Destruction8―「儚生命数」(続)
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○山中の廃れた集落、廃屋
かっ、と目を見開き、目を覚ます弦。タオル一枚が敷かれた床の上に
直接寝かされている。
弦 「前にもあったな…こういうの」身を起こし、古びた廃屋の周囲を
見渡す。「ここは…」
少女兵「あの基地の近くの山村だ。もっとも、既に廃村となっているがな」
弦の寝かされていた、入り口の扉もない廃屋に入ってくる、弦と共に
落下したはずの少女兵。その手にした水筒を弦に放る。「水を汲んできた。
飲め」
投じられた水筒を受け取る弦。
弦 「お前に助けられたのか?」
少女兵「落ちたのが林の中の木の上でな、しかも頑丈な貴様がクッションに
なってくれた。正確には、貴様に助けられたというところだ」ガボガボと
水筒の水にかぶりつく弦に、薄く微笑む。「さすがは不死身と聞いた破導獣の
飼主、斬馬 弦といったところか」
その言葉に、水筒を投げ捨て撥ね起き、素早く身構える。その身構えた
拍子に、ポケットから落ちる何かの紙切れ。
弦 「手前ェ、一体…」
少女兵「落ち着け。――ICONと戦う者で、貴様の名を知らぬ者など
いない。ICONに噛みつく、凶悪にして最強の狂戦士としてな」
弦 「キョキョキョのキョー太郎かよ。嬉しくもねえ呼び名だぜ」
僅かな笑み混じりの彼女の言葉に、舌打ちしつつ緊張を解く弦。少女兵、
その弦のポケットから今しがた落ちた紙切れを拾う。その紙切れを凝視する
少女兵。
少女兵「なんだ、これ?」
弦 「いや何でもねえ!」
慌てて紙切れを奪い取る弦。弦と共に、月島蘭子の姿が写った、数枚の
プリントシールの印刷された台紙。その、僅かに頬を染めつつ慌ててプリント
シールの紙をポケットに戻そうとする弦のリアクションに、堪えきれず吹き出す。
少女兵「なるほど…ただの狂戦士というわけでもないらしい」
弦 「こきやがれ! …ケッ、こっちに言わせりゃ、手前ェだってただの女
にしか見えねえってんだよ。それが鉄砲抱えて勇ましいこったな」
少女兵「この国の有様を見て――ただの女などではいられん」
ふと、笑みを消し、一瞬苦々しい表情を見せる。
弦 「ウェスラギア、か…ICONに征服された国だったな」ふん、と鼻を
鳴らす弦。「別段征服されたところで、大して困ってるような国とも思えねえ
がな」
少女兵「――何だと!」
弦 「この国に出向く途中、飛行機の中で暇なんで、いまのこの国の資料を
ガイドブック代わりに見せてもらってたんだよ」怒りを顕わにする彼女に、
ふんと言い放つ。「軍司令部による独裁政権下のこの国の惨状、ずいぶん
だったみたいじゃねえか。尽きることなく拡大する内戦、飢餓、増える一方の
戦災者に、資源もないチンケな国として大国はなんの援助もしてくれないと
きた。――ところがICONが政権を取ってからどうだ。内戦はピタリと止み、
復興も急ピッチで進行。新産業の発達が内需の拡大を呼び込み、たった3年で
国民の生活レベルは急上昇。安定した内政に、豊かさを得た国民生活。
内戦中は8割に至った子供の未就学率もいまや全国民が等しく教育を受けられる
ようにもなりましたとさ…ハタ目にゃ困るポイントがなんにもねえ」
少女兵「だが、それは所詮ICONの傀儡国家として支配されてしまった結果
だ!」弦の無遠慮な言葉に噛みつく。「今のこの国を支える新産業が何だか
判るか? 子供達が何を教育させられてるか判るか! ICONの兵器の製造、
ICONによる秩序の理念、ICONに対する奉仕と生産――ICON、
ICON、ICONだ!」
たまらず、すぐ横の壁を殴りつける。
少女兵「今までと何が変わったという!? 支配者が変わって、内戦の代わりに
飴をぶら下げられ、またも搾取を受けているだけだ! ウェスラギア国民の
真の自由は、何処にある!」熱くなった頭を冷やすように、額を、今しがた
殴りつけた壁に付ける。「私は…この国からICONを追い出し、この国に
真の自由をもたらせてみせる。その為には、ただの女などではいられん…」
弦 「平和だけはICONが取り戻してくれたから、あとは私たちで自由に
やりますので、どうぞ出ていってくださいっか? ムシのいい話に聞こえるぜ」
少女兵「貴様などに何が判る」ぎっ、と奥歯を鳴らす。「ICONがこの国を
軍事政権から解放して…今度こそ、この国に平和と自由が戻ったと思って
いた…だが実体はどうだ? みかけは平和そのものでも、この国全体が
ICONという新しい侵略者に乗っ取られてしまったんだぞ…」
弦 「見せかけの平和上等じゃねえか。少なくとも、理不尽な内戦や飢えで
死ぬ奴はいなくなったんだろ」
少女兵「所詮…生きるために、泥を掻き分け草の根をかじる、本当の飢えの
怖さを知らない国の人間が言う…言葉だな」
弦 「同情してほしいってんなら言え、いくらでもしてやらあ。だが、
正直こんな貧乏臭ェ国の解放の為に、わざわざ戦争やりに来た訳じゃねえ」
まるで意に介さない弦。「俺がこの国に来たのは、連れ去られた妹の手掛かりを
探すためだ。その昴がまたいなくなったとありゃ、こんな国どうなろうが
知るかよ」
少女兵「夢のない男だな」
弦 「夢じゃ腹は膨らまねえ」
少女兵「それでも、生きるための意志と指針になる」
ふと、笑い、自分の荷物の入ったリュックを開く。何枚か取り出す、近代的
な都市と、その幾つかの小綺麗な高層建築の建物の写真。
少女兵「現在の、ウェスラギア首都の写真だ。荒れ果てた廃墟同然だった
ところを、ICONはたった3年でこれだけの都市にした」一番目立つ、
幾何学的形状をした目立つ建物の写真を見せる。「ICONが平和の象徴と
称して建てた議事堂だ。こうして私たちが戦っている間にも、ICONの息の
かかった傀儡政権の屑共が、いかに国民の骨の髄まで搾り取ってやろうかと、
ここで悪知恵を巡らせている」
弦 「うわ政治不信」
少女兵「私の夢は…いつかこの議事堂を叩き壊し、その跡地を、花畑にでも
してしまうことだ」
弦 「………」
初めて、彼女の言葉に皮肉を返さず、じっと議事堂の写真を見つめる弦。
弦 「花ぐらい…咲くといいな」
と、弦に荷物を投げ渡す少女兵。
少女兵「さて、病持ちらしいがいつまでも寝てもらっている訳にもいかん、
ここを出るぞ。大丈夫だろうな」
弦 「ああ、たぶん、今のところはな」応じる。「…残りは、少ないかも
知れねえが」
○山中
生い茂った山道を行く少女兵と弦。
少女兵「ともかく山を下り、作戦の合流ポイントへ向かう。まずは現状の
確認だ」
弦 「そこに行きゃ、藤岡のおっさん達とも遭える訳だな?」
少女兵「大佐が、無事でらっしゃるならな…」
弦 「あのおっさんが、簡単にくたばるタマかよ。――ところでよ、お前ら
大佐とか呼んでっけど、あのおっさん、昔この国の軍人だったのか?」
少女兵「内戦時代、傭兵としてレジスタンスと共に当時の軍事政権打倒のために
戦ってくれていたらしい。我々解放戦線は、あの方がいてくれたから戦えた」
弦 「んで、まだ戦ってる訳か」
少女兵「貴様と違って…我々の夢と理想に心から賛同して、このウェスラギア
国民の自由のためにご尽力くださっているということだ。貴様もあの方の部下
なら、少しは見習ってほしい物だな」
少女兵「戦争のやり方シゴかれはしたが、部下になったつもりはねえ。――
それに、あのゴツいおっさんに夢の話は似合わねえ」
少女兵「貴様は、夢など見ないとでもいうのか?」
弦 「言っただろ、夢じゃ腹は膨らまねえってよ。…まあ、なんだ」
何処か、照れたように、木々の隙間から覗く空を仰ぎ見る。「ささやかな
もんなら、ひとつぐらい、あるか」
上空を仰ぐ。その眼差しが、一瞬鋭くなる。
弦 「まじい…ちょっと隠れろ」
少女兵「なに?」
戸惑う少女兵の手を掴み、道端の藪の中へ。だが、
GOOO…、その、弦の一瞬見た上空の影、まるで宙空から落下してきたかの
スピードで弦たちのすぐそばまで降りてくる。一見、ICONの最量産機、
獣骸に飛行用のブースターを装着させたかの機体だ。ただし、その手には、
大がかりなユニットで構成された巨大な三叉の槍が握られ、ブースターには
まるで翼のごとく、円月刀が二本、対となって装着されている。
高度50メートルという低空にて急制動、そのまま落下の勢いを殺し、静かに
着地してみせる機体。見ると、さらに上空から二機、その慣性の法則を
無視した機動にて地に降りてくる。一機は全身に増加装甲を施された獣骸怒
ベースの機体、もう一機は両手に巨大火器を手にした、飛行型の機体である
餓空骸だ。ただし、どちらの機体も、先の獣骸同様の“槍”を背のラッチに
装備している。
自分たちのすぐ付近に着地した三機を前に、様子を伺う二人。
少女兵「見つかったのか…?」
弦 「まさか、あの高さから俺たちを見つけて降りてきたとは思えねえが」
と、餓空骸のカスタム機とおぼしき機体が、手にした火器を二人の潜む藪に
向ける。一瞬で反応する弦、少女兵の手を引いて飛び出す。
轟――!
その砲撃が、たった今まで二人のいた位置を吹っ飛ばす。爆風に地を転がる
二人。
餓空骸からの声「…ヒャヒャ、ヒャ…」地面に転がる二人の様を、楽しげに
嘲笑する。「ヒャヒャヒャヒャヒャ! イィいーザマだなぁぁぁっ、斬馬 弦
の小僧ちゃんよォォォッ! ヒャーッヒャッヒャッヒャ!」
弦 「この、下卑にゲビきった下品笑い…」舌打ちしつつ、少女兵と共に
立ち上がる。「思い出したくもねーが聞き覚えはある…けど、まさかな」
獣骸からの声「いや、聞き違いではないぞ、斬馬 弦」
今度こそ、驚きと共に三機を見上げる弦。
弦 「ふざけろよ…」苦々しげに身構える。「手前ェら…俺がひとり残らず
地獄に叩き落としてやったはずだ――エェ斑だかの三バカ兄弟よォッ!」
その叫びに、餓空骸、なおも件の下卑た哄笑を高く上げる。まさに、かつて
弦の命を狙った暗殺者三兄弟、斑三兄弟の次男、斑地二郎のごとく。
獣骸からの声「逢いたかったぞ…」斑三兄弟の長兄、斑天一郎の声を
発している獣骸。「再会できて嬉しいぞ…斬馬 弦」
餓空骸からの声「…や、やっとオォオマエを、コココ殺してぇやれるぜ…
ひひひ」
弦 「手前ェら、賽の河原から舞い戻ってきたのかよ!」
獣骸からの声「残念ながら、ヒトとしての我等はことごとく貴様の前に倒れ
伏した。だが」
ICON多肢兵器の、外見上のアイデンティティとも言える腰部の鬼面の
レリーフ、その三機のレリーフが突然高熱を発し、赤熱化する。その高熱にて
表面の金属がドロドロに変形、鬼面とは別の顔を作りだし固まる。
苦悶の表情を刻んだ――斑三兄弟の顔! 獣骸には半月刀の使い手、
斑天一郎が。餓空骸には狂気の銃器使い、斑地二郎が。そして、獣骸怒には
兄弟の武器庫である不動の巨漢、斑人三郎の顔が、それぞれ高熱による金属
変形にて形成されているのだ。
獣骸(天一郎)「我等は正確には、斑三兄弟そのものではない」
餓空骸(地二郎)「ひひひ…オォ俺たち三兄弟のォ、殺人技量と人格、そしてェ
斑流暗殺術ゥすべてを受け継いだァじーんこーお知能ォー」
獣骸(天一郎)「巨大人型多肢兵器に、我等が能力すべてをコピーした自律型
多肢兵器制御システム、その名もMADARA−システム! その完成型
1号機こそこの我々よ!」
各機、コクピット内描写。本来パイロットシートのある位置に据え付けられ、
稼働している円筒形のユニット。各々のユニットに刻まれているMADARA
−SYSTEMのロゴマーク。
獣骸(天一郎)「斑天一郎の暗殺剣を受け継ぐMADARA−システム1、
邪獣骸!」
餓空骸(地二郎)「ヒャヒャヒャヒャッ、同じくゥ斑地二郎の化身ンー、
MADARA−システム2、空骸邪ァッ!」
ただ一機、一言も発することのない獣骸怒の機体。
邪獣骸「そして、我等が末弟斑人三郎の鋼鉄の意志の後継者、MADARA−
システム3、邪骸怒!」
弦 「ちっ、ゼンマイ仕掛けの亡霊ってかよ!」戦慄を憶えつつ、
舌打ちする。「亡霊になっても相変わらず、口だけは達者みてえじゃねえか!」
邪獣骸「一度狙った相手を仕留めるまでは、たとえ死しても死すことは
許されぬ…斑流暗殺術千年の掟、ヒトの肉体を失った程度で滅びはせんわ
! 今度こそ地獄へ堕ちろ、斬馬 弦!」
空骸邪「ヒャーッヒャヒャヒャ!」
空骸邪が、哄笑と共に両手の火器、長身の銃を連射で撃ち放つ。たちまち、
炎に包まれる山中の森林…!
○ウェスラギア基地、指令室
ボーン「そう、たとえ死しても死すことは許されぬ…」三機から送られてくる
戦況映像に、ほくそ笑むボーン。「これからは、私のために生きていって
もらうぞ、斑三兄弟」
○山中
MADARA−システムの三機の攻撃により、大規模な山火事が巻き
起こっている山。その炎に包まれる山道を必死で駆ける弦と少女兵。三機、
横に並び、邪魔な木々をなぎ倒しながらゆったりとした歩みで二人を追う。
主立った砲撃を仕掛ける空骸邪から、漏れ渡る狂気の哄笑。
少女兵「何とかならないのか!」
弦 「馬鹿野郎! ただの間抜け三兄弟だった頃と違って図体デカく
なりすぎてんだ、あんなの生身でどうにかできっか!」
空骸邪「ヒャーッヒャッヒャッヒャ! 逃ィげろ逃げろォッ!」ろくに
照準も付けないまま、四方八方へと砲撃を飛ばす空骸邪。「――だァがァ、
そーろそろ飽ァきてきたぜェ…ひひひ」
バッ、と翼を広げ、軽く跳躍する空骸邪。その僅かなひと跳びで、簡単な
までに弦たちの前に立つ。二人の至近距離に、その銃口を向ける――!
空骸邪「死ィ――!」
刹那、その人工知能の理解を超える行動に走る弦。
弦 「ぅおおおおおおおおおッ!」
跳躍、その自身に向けられていた長大な銃身に飛び乗り、熱く灼けた銃身を
猛ダッシュで駆け上がる弦。銃を握っていた左腕を蹴り、その胸板に取り付く。
空骸邪「ぎゃァにィィィーーーッ!?」
歯を剥き、凄絶な笑みの表情の弦。胸板にあるメンテ用ハッチのひとつを
開き、コクピットの外部開放レバーを引く。開放されるコクピット・ハッチと、
顕わになるコクピット内のシリンダー状の人工知能システム。
空骸邪「こォッ、この小僧ォォォッ!」
開け放たれたコクピットに飛び込もうとする弦。だが、咄嗟に後方から
伸びてきた巨大な手が、その弦の身体を掴み、邪空骸から引き剥がす。
斑人三郎の人格がコピーされた重武装機、邪骸怒である。巨大な手に捕まれ、
身動きできない弦。
弦 「離しやがれ、このデクノボー!」
邪獣骸「相変わらず油断のならぬ男よ。だが、今度こそ潰れてもらうぞ」
邪骸怒の手に、少しずつ力が入っていく。苦痛に表情を歪める弦。
少女兵「斬馬 弦!」
地上から、少女兵が果敢にハンドガンを撃ってくる。だか焼け石に水以前、
巨大多肢兵器の重装甲を前に効果のあるはずもない。
刹那、
ブゥンッ! 高速回転しつつ飛来したその物体が、弦を掴んだ邪骸怒の
手首を根本から切断した。本体から離れた手首から力が抜け、手首ごと地面に
落下する前に脱出する弦。地面に落ちるも転がって衝撃を逃がす。すかさず
駆け寄ってくる少女兵。
そして離れた地面には、今ほど邪骸怒の手首を切り落とした、投じられた
巨大な斧が突き刺さっている。
蘭 子「弦くん、大丈夫!」
少女兵に支えられ、身を起こす弦。そこに、斧を投じた姿勢のままのに、
蘭子駆るザンサイバーの姿がある。
跪くザンサイバー。そのコクピットから、操縦する蘭子が叫ぶ。
蘭 子「弦くん、タッチ! ザンサイバーにはきみが似合ってるでしょ」
弦 「気が利くじゃねえか!」
少女兵から離れ、駆け出す弦。
少女兵「斬馬 弦」
一瞬、その声に振り返る弦。少女兵の顔は、どこか穏やかに笑っている。
少女兵「なあ、お前の夢は――」
最後まで続かない、言葉。
少女兵のすぐ後方で起こる爆発。吹き飛ぶ、華奢な身体。
空骸邪の砲撃である。だが、弦は空骸邪のほうを見もしない。
吹っ飛ばされ、地面に転がる少女兵の元に駆け寄る。瞳孔を見開き、倒れた
彼女の身体を抱え上げる弦。
弦 「おい! 俺の、俺の夢は――」
抱きかかえた少女兵の身体を揺さぶり、呼びかける。は、と、少女兵の背中を
支えた掌を抜く。
掌を、深紅に染めている、鮮血。
弦 「…馬鹿野郎、聞けよ」もはや、二度と応じることのない彼女の身体を、
地面に横たえる。「恥ぃ思いしてよ…喋ってやってんだぞ」
開いたままの、瞳孔を閉じてやる。
きっ、と跪くザンサイバーを睨み付け、駆け出す。胸部獣面の口腔から
機体に飛び込む。
馴染んだパイロット・シートに腰を落ち着け、操縦桿を取る。そのシートの
後ろにしがみつく蘭子。
本来のパイロットの搭乗を受け、ザンサイバーの双眸が力強く発光する。
邪獣骸「ザンサイバーに乗り込んだか、斬馬 弦!」そのザンサイバーの前に
立つ三機。「嬉しいぞ、破導獣ごと貴様を葬ってやれるとはな。それでこそ
機械に身をやつそうが生き続けた価値があるという物!」
弦 「ホモのストーカー三匹に、ケツ追い回されて喜ぶ趣味はねえんだよ…」
拳を固めるザンサイバー。その手の甲から、電磁鋼爪パイルドスマッシャー
が伸びる。駆け出すザンサイバー。手近にいた邪獣骸に向かって真っ先に、
稲妻の尾を引きつつ鋼爪を揮う。そのザンサイバーの前に立つ、右手首を失った
巨体、邪骸怒。
増加装甲を貼られた腕で、その鋼爪を受ける。斬り砕くまでに至らず、
装甲の表面を裂くにとどまる鋼爪。その邪骸怒から、手首の代わりに展開する
格闘用のクロー。パイルドスマッシャーの鋭い鋼爪と異なる図太いそれは、
まるでマンモスの象牙のようだ。
逆にクローを揮ってくる。その連打される重い重い一撃に、逆に防戦一方に
なるザンサイバー。
邪骸怒の一撃一撃の衝撃を腕でガードする。
弦 「ムダに重てぇ!」
そのコクピットに響く衝撃に呻く弦。と、邪骸怒の背後から宙空に飛び出す
影、空骸邪だ。
空中から哄笑と共に、両手の長身の銃から“砲撃”してくる。ザンサイバー
の装甲表面に、一弾と外れることなく着弾、連続で破裂する。だがその装甲は
全くの無傷。
蘭 子「二次元絶対シールド、文字通り
“絶対”貫けないわ!」
邪獣骸「斑流暗殺術とは、“絶対”を破る技なり!」
邪骸怒が素早く真横に動き、その背後から、例の大振りな三叉の槍を手に
突進してくる邪獣骸。
弦 「そんなもんでザンサイバーが貫けるかッ!」
槍を避けようともせず、鋼爪を振り上げるザンサイバー。瞬間、戦闘光景、
スローモーション。
ザンサイバーの胸板、ちょうど獣面の左の鬣あたりに打ち込まれる槍。
当然、装甲を貫く直前で、絶対の盾である二次元絶対シールドに阻まれる。
と、瞬時、シールドに阻まれたまま、槍本体から分離する三本の穂先。三方に
拡散し、堅いガラスの表面をペン先が引っ掻くような硬質な音を発して、
シールド表面にビームの軌跡を刻む。
ある程度の距離を引っ掻いたところで、それぞれの穂先が30度に急角度で
折れる。穂先が引っ掻いたビーム痕が二次元絶対シールドの表面に刻む、
槍の直撃点を中心点とした、二等辺三角形三つによって構成される
“正三角形”。
ぐっ、と槍本体を引く邪獣骸。そして、驚くべきことが起こる。
正三角形が中心点から引っ張られ、“三角錐として膨れあがっていく”。
すべての面が、正三角形として完成する三角錐。それは、正三角形のみに
よって構成された立体、“正四面体”だ。
“上下”
という概念の無いはずの二次元絶対平面が、図形を描かれることで
“高さ”
を与えられ、そして正四面体という“立体”
として三次元上の存在と
化したのである。正四面体の、それぞれの面に映っている、ザンサイバーの
鏡像――そして、
弦 「――!?」
目を見張る弦。たった今、自や獣骸の槍によって形成された正四面体が、
ガラスの塊のごとく“砕けた”のだ。そして――、
ズン!
ザンサイバーの、機体を震わす衝撃。邪獣骸の持つ太柄の槍、その槍に
仕込まれた火薬突出式の金属杭が、左の鬣ごとザンサイバーの胸板を貫いた
のである――!
邪獣骸「――ふははははっ! 二次元絶対シールド、
破れたり!」
破損の火花が飛び散るコクピットの中、言葉を失っている弦と蘭子。
邪獣骸「二次元絶対シールドとは、三次元上の概念のひとつ、“上下”のない
二次元絶対平面を展開することで“上から貫く”ことを不可能とする概念装甲!」
空骸邪「ギャヒヒヒヒッ、だァが、二次元絶対平ェー面に“上ぉー下”の概念を
与えェて、“立体”、つゥまり三次元上ォーの物理的存在ィ、
“物質”と
しちまえばよォ」
邪獣骸「物理の法則上に存在する
“物質”は、
“破壊”という法則からも
また逃れられない…これぞ、対破導獣必殺のための新兵器、ペネトレーター!」
三叉の穂先と、仕込まれた杭を失いただの金属筒となった、それでも
ザンサイバーを貫いた新兵器ペネトレーターを誇示するように掲げる。
「もはや二次元絶対シールド恐るに足らず! 破導獣ザンサイバー、貴様の
完全な盾、このMADARA−システムが砕き貫いたわ!」
弦 「いつまでも――ベラベラ自慢こいてんじゃねえよ!」ガシッ、自体を
貫くペネトレーターの金属杭をザンサイバーの手が掴む。「うおおおおおっ!」
弦の絶叫と共に、引き抜かれる金属杭。細かな内部構造の破片と共に散る、
鮮血のごときザンサイバーの銀色の体液、液体金属。
その金属杭を引き抜いた姿勢のまま、固まるザンサイバー。空骸邪が、
そして邪骸怒が、それぞれ両翼から手にしたペネトレーターをザンサイバーに
向けている。
邪獣骸「俺の使ったのは、挨拶代わりのただの超合金の杭。だがこいつらの槍
に仕込まれてるのは、爆発物を仕込んだ言わば炸裂弾よ。たとえ破導獣と
いえど、内部からの爆発に耐えられるか?」
弦 「クソ野郎どもが…」
邪獣骸「長い付き合いだったな、破導獣」
空骸邪と邪骸怒の長槍が打ち放たれる、まさにその刹那――、
DON! DON! 宙空からの狙撃が空骸邪と邪骸怒の装甲に撥ねる。
何事か、と天空を見上げる。
飛来し、宙に位置したまま、両腕の甲の砲口から硝煙を燻らせている…
魔王骸!
黒 鬼「斬馬 弦! 一度ならず倒した相手に、いつまで手間取っている!」
蘭 子「黒鬼のおじさま!」
弦 「だぁるせえッ! だったら手前ェが相手してみやがれ!」
顔を輝かせる蘭子と、毒づく弦。
邪獣骸「黒鬼駆る黒竜か、相手にとって不足はないわ!」
黒 鬼「サイレント・ボーンストリングの玩具風情が」翼を閉じ、地上に
急降下してくる魔王骸。「はああっ!」
魔王骸の重量と空中からの加速が乗った、必殺の回し蹴りが邪獣骸の胸板を
打つ! 僅かに後方に脚を滑らせるも、腰を落として堪える邪獣骸。その
胸板の増加装甲に走っている亀裂。その黒い機体を前に、背のブースターの
半月刀を両手に取る邪獣骸。
邪獣骸「黒鬼、貴様ともいずれ決着を着けねばと思っていたところよ」
魔王骸「斑流暗殺術などもはや時代の遺物。そんな物を機械が憶える無駄を
教えてくれる」
一方、空骸邪と邪骸怒の二機を相手に逆襲に転じているザンサイバー。
弦 「うぉりゃあああッ!」
蘭 子「殺っちゃえーーーッ!」
手にした、先まで自体に突き刺さっていた金属杭を、両手で大きく振り
かぶって邪骸怒にぶち込もうとする。既に装甲の砕けている右腕で受ける
邪骸怒。ズガガッ! 無遠慮に打ち込まれる超合金製の杭、爆発する右腕!
空骸邪「邪骸怒ォッ、ギャヒヒヒヒーーーッ!」
哄笑と共に、左手に持った長銃で銃撃してくる空骸邪。そして隙あらばと、
右手のペネトレーターの狙いを定めている。
銃撃に、一瞬身を怯ますザンサイバー。それこそ待っていた隙だ。
突き込まれるペネトレーター。
が、寸前で、その分離式の三叉の穂先を手で取り、突進を止める
ザンサイバー。
空骸邪「ギャニィーーーッ!?」
弦 「何度もそんなもん喰らうか!」
ザンサイバーの額、左右に分割し、開放される頭部主砲のロックパーツ、
蘭 子「エヴァパレートォッ・インッ、フェルノォォォッ!」
放たれる主砲! 至近距離からその燃える奔流に呑まれ、爆発すら起こさず
爆流の中に、一瞬にして灼け散る空骸邪。
弦 「…なに叫んでやがんだよ」
蘭 子「さっき乗り込んだ時、使い損ねてた武器なので」
邪骸怒「――グワァァァッ!」
初めて、寡黙さを破り、その巨大な咆吼を上げる邪骸怒。ひときわ巨大な背の
ブースターを噴かし、上昇を計る。
弦 「逃げる気か!」
邪獣骸「邪骸怒、アレをやるか!」
その邪骸怒の上昇に合わせ、魔王骸との戦闘を一時放棄して、同じく
ブースターを噴かせて跳ぶ邪獣骸。上空にて、ホバリング状態にて静止した
邪骸怒の肩に乗る。
黒 鬼「何のつもりだ?」
邪獣骸「機械の身体となった斑流暗殺術の新たな恐怖、受けい黒鬼、破導獣!」
邪骸怒の手の、ペネトレーターを受け取り構える。「――邪骸怒、華燐砕月!」
邪骸怒の、全身の増加装甲が、まさに花弁が開くごとく一斉に開放される。
その中から覗く、無数の小型ミサイルの弾頭――。
弦 「ゲッ!」
邪獣骸「天罰覿面!」
宙空に咲く炎の大輪。一斉発射された数十発の小型ミサイルが、一斉に地上の
ザンサイバーと魔王骸目がけて降り注ぐ――!
轟轟轟轟轟轟轟轟轟――!
地上に沸き起こる無数の大爆発、まるで活火山の噴火のごとき巨大な火柱が、
戦場となっていた山から上がる…!
邪獣骸「無論、この程度で倒れる貴様等ではあるまい」燃えさかる炎を眼下に、
手にしたペネトレーターを、まるで手槍漁のごとく下方に構える。
「その炎の中から飛び出してきたところを、まずは一匹仕留めてくれ――
るッ!?」
果たして炎の中から飛び出す、黒い翼の影。だがそのスピードは、邪獣骸の
回路の反応よりも疾い!
一瞬、ほんの僅かな一瞬にて、邪獣骸と獣骸怒のすぐ横をすり抜け、
より遙か高空に達し、二機を見下ろしている魔王骸。しかもその両腕には、
ザンサイバーが抱えられている。
黒 鬼「馬鹿が、大空こそこの魔王骸の、最大の能力を発揮する戦場。――
斬馬 弦、一度落とすが、すぐこの機体の背に乗れ」
弦 「なに?」
言葉通り、さっさとザンサイバーの機体を放す魔王骸。そして、その黒い
機体に異変が起こる。
開く胸部装甲、伸びる竜の鎌首、脚は巨大な尾となり、両肩のブースター
からは隠された爪が伸びる。
キュアアッ! 咆吼する、金色の角を輝かせる鋭い造形の竜頭。黒い翼の、
空を舞う巨竜がそこに姿を現す!
素早く落ちるザンサイバーの下に飛来、ザンサイバーをその背に乗せる巨竜。
黒 鬼「これぞ、魔王骸が黒竜と呼ばれる由縁! 漆黒の飛竜、
魔竜骸!」
ザンサイバーをその背に乗せたまま、邪獣骸、邪骸怒の元へと突進する
魔竜骸。ザンサイバー、肩からヴァリアブル・ロッドを抜く。変形する巨大な
戦刃、クロスブレイカー。
弦 「うおおおッ!」
魔竜骸の超スピードと共に、一気に邪骸怒を真っ向から両断する
ザンサイバー。宙空にて爆発、四散する邪骸怒、その肩に乗っていた邪獣骸、
一瞬早く跳んで逃げる。
邪獣骸「は、早すぎる!」
瞬間、そのすぐ目前に現れる、鬣に傷を付けられた肉食獣の獣面。
ザンサイバーだ。
怒りに輝くザンサイバーの双眸。邪獣骸に攻撃の機会も、逃げる隙も与えず、
ペネトレーターを持ったその右腕を肩から戦刃で切断する。
邪獣骸「ヒッ!」
邪獣骸の右手がぶら下がったままのペネトレーターの長槍を取る
ザンサイバー。その三叉の穂先が、邪獣骸の喉輪を刺し貫く。
背上のザンサイバーが邪獣骸を槍で貫いたまま、急加速、急発進する
魔竜骸。機体が無防備な状態のまま強烈なGを叩きつけられ、たまらず背の
ブースターが爆発、左脚も付け根から千切れて後方へ急速に流れ飛んでいく。
邪獣骸「オ…憶えておくがいい破導獣!」唸る邪獣骸。「我々は所詮1号機、
そして今回の戦闘のデータは既に送られている。今後もまた、貴様との
戦い方を学んだ我等の分身が、次々と貴様に襲いかかってくるぞ――!」
吹き飛ぶコクピット・ハッチ。顕わになるMADARA−システム。
「斑流暗殺術、永遠に不滅なりィィィッ!」
超高速で飛行、空気と音の壁を切り裂き、雲を抜けて進む魔竜骸。やがて、
眼下の雲の切れ間から視界が広がる。荒野の中心に、そこだけやけに目立つ
小綺麗な人工物の群れ…あの少女兵の写真に写っていた数々の建物類。
ICON傀儡政権の本拠、ウェスラギア首都である。
弦 「飛びやがれ」
ペネトレーターの太柄の、トリガーを叩くザンサイバーの指。三つの穂先
ごと、仕込まれた爆発物入り――炸薬弾となっている金属杭が、邪獣骸の
ボディごと撃ち放たれる。
超高速飛行の加速度、そして金属杭発射の勢いが、邪獣骸の機体そのものを
巨大な弾丸として発射させたのだ。
発射された巨大弾丸、狙い違わず、街の中心へ――あの、幾何学的形状を
した巨大建築物、議事堂へ、
轟――、
炸裂弾を打ち込まれた、身長30メートルの超音速の弾丸の直撃を受け、
議事堂を爆心地に、街の中央から上がる炎。
上空、魔竜骸の背に乗るザンサイバー。そのコクピットの中、無言でその
爆発の炎を見つめている弦。
弦 「…よぉ、月島」
蘭 子「え?」
弦 「あそこによ…花は、咲くかな?」
○“十字の檻”
夜の海上、俯瞰からの達磨島、“十字の檻”全景。
構内。エレベーターの中、乗り込んでいる三枝博士、その配下皇 黄金。
そして、二人の真ん中に、所在なげに挟まれている…昴。
昴・M「すべては、簡単なことだったのです」
回想する。あの、ウェスラギアの基地の中、連れ去られる自分に手を伸ばし、
絶叫している弦――、
昴・M「わだかまることなんか、何もなかった…あの人は、本当に、私の兄
でした」俯く。「私を守ろうと、一度死んでも、私の元に帰ってくれていた…
私の、兄だったのです」
三 枝「――着いたわよ」
昴 「え?」
三枝の言うとおり、到着、止まるエレベーター。その扉が開く。
目前に広がる、広大な空間。先程までいた、ウェスラギア基地の多肢兵器
工廠同様の工廠区画と見て取れる。ただし、見たところ、空っぽのそこにて
建造されている兵器は何も見えない。
工廠内を、呆然と眺め回す昴。ふと、工廠内の中央に目がとまる。は、と
なる。一瞬、何もない空間に見える、横たわる竜と、幼い日の自分の幻影――、
三 枝「ここが、“十字の檻”の地下最下層…あなたのお父様と私が、
ザンサイバーを作り上げたところ」
昴 「私…」呆然と、あやふやな記憶を、告げる。「私、ここに、
いたことがある…」
三 枝「その記憶は――正しいわね」
眼鏡の奥、ふと嬉しそうな表情を見せる三枝。
昴 「――え?」
三 枝「そして…あなたを迎えるための準備をしていた、パーティー会場よ」
傍らにいた黄金が、手にしたリモコンのスイッチを押す。
工廠内に、大きく響き渡るモーター音。工廠の四方の壁が、シャッターとなって
床下に沈んでいく。そこに見える、かつて、西皇市の地下でも見た、
異形の軍勢――破導獣軍団!
昴 「ここは…!」
三 枝「すべては…約束なのよ」昴の肩に、後ろから手を置き、微笑む三枝。
その表情は、狂喜にも似て――。「あなたは、もしかして忘れているかも
しれないけれど…、あなたは、破ることかなわない、重大な約束をしているの」
○ウェスラギア首都付近、港湾地区、巨大倉庫内
港湾地区の全景。その倉庫内に身を横たえ、数名の整備員から修理を
受けているザンサイバー。そここそがこの国での作戦終了後、藤岡の指示した
合流場所なのだ。
そして、藤岡や遮那の顔と共に、意外な人物がそこにいることに驚愕を
隠せない弦。
弦 「なんで…」思わず、その目前の人物を指差して唸る。「なんで、
あんたが、こんなとこに居やがんだよ…?」
黒鬼を傍らに立たせた、ICONの総帥、指導者イオナその人である――。
イオナ「藤岡大佐を解任してまで三枝博士は斬馬 昴さんを奪取し、ボーン
めは独自に無人兵器と対破導獣用の武器を用意しています。これらの意味
するところはただひとつ――私たちは、なんとしてもそれを
防がねばなりません。その為に」
戸惑う弦の顔を、まっすぐ見据える。
イオナ「斬馬 弦くん。今こそ、すべてを教えましょう…ブラック・スフィア、
進化の刻印とは何なのかを」
魔王骸デザイン:蘭亭紅男