Destruction8―「儚生命数」
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○回想、鎌倉、西皇邸前
画面テロップ「3年前」
広大な敷地に建つ西皇御殿。大がかりな正門に続く石畳の道、その道沿い
3メートル置きに立っている黒服にサングラスの男達。
その石畳の道、多くの取り巻きを引き連れ、先頭を正門へと向かっている
和装の老人。小柄ながらも服の上から判る恰幅の良さ、そして自信に
充ち満ちた表情。
日本政財界の影のフィクサー、影から国家を操るとも揶揄される怪老、
西皇浄三郎その人である。その、後ろから続く取り巻きの中には、スーツ姿の
三枝の姿も見える。
視点変更。上空、その怪老の行軍の直上。空中から、高速で行軍に迫って
いく視点。
ダン、西皇浄三郎、その直前に降り立つ影。全身を黒装束で包んだ男。
表情を上げる。鋭い造形による白い鬼面。黒鬼である。
僅かに目尻を歪める西皇。そして、取り巻き達や黒服のSP達がざわめく
間もなく、
――GAGAGAGA…!
響き渡る銃声。瞬時に黒鬼の手に抜かれたサブマシンガンの弾丸の奔流を、
50センチと離れぬ至近距離からその一身に浴びる西皇。
西皇本人からではなく、周囲から沸き起こる悲鳴。そして、抜き払う
モーションも見せず、黒鬼の手に取られる大刃のナイフ、
斬――、
空の逆光の中、鮮血の尾を引き、宙を飛ぶ老人の生首のシルエット。
驚愕の眼差しにて、その宙空の物体を見つめる三枝。その整った顔立ちに、
宙を飛ぶ物体からの鮮血が撥ねる。
三枝、絶叫。
○小笠原諸島、達磨島“十字の檻(クロスケイジ)”
現代、“十字の檻”。
三 枝「あの時の涙と怒り、そして遺恨、忘れてはいない…」唇を噛む三枝。
「お前が戦場にいるというなら、あの時の借りは必ず返す…黒鬼」
宙空に噴き上がっている、淡い閃光の大柱。次元波動の輝きと共に、
発進サイロから上昇していくザンサイバー。
三 枝「行きなさいザンサイバー…あなたの花嫁を迎えにね」
カットバック、西皇市にて、ザンサイバー2号機を起動させる昴。三枝の手に
握られてる、その時昴によってもたらされた、疑似ブラック・スフィアの
起動データMO。
ほくそ笑む三枝。
三 枝「もうすぐ来る、約束の時のために」
○波止場
その、海の彼方、上空へと立ち上る光の一線を見据えている、よれっとした
服装に右脚を杖で引きずる男。かつて、弦に自らを“傍観者”と名乗った男、
トキさんである。
○サブタイトル
「Destruction 8 ― 儚生命数」
○ICONウェスラギア基地基地内、多肢兵器工廠
戦場と化している広大な工廠ホール。天井に大穴を明け、飛来してきた
封印状態のガイオーマ、その銀の冥衣の隙間から延ばした掌から発する重力波の
弾丸にて所構わず工廠内を攻撃している。そのガイオーマのコクピット内、
無表情にて操縦桿を握る優。その瞳には、意志の輝きがない虚ろな視線。
当面の敵である、黒鬼駆る漆黒の機体、魔王骸のみならず味方である無人
多肢兵器の軍勢、そしてホール内の空中回廊、基地内に潜入していた弦、藤岡ら
とウェスラギア解放戦線の兵士達をも否応なく巻き込む砲撃と破壊の嵐。
弦 「優、手前ェェェッ!」
昴 「いやぁぁぁっ!」
各々絶叫を上げる、弦、そして魔王骸コクピット内の昴。解放戦線の兵の
ひとりなど、藤岡にしがみついて震えている有様。
黒 鬼「ちいっ、斬馬 昴、しっかり掴まっていろ」
舌打ちし、シートの後方にしがみつく昴に告げる黒鬼。その黒鬼の操縦を
受け、魔王骸の腕の甲、砲口を隠したカバーが開く。
果敢にエネルギー弾を撃つ魔王骸。そのガイオーマの身を覆った銀の冥衣に
ことごとく撃ち込まれる物の、攻撃を止めるまでの致命傷を与えることは
出来ない。だが確実に、ガイオーマの標的が魔王骸に向く。
と、
GOOO…、上空から響く爆音、
藤 岡「来たか――」
上空を見上げる藤岡。天井の大穴、空に一瞬覗く、上空を横切る影。
刹那、
ドオッ――!
ホール内に、爆発的に巻き起こる旋風、無人機の残骸一機を踏み潰し、
その場に膝をついて着地している――ザンサイバー!
藤 岡「今のうちだ、退くぞ!」
自ら率いるウェスラギア解放戦線のメンバー達に号令する藤岡。だが、
ドクン――、
左胸を押さえ、跪く弦。
少女兵「お…おい!」
すぐ傍らにいたウェスラギア解放戦線の少女兵が、その弦の肩を支える。
だが、激しくなる鼓動に胸を押さえ、苦しげな表情のままの弦。
脳裏に甦る、かつてザンサイバーの中で聞いた謎の声。
謎の声「…この肉体は、驚異的な戦闘能力と引き換えに、
その肉体そのものは
極めて不安定なのだ…たとえ生まれ出でても、その命はいつまで
持つか判らない」
弦・モノローグ(以下M)「クソォ…こんな時に」
少女兵に肩を支えられ、歯をギッ、と噛み鳴らす。
遮 那「まずい…」
昴 「私を…降ろしてください!」魔王骸のコクピット、操縦桿を握る
黒鬼に懇願する昴。「このままじゃあの人達が危ない! 私なら、
ザンサイバーに乗れます!」
黒 鬼「聞けぬ相談だ」
昴のほうも見もせず、にべもない黒鬼。昴、意を決し、頭上の搭乗用ハッチ
の開放レバーを捻る。圧縮空気が抜ける音と共に、弾かれるように解放される
二重のコクピット・ハッチ。
黒 鬼「斬馬 昴、馬鹿な真似はよせ!」
制止の声も聞かず、コクピットの外に飛び出す昴。だが、そこは地上20
メートル以上の位置にある、足場も不安定この上ない多肢兵器の胸板なのだ。
わあっ、と悲鳴を上げ、脚を滑らせ胸部装甲の縁にぶら下がる昴。
そこへ向けられる、ガイオーマの掌。
弦 「昴ッ!」
弦の悲鳴。ガイオーマの掌から放たれる重力波――!
DON! 衝撃。弦、恐る恐る閉じていた目を開く。ガイオーマの攻撃を
受ける魔王骸、その間に割って入り、盾となって攻撃を防いでいる…
ザンサイバー。
ザンサイバーからの声「間に合って…良かった」
魔王骸の胸板にしがみつき、呆然としている昴を前に、安堵したかの声が
ザンサイバーから漏れる。
弦 「な…何で」そして、その声に、やはり胸の痛みも忘れて呆然と
なっている弦。「なんでお前が…ザンサイバーに乗ってやがんだッ!?」
弦の驚く通り、そのザンサイバーのコクピットに緊急に乗り込み、
収まっているのは…幾度となく弦を引っかき回す謎の少女、月島蘭子である!
力強く発光するザンサイバーの双眸。そして、その胸の獣面が吠える。
オォォン…! その咆吼に反応するように、その黒い翼を雄々しく開放する
魔王骸と、瞬時にその冥衣を払い、封印形態から銀の翼を広げた完全なヒト型、
波動銀鳳へと変形するガイオーマ。
魔王骸とガイオーマ、その二機の双眸も、ザンサイバーに呼応するように
強く発光する。黒い翼と銀の翼、二対の翼から放たれた波動が、周囲の空間を
放射状に歪ませている。
ドクン――、
ドクン、ドクン…、
魔王骸の胸板にぶら下がったままの昴、その胸で、ひときわ鼓動が大きく
撥ねる。
昴 「な…に?」
両腕を伸ばした姿勢で、窮屈そうに視線を巡らす。大きく翼を広げている
ガイオーマと、胸部獣面から大きく咆吼を上げ続けるザンサイバー。
昴 「なんなの…これ…また、どきどきいってる…」
カットバック。いつか見た、幼い日の夢。巨大な竜の頭に取り付き、
愛おしげにその頬を撫でている幼い自分。その、竜の頬に、くちづけ――、
一方、その三機の様に目を見張っている一同。
遮 那「共鳴…している」
弦 「共鳴…って、ちょっと待てや」は、と遮那の方を向く弦「まさか…
あの優の機体にも、疑似ブラック・スフィアってのが詰まってんのか!?」
遮 那「いえ…」共鳴する三機の様を見据え、遮那、告げる。「確かに魔王骸は
疑似ブラック・スフィアの実験機だけど…あのガイオーマの中にある物は、
間違いなく
“本物のブラック・スフィア”よ。ザンサイバーの物と、同様のね」
藤 岡「その通り…そして」
○“十字の檻”
三 枝「理は、綻びている…」
○ICON本部
イオナ「そう、絶対の理は、この宇宙が始まって以来、初めて崩れ去った」
目を伏せるイオナ。「ひとつの星に…ブラック・スフィアは
“ひとつ”しか
存在し得ない」
○ウェスラギア基地、工廠ホール
弦 「“ひとつ”しか…存在しない、はず?」
○日本アルプス
白い雪山に囲まれた、あの“遺跡”と称される真白いドーム。
ドクン、ドクン…、
そのドームの表面の一部、咆吼する獣の顔を刻んだかの衝撃痕、脈動するか
のように淡い輝きを明滅させている。
○ウェスラギア基地、指令室
ボーン「なかなか面白い趣向だろう? 姉さん、そして指導者イオナ」
薄く笑う。「だが…」
○ウェスラギア基地、工廠ホール
未だ共鳴現象の続く三機。だが、ガイオーマのコクピット内。
優 「うおおおおおおおおっ!」
またもコクピット内を貫く、電撃と化したエネルギーの逆流! 優の肉体の、
修復された機械部分があちこち、たまらず弾け、火花と白煙を散らしている。
自身を苛む苦痛と共に、優の瞳に戻る、意志の輝き。
優 「僕は…まだ、ガイオーマに乗っている…?」
○ウェスラギア基地、指令室
ボーン「柾 優、身体を作り替えたぐらいでは駄目ということか。それに…」
冷徹に呟くボーン。「まがい物を含むとはいえ、三つのブラック・スフィアの
共鳴が…ガイオーマに更なる力を与えている」
口元に浮かぶ微笑。
ボーン「ならば、耐えてみせろ、柾 優。ガイオーマの中の、身を焼く逆流に
耐え抜くことこそ…この星にブラック・スフィアがただひとつになった時、
その主となる資格だ」
○ウェスラギア基地、工廠ホール
遂に、跪くガイオーマ。その伸びた翼も下方に垂れ、双眸の輝きも消え、
全身から白煙が上がっている。同時、収まる共鳴現象。魔王骸の翼も
閉じられる。
少女兵「何だったんだ…」
沈黙するガイオーマを目の当たりに、弦に肩を貸している少女兵が呟く。
弦 「知るかよ、それより…昴!」
まだ、昴がぶら下がったままのはずの魔王骸に目を向ける。と、響き渡る
悲鳴。
いつの間にか、魔王骸の胸板から消えている昴。視線を巡らすと、その姿は
壁沿いのキャットウォーク上にある。ただ、ウェスラギア解放戦線の兵士
ひとりに、後ろ手を捕まれた姿勢で。
驚いたことに、先の砲撃の中、藤岡にしがみついて震えていた青年兵だ。
弦 「昴! 手前ェッ!」
兵 士「藤岡司令官、そして斬馬 弦! 斬馬 昴とこの基地のデータ、
確かに確保したぞ、三枝博士の命令によってな」
まだ二十歳そこそこといった、一見軽薄な優男風の風貌の青年兵士、
藤岡の手にあったはずの基地データの詰まったMOを手に、嘲笑混じりに言う。
は、と空になっているポケットを探る藤岡。カットバック、藤岡にしがみ
ついて震えている青年兵。その手がひそかに藤岡の服のポケットに伸びている。
藤 岡「貴様…一体何者だ?」
兵 士「名は皇 黄金(すめらぎ こがね)。――藤岡司令官、いや藤岡大佐、
三枝博士からの伝言だ」嘲るように宣言する、三枝博士の配下、黄金。
「あなたの“十字の檻”司令官の任はただ今をもって解かれる。その任、
あとはこの私が引き継ぐことになるがな」
弦 「ざけるな、どういうつもりだ手前ェッ!」自分たちを睥睨する黄金に、
食ってかかる弦。「三枝博士の子分が、なんで昴をかっさらうような真似
しやがる!」
黄 金「吠えてる場合かな、斬馬 弦」
その黄金の言葉が終わらぬうちに、続々と、再起動して立ち上がってくる
無人多肢兵器の群れ。
○ウェスラギア基地、指令室
ボーン「柾 優め、世話が焼ける」苦々しい表情のボーン。「我が手駒共、
せっかくの“進化の刻印”、みすみす逃がすな」
○ウェスラギア基地、工廠ホール
黄 金「斬馬 弦、ここはお前に任せる! 生き残ったらまた“十字の檻”に
来るがいい、ザンサイバーと共にな」
弦 「まっ…待ちやがれ!」
再動した敵機が蠢き、その弦と黄金の間を隔てる中、哄笑を残して昴を
連れ去ったままその場を走り去る黄金。
弦 「――昴ゥゥゥッ!」
弦、絶叫。その叫びに、一瞬、目を剥く昴。
昴 「あ…」
昴・M「――兄、貴」
その視界を遮る、巨大な影。無人兵器化されたICONの多肢兵器、獣骸
である。黄金と昴に手を伸ばそうとする獣骸。が、その獣骸の腕を捻り上げる、
もうひとつの鋼の手。
月島蘭子駆る、ザンサイバーだ。
蘭 子「弦君の妹さんを、“十字の檻”に戻す訳には行かないけれど…」
ザンサイバーのパワーに任せ、その腕ごと獣骸を引きずり倒す蘭子。「ここで、
これ以上戦場にとどまらせ、危険に巻き込む訳にも行かない」
黒 鬼「――ここは共同戦線と行くか、月島蘭子」
魔王骸が、そのザンサイバーと背中を合わせる。二機を取り囲む、
多肢兵器の軍勢。一斉に襲いかかってくる――。
互いの方向に駆け出す、ザンサイバーと魔王骸。魔王骸の両腕の砲口が
唸りを上げ、その砲撃が自機を囲む敵機のコクピット――無人制御装置を
確実に撃ち抜き敵を沈黙させていく。そしてザンサイバー、
蘭 子「パァイルドッ・スマッシャアーーーッ!」
叫びと共に、両腕の甲から伸びた電撃を撒き散らす鋼爪が、一機、二機と
敵機を貫く。と、真横から飛びかかる一機の重多肢兵器、獣骸怒。
蘭 子「ヴァリアブルロッドォ・ブロゥッ!」
ザンサイバーの肩から、杭打ち機の鉄杭のごとき勢いで撃ち出される鉄棍、
その鉄棍の直撃を打ち込まれ、顔面を潰される獣骸怒。ザンサイバーがその
鉄棍を握る。
蘭 子「クロォォスッ・ブレイカアァァッ!」
獣骸怒の顔面から引き抜かれた、硬化したリキッド・メタル製の鉄棍が、
混在されたナノマシンの指令を受けて瞬時に液化、拡大した全く別の形状を
形成して再硬化する。その形状は、巨大な戦刃――!
斬! その腿から下を叩き斬られ、行動不能にされて崩れ落ちる獣骸怒。
蘭 子「――剣無き人々の願いを背負い!」たじろぐ敵機の群れを前に、
宣言する。「闇斬り砕く――怒りの雷光! 破導獣ザンサイバー、
嵐を駆け抜け戦場に見参!」
その蘭子の宣誓を受け、一度大きく咆吼するザンサイバーの胸の獣面。
その光景に、軽く目眩を覚えている弦と、その肩を支えて呆然となっている
少女兵。
弦 「聞くに堪えねえ…」
少女兵「男は、こういうの好きじゃないのか?」
弦 「世界観ってーか…魂の在処が違うんだよ」なおも、敵機へ挑みかかる
ザンサイバーの姿を凝視する。「それにしても…」
弦・M「月島蘭子、手前、一体何モンだ?」カットバック、ザンサイバーの
コクピットの中に進入し、無惨に光の泡粒と化して“喰われる”暗殺者、
斑地二郎の最期。「ザンサイバーに、喰われることもなく…しかもあれだけ
自在に操れるだと?」
どこか悔しげに、歯を噛む弦。ザンサイバー、コクピット内。凛とした
表情にて操縦桿を握る蘭子。
なおも、ザンサイバーと魔王骸の攻撃が敵を減らしていく。
黒 鬼「月島蘭子、あとは引き受ける。お前は藤岡たちを連れて脱出しろ」
蘭 子「了解」
黒鬼の指示にて、弦たちが動けずにいる空中回廊に、両掌を伸ばす
ザンサイバー。藤岡、負傷した遮那、そして生き残った数名のウェスラギア
解放戦線の兵達が続々のその掌に乗る。そして、まだ少女兵に肩を支えられた
ままの弦も、彼女と共に乗り込む。
藤 岡「よし、月島蘭子、上昇しろ」
指示する藤岡。魔王骸が残った多肢兵器群を押さえているのを尻目に、
背のブースターを噴かして、天井の大穴から上昇するザンサイバー。
ガイオーマの穿った大穴を明け、基地の外へ。
そこへ、逃がさないとばかり撃たれる、一機の多肢兵器からの銃撃。
ザンサイバーの背を直撃。致命傷にこそならない物の、大きく揺れる
ザンサイバーの掌。
少女兵「!」
掌の縁にいた少女兵、バランスを崩し、一瞬掌の上から宙に浮く。その彼女の
手を、がし、と掴む力強い手。弦だ。
だが、宙に舞った少女兵の身体に引きずられるように、弦の身体もまた
掌の上から、彼女ごと宙空へ――、
遮 那「弦君!」
弦 「また落っこちんのかよォッ!」それでも宙を舞いつつ、握った彼女の
手を離さない弦。「ちっきしょォォッ!」
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