦。

 昴 「…ら、らいじょ〜ぶぅ」前面コンソールに突っ伏した姿勢で、力なく 応じる昴。「うええ〜ん、ひた、噛んじゃったよお〜」

 その昴の情けない泣き声に、安堵する弦。

遮 那「どうでもいいけど…」声を掛ける遮那。弦の片手に掴まれていた はずが、いつの間にか、弦の腕にきつく抱きしめられる格好になっている。 「全員無事なら、そろそろ放してもらえるとありがたいんだけど」
 弦 「まずは、昴を降ろしてからだ」

 どうにか、完全に停止してしまった2号機の機体から降りる三人。


 昴 「で、さあ…」薄暗く、よく見えない周囲を見渡しながら昴が言う。 「何処なのよ、ここ?」
 弦 「叶司令補、あんたも知らないってったな」
遮 那「そうね。さっきまでの地下研究所はともかく――こんなところが あったなんて初耳だわ」
 昴 「で、一体ここって…」
黒鬼の声「鬼が島、だ」

 その声のした方向に、素早く空手の型で身構える弦。遮那も銃を抜く。

黒鬼の声「ふん…擬似ブラック・スフィアの起動試験機という訳か。一時とは いえ、起動に成功させてしまうとは」

 カツン、カツン…、その場に響く軍靴の足音。薄暗い中、ひときわ目立つ、 鋭い造形の白い鬼面。三人の前に歩みより、姿を見せる黒鬼。

黒 鬼「この実験中が好機と思っていたが、実験の邪魔もするべきだったか」
 弦 「手前…黒鬼!」

 刹那、駆け出す弦。徒手空拳にて黒鬼に襲いかかる。
 その突進を軽く躱し、脚払いをかける黒鬼。床に派手に転倒する弦。

黒 鬼「相変わらず騒がしい男だ。敵と見たら後先考えず襲いかかれとは、 藤岡とて躾ていないと思うがな」
 弦 「こっ…この野郎!」素早く立ち上がり、ギッ、と奥歯を噛み鳴らす。 「何しに来やがった! いや…そもそもこんなとこで何してやがる!?」
黒 鬼「ほう、斬馬 弦。貴様、ここが何処か知りたいか?」
 弦 「何だと…?」
黒 鬼「知らねば教えてやろう。鬼が島よ、ここはな」

 瞬間、突然、空間の照明が一斉に灯る。眩しさに眼が眩んだ一瞬、そして 眼を見張る一同。
 数キロ四方はあろうかという、広大な地下格納庫とも呼ぶべき空間。 そこに、整然と並べられている、数え切れないまでの巨大多肢兵器の群れ。
 主に並んでいるのはザンサイバー2号機同様の人型だが、中には四足獣、 昆虫類、猛禽類の形状を模した物もあり、何の冗談か竜といった形状の物 まで見受けられる。
 空間を埋め尽くす、鬼のごとき形相の、巨大多肢兵器の群れ、群れ、群れ。

黒 鬼「こここそまさに鬼が島! 人工島工業都市西皇市の実態がこれよ。 こここそ来るべき審判の日に備えて用意された、破導獣軍団の製造工場!」
 弦 「破導獣軍団…だと?」
黒 鬼「だが――、それぞれの機体本体はこうして先に完成しても、肝心の 動力源、擬似ブラックスフィアは未だ起動すらままならなかった。仏作って 魂入れずとはこれいかに」

 なおも、呆然とその破導獣軍団を見つめているしかない弦たち三人。

黒 鬼「"十字の檻"も、その起動の手掛かりを求めて"遺跡"の調査や、 貴様らをここまで連れ込むなどいろいろ手を打っていたようだがな… ザンサイバー復活だけではまだ飽き足らぬか」
 弦 「待ちな、黒鬼」きっ、と黒鬼を睨みつける弦。「手前、ブラック・ スフィアって一体なんのことだ。それに…こないだからザンサイバーが 復活とか言ってやがるが…まるで"過去にザンサイバーがあった"ような 言い草じゃねえかよ」

 その弦の言葉に、応じない黒鬼。ややあって口を開く。

黒 鬼「…その通り、ザンサイバーは"復活"したのだ。あの、破壊と滅びの 時代を経てな。そして――」

 拳を、ぎゅっと握り締める黒鬼。その言葉を、ひと言も聞き漏らさないと ばかりに対峙する三人。

黒 鬼「そのザンサイバーを動かす忌まわしき力。本来、"20年前、 日本アルプスのドームに落ちるはずだった流星"、それがブラック・スフィア よ」
 弦 「な…に?」
黒 鬼「だが、あの時代を経て、20年前ドームに落ちた物は――」
三枝の声「ブラック・スフィアよ。紛れもなくね」

 その声と共に、バン、と格納庫の壁際の扉が開く。一斉に入り込んでくる、 武装した警備兵たち。たちまちのうちに黒鬼を取り囲み、その銃口を向ける。
 かつん、ヒールの音を響かせ、警備兵たちの一歩前に出て黒鬼を睥睨する 三枝。

三 枝「まさか、藤岡司令官にすら知らされていないここを嗅ぎ付け、 入り込んでくるとは…流石はICONにその人ありと知られた黒鬼」冷ややか な表情が、一瞬、ヒステリックな怒りの形相を刻む。「…我らが総裁、 西皇浄三郎会長を暗殺した男!」

 すぐ隣に立つ兵の腕から、小銃を奪う。その銃を躊躇うことなく黒鬼に 向かって撃つ三枝。

三 枝「黒鬼! お前だけは私のこの手で――!」
黒 鬼「ずいぶんと情熱的なことだ」横とびに銃弾を躱しつつ、隠し持って いたスイッチを入れる黒鬼。「だが、殺される前に仕事は果たさせてもらうぞ」

 刹那、
 轟――! 破導獣軍団格納庫の、あちこちから突然爆発の火の手が上がる。 その様に思わず呆然となる一同。

三 枝「こっ、これは!?」

 次々と巻き起こる爆発。その度、一度も起動することなく格納庫に 収まっていた破導獣たちが炎に包まれていく。

黒鬼の声「我が君指導者イオナより承りし使命、鬼が島の鬼退治、果たさせて いただいたぞ!」

 いつの間にか、その場から姿を消している黒鬼。その声だけがその場に 響く。

黒鬼の声「三枝博士、今はまだこの命、貴様などにくれてやる訳にはいかん ! ここで失敬させてもらおう」
三 枝「黒鬼―っ!!」

 響き渡る黒鬼の哄笑。美貌を怒りに歪ませ、炎に染まる宙空に向けて 小銃を乱射する

 弦 「コラ! ンなことやってる場合かよ!」その三枝の銃を横から引っ つかみ、投げ捨てる弦。「さっさと逃げんだよ! まあ、残って死にてえ ってンなら止めねえがな!」

 そのまま、我先にと逃げまどう警備兵たちに混じり、傍らの昴を庇うよう に駆け出す弦。三枝、悔しそうな顔で宙を一瞥し、その逃げる群れの中に 加わる。
 と、

遮 那「――危ない!」

 突然、逃げる弦と昴の前から飛び出してきた遮那が、二人を後方に 突き飛ばす。
 一瞬、その三人の前に崩れ落ちる、炎に包まれた1機の破導獣。先に 逃げようとした何人かの警備兵がその下敷きになる。

 昴 「きゃああっ!」

 悲鳴を上げる昴。その目前で燃え盛る、崩れ落ちた破導獣。
 尻餅をついた姿勢で、呆然となっている弦と昴。

遮 那「…くっ」

 二人を突き飛ばし、床に伏せた姿勢のまま呻く遮那。その右の上腕に、 飛び散ったであろう金属の破片が突き刺さっている。
 さっと、その破片に手を掛ける弦。

 弦 「あいにく不器用だ、丁寧になんか取れねえからな」

 言うと、躊躇もなく一気に破片を傷口から引き抜く。うっ、と唸る遮那。

 昴 「叶さん!」
遮 那「…大丈夫、よ」
 弦 「…なんでだよ?」

 礼も言わず、問い掛ける弦。

 弦 「あんた、俺を殺したいんじゃなかったのか? 何故ここで俺を 助けた?」
遮 那「私こそ、聞きたいわね…」痛む傷口に、息も荒く問い返す遮那。 「どうして、さっきこの格納庫に落ちたとき、私の手を放さなかったの?」

 回想。落ちかける遮那の手首を掴む弦の手。そして落下直後、片手で遮那を 抱きしめている弦。

 弦 「人に落とされたことがあるからな」ふん、と応じる「同じ真似を したくなかった。それだけだ」

 その返答に、薄く微笑む遮那。

三 枝「――二人とも、無事ね」

 と、その場に顔を出す三枝。

 弦 「無事、たぁ言いたいとこだけどよ」前方を見据える。唯一の出口 だったらしい扉は、崩れ落ち燃え盛る破導獣の残骸にて塞がれてしまって いる。「逃げ道を塞がれちまった」
三 枝「いえ、そろそろ助けはくるわ」

 そう三枝が告げた刹那、
 ドオ! 炎に染まる天井に、突然大穴が開く。そこから姿を現す… ザンサイバー!

○西皇市市街地
 西皇重工本社ビル横、その敷地に建物を突き崩し、地下に続く大穴が 穿たれている。
 その大穴から、姿を現すザンサイバー。その両手には遮那、昴、三枝。 そして生き残った数名の警備兵が乗せられている。
 一同を、手近なビルに降ろそうとするザンサイバー。ふと上空を見上げる。 宙の一点、空から近付いてくる、翼を広げた、異形の飛行物体が3機。
 その飛行物体が、内蔵されたミサイルを数発、ばら撒くように撃ち放って くる。市街地のあちらこちらから上がる火の手。


黒 鬼「どういうことだ、サイレント・ボーンストリング」

 市街地内の ビルの屋上、携帯通信機に向かって告げている黒鬼。その後ろには、先の、 黒いコートにサングラスの青年が控えている。

黒鬼「破導獣軍団を始末する使命は 果たした。何故また市街地を空爆する必要がある」
ボーンの声「私も出撃中止命令を出したのですが、その命令は破られました」
黒 鬼「何だと」
ボーンの声「パイロットの、ザンサイバーに対する憎しみを抑えきれな かったが故」
黒 鬼「では、貴様、あの機体のパイロットは…」

 ぐしゃり、と手元の通信機を握り潰す黒鬼。
 後方の青年、その黒鬼に背を向け、屋上の出入り口へと消える。


三 枝「弦君、戦う場所を考えて!」降ろされたビルの屋上から、 ザンサイバーに向かって叫んでいる三枝。「ここは西皇の本拠地! こんな 場所で戦っては…」
 弦 「うっせぇ! ンなこと言ってられっか!」

 三枝の叫びを一喝し、迫り来る敵機に向かおうとするザンサイバー。

 昴 「――兄貴!」

 昴の声。その、妹の声に、一瞬だけザンサイバーの足を止める弦。

 弦 「お前の、ためだ」

 振り向きもせず、ザンサイバーから発せられた言葉。その言葉に、はっ、と した表情を見せる、負傷した遮那。
 駆け出すザンサイバー。もはや、その冷たい鋼鉄の背中を見送ることしか 出来ない昴。

 昴 「…兄貴」


 空爆の後を受け、ところどころが燃え盛っているビル街。その路上を 駆けるザンサイバー、ふと脚を止める。その目前に待ち構えている、背に翼と 大振りなブースターを備えた巨大多肢兵器。



 そしてザンサイバーの左右、それぞれのビルの屋上に、同型のもう2機が 着地する。
 三方を囲まれた形になる。

正面の敵機「待っていた…」正面の敵機から漏れる、唸り声。「――待ち構え ていたぞ破導獣! この瞬間をな!」
 弦 「その声…手前ェ、こないだの三馬鹿大将の!」

 弦の言う通り、正面の敵機のコクピットに座するのは、二度に渡って弦と 死闘を繰り広げた暗殺者兄弟、斑(まだら)三兄弟の長兄にして唯一の 生き残り、斑天一郎である。

 弦 「何度も何度も小汚ねェ面ァ見せやがって、しつけ―んだよ手前ェ ら!」
天一郎「言ったろう、たとえ死しても死すことは許されぬ…一度殺すと決めた 相手を、完全に屠るまでは! これこそ斑流暗殺術千年の血の掟!」

 天一郎の機体、ICONの新型多肢兵器、餓空骸、背の翼を開く。一斉に 宙に舞う、三機の餓空骸。

天一郎「雌雄を決しようではないか、破導獣ザンサイバー!」
 弦 「上等だァ、オォッ!」同じく背のブースターを噴かし、跳ぶ ザンサイバー。「今度が最後だ! もう二度と、その面ァ拝まないで 済むようにしてやらぁっ!」



 その加速力で、一気に天一郎の機体の前に出るザンサイバー。高速の 鉄拳を揮う。その拳を、素早く横に動いて躱す餓空骸。

 弦 「何だと!?」
天一郎「遅い遅い遅―いっ!」

 叩き込まれる餓空骸の蹴り。たまらず落下、ビルの壁面に叩きつけられる ザンサイバー。そこを狙って、3機の餓空骸の背部ブースターから放たれる ミサイル群。
 轟轟轟――! 上がる爆炎。ザンサイバーが激突したビルが、一瞬で炎に 包まれ四散する。だがその炎の中から、無傷のままで飛び出してくる ザンサイバー。

 弦 「効くかよそんなもん!」
天一郎「――なるほど、二次元絶対シールドか」

 あくまで天一郎機を潰そうと襲いかかるザンサイバー。その前に、別の 機体が立ち塞がる。

 弦 「邪魔だッ、どきゃあがれッ!」

 ザンサイバーの手の甲、格闘用クローが伸びる。一気に寸断しようと 揮われるクロー。が、一瞬早くクローのリーチの分後方に退き、攻撃を躱す 餓空骸。

 弦 「なに…うおっ!」

 コクピット内に走る衝撃。さらにもう一機の餓空骸が、宙を撥ねるように 舞いつつ、ザンサイバーにミサイルによる連射攻撃を仕掛けてくるのだ。

 弦 「はっ、速えぇ…!」

 餓空骸の、ザンサイバーを完全に上回るスピードに舌を巻くしかない弦。

弦・M「――1機は壁、そしてもう1機は牽制…この戦い方」
弦「こいつら!?」

 ガシッ、その一瞬の隙を突くように、背後からザンサイバーの四肢を 押さえつけるように絡みつく餓空骸。もちろん天一郎の機体だ。



天一郎「ふはははは! 捕らえたぞ破導獣!」
 弦 「こっ、この野郎!」
天一郎「対ザンサイバー用に極限まで装甲を剥ぎ取り、機動力とスピードを 上げた機体よ! 更に、我ら三兄弟の斑流暗殺術が加わるとなれば…」もう 2機の餓空骸が、それぞれ左右からザンサイバーに絡みつく。「なにが 破導獣、始末は容易いわ!」

 他の2機のコクピット、描写。シートに、パイロットの代りに座している 円筒形の自動操縦システム。それぞれ「MADARA-SYSTEM2」、 「MADARA-SYSTEM3」の刻印が刻まれている。

 弦 「また弟代わりの人形頼りかよ! ひとりじゃ何にも出来ねえ お兄ちゃんだぜ!」
天一郎「その可愛い弟を奪った貴様が、何を抜かすかァッ!」

 ザンサイバーの首に絡みついた、餓空骸の腕が絞まる。ギギ…、首の 駆動構造が軋みを上げる。
 もう2機の、自動操縦による餓空骸もそれぞれ左右からザンサイバーの 四肢を締め付ける。細く装甲すらない外観に合わず、強固な構造と出力を 持たされた6本の腕が、ザンサイバーの五体をバラバラにすべく締め上げて いく。

 弦 「てっ、手前ェら!」
天一郎「スピードだけが対ザンサイバーの対策ではないわ! こうなっては その概念装甲、役には立つまい」勝利を確信し、哄笑する。「二次元絶対 平面という、異次元そのものを装甲とする二次元絶対シールドを正面から 破ることは不可能。だが、こうやって手足や首をねじり落とすには どうかな!?」
 弦 「野、郎ォ…ッ」
天一郎「大人しく散華せいっ、破導獣!」

 餓空骸の腕に、更に力が入る。バシッ、ついにザンサイバーの首の構造から 火花が散る。
 歯を食いしばり、ぴくりとも動かない操縦桿を握り締める弦。

 弦 「舐めてくれんじゃ…ねェーーーッ!」

 GAN! 衝撃音、ザンサイバーの両脇から絡み付いていた、2機の 餓空骸、突如"正面"からの衝撃を受け、その身を仰け反らせている。
 その2機の胸板に喰い込んでいる、鋼鉄の鉄柱の先端。ザンサイバーの 両肩ブロックのホルダーに収められた鉄棍、それが高速で撃ち出されたのだ。
 一瞬緩む二機の拘束。だが、その一瞬で充分だ。

 弦 「ンの野郎ォォォッ!」

 力任せに、両脇の2機をひっぺがすザンサイバー。天一郎の機体のみが 背後に残ったまま、背部ブースター点火、地を蹴り急速上昇する。

天一郎「な、何をするつもりだ!?」
 弦 「無理にでもひっぺがしてやるんだよ!」

 天一郎の飢空骸を背に絡みつかせたまま、街中を高速で飛ぶザンサイバー。 その進行方向には、ひときわ高い高層ビル――西皇重工本社ビルがある。

 弦 「あの小洒落たむかつくビル、玄関先にダンプ突っ込ませてやろうと 思ってたんだ」

 目標のビルを見据え、口元に、心から楽しげな笑みを浮かべる。

天一郎「こ、こいつ――」弦の意図を悟り、流石に青くなる天一郎。 「付き合い――きれるか!」

 ついに、ザンサイバーを捕らえた拘束を解く。ビルに激突する寸前、 ザンサイバーから離れる餓空骸。
 轟…!
 激突。ダンプカーどころか、その、超高速で撃ち放たれた全長30メートル 弱の弾丸の直撃を根元に受け、倒壊を起こす西皇重工本社ビル。
 巨大な土煙を上げ、瓦礫と化した超高層が崩れ落ちていく。 壮大なスケール。

三 枝「…な、何ということを…」

 その付近のビルの屋上、あまりにとてつもない光景を前に、言葉を震わせる 三枝。だが、それよりもザンサイバーがビルに突撃した様に言葉を失っている 昴。

 昴 「兄…貴…」

 一方、餓空骸のコクピットの中、哄笑が止まらない天一郎。

天一郎「愚かな、愚かなり破導獣! ICONの怖れた破導獣ザンサイバー、 斑流暗殺術の敵ではなかったわ!」

 三機の餓空骸の目前、完全に崩れ落ちる西皇本社ビル。だが――、

…オオン、…オオン、

 風が震える。瓦礫が崩れ落ちる破壊音に混じって、その声が聞こえる。

…オオン、…オオーン、

 動物の鳴き声、怒りを湛えたかの、獣の唸り、

オオーンッ…、オオーンッ!

それは、確かなる、

オオーーーンッ!!

野生の咆哮――!

土煙が僅かに晴れてきた中、瓦礫の山の上、天に向かって吼えている 巨大な四足獣。
その体色は青く、鬣は気高くも白く、その牙は、爪は、凶暴な鋼の光沢を 湛えている。



天一郎「あっ…あれは!?」

 その巨大獣の威圧感に呑まれ、思わず語尾を震わせる天一郎。野獣を前に、 恐怖を覚えた者の負けだ。瞬間、天一郎の視界から消える青い野獣。刹那、

 衝撃――! 天一郎の飢空骸が、瞬時に機体ごと後方へ持っていかれる。 バシィッ、破砕音と共に千切られる餓空骸の右腕。
 その、餓空骸の右腕を食い千切った獣、振り向く。その視線が、三機の 餓空骸を捉える。その獣の顔は、ザンサイバーの胸部に配されていた獣面 とまったく同じ物だ。

天一郎「…は、破導獣…なのか」

 天一郎の唸った通りである。これぞ、機体そのものを人型から四足獣型に 変形させる、ザンサイバーの高速格闘戦形態、ジュウサイバー。
 地を蹴るジュウサイバー、瞬間、天一郎機の隣にいた餓空骸の首に、鋼の 牙が喰らいついている。
 バリバリ…! その特異に長い首を食い千切るジュウサイバー。

天一郎「おっ、おのれ!」

 背部ブースターからのミサイルを放つ、残り2機の餓空骸。首を食い 千切られた餓空骸、爆発、四散する。だが一瞬速く、宙に跳んでいる ジュウサイバー。
 そのジュウサイバーに向けてありったけのミサイルを撃ち放つものの、 すべてその超高速の前に躱されてしまう。街を包むミサイル着弾の爆発。 その炎の中を、超高速で駆け抜けるジュウサイバー。

天一郎「がっ、餓空骸より速いだと――!?」

 バシュ――! その破砕音に、は、と横を向く天一郎。もう1機の餓空骸、 その胸にジュウサイバーの爪が深々と突き込まれている。
 胸に風穴を穿たれ、機能停止し倒れる餓空骸。

天一郎「人間が操れるスピードじゃない――!」

 ひいい、と自機のブースターを全開で噴かす。急上昇、そのまま戦域から 高速離脱するのだ。だが――、
 眼を見張る天一郎。
 自機の直上、宙空にて、その凶悪な爪を振り上げているジュウサイバー。
 振り下ろされる爪――、



天一郎「斑流暗殺術、千年の掟…」切断される、自機の運命を悟るがの 天一郎。「よくぞ喰らった――破導獣ゥゥゥッ!」

 爆発――!


昴・M「兄は、気付いたでしょうか。さっきの叶さんの微笑が、初めて私 たちに見せた笑顔ということに」

 生き残ったビルの屋上。三枝、そして遮那と並び、呆然と街を包んだ破壊の 様を見つめている昴。
 そして、彼女たちの視線の先、瓦礫の山の上に立つジュウサイバーが、 天高く勝利の咆哮を上げている。

昴・M「…今、目先の光景のことを思えば、きっとどうにかなってしまう ――」

 脚の力が抜け、ふらりとひざまづく昴。素早く、遮那が横から昴の身体を 支える。

遮 那「昴さん、しっかりして、昴さん」

昴・M「でも、またすぐに私は、この光景以上の衝撃を覚えることになる のです」

 遮那が昴の身体を揺さぶっている傍ら、動じることなく、炎の中の ジュウサイバーを見つめている三枝。

三 枝「…素晴らしい」半分恍惚とした目で呟く。胸元のポケットから 一枚のMOを取り、いとおしげに胸元に抱きしめる。「ついに、目覚めた… そして擬似ブラック・スフィアの起動データ…」

 その時、燃え盛る街に、鐘の音が鳴る。
 街の一角、大時計のかかったビル、その大時計が時報の鐘の音を 鳴らしている。

 指している時間は、午後6時――。

 ふと、空を振り仰ぐ遮那。黒煙に染まる空。
 その黒煙を分けるように出現する、1機の白い機体。それはまるで、 巨大な髑髏のような――。


黒 鬼「いかん!」

 やはり、戦火を生き残ったビルの屋上、その降臨してくる髑髏に向かって 叫ぶ黒鬼。

黒 鬼「やめろ! 今、その機体を出しては駄目だ!」


 その髑髏のごとき機体のコクピットの中、あの、黒いコートにサングラスの 青年が収まっている。

青 年「これを――お前が仕掛けたというのか?」

 操縦桿を手に、憎々しげに呻く。
 眼下の光景、炎に包まれている街、

青 年「これが、ザンサイバーとお前がもたらす破壊なのか…?」

 サングラスに、手をかける。

青 年「許さん…許さんぞ、お前だけは」

 取られるサングラス。その下の顔は――、

青 年「ザンサイバーを操るお前だけは――!」

 ――かつて、雪山で死んだ弦の親友、
 柾 優、本人である。

(「Destruction5」へ続く)









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