Dissolution X―「荒暴竜魂」


原案:「斬り抜ける陰獣」(蘭亭紅男・画)

目次へ


(この番外編は、「Destruction 1 氷砕復活」に"一応"直接繋がる話と なっております。そのあたりを踏まえて読んでいただければ幸いです)
(今回の番外編の内容は、決して本編に反映されません…まず当然)















「決まっているじゃないか。
聞くなよ、そんな判りきったこと。

そうとも、俺は決してお前を嫌いになったりしないだろうし、
お前はそんなこと不安に思わなくていい。

忘れてないよな? 俺と、初めて出会った日のこと。
出会いは偶然なんてシチュエーション、安っぽいといえば安っぽい。
だけど物事の始まりなんて、そんな安っぽい偶然から始まるような物だと 思うから。

その、始まりのときから、お前はずっと俺のことを想っててくれた。
俺は、お前が俺を想い続けてくれた時間を、無駄にしたりはしない。
お前が、こうして俺と二人になれるまで使った時間、ずっとひとりでいた 時間の分まで、
その何倍もの時間、きっと、きっとお前と二人でいるから。

そう、俺は、お前を――」



Dissolution X 「荒暴竜魂」


(第1話あらすじ)
 主人公、斬馬 弦は日本アルプスに行った。 そして帰ってきた。


 ザ――、
 スパイクがマウンドを踏みしめた瞬間、ダイヤモンドを僅かに撒く風に 土埃が舞った。
 左手にはグローブ。そのグローブの中、包まれているボールを掴んだ右手。 グローブからはみ出した人差し指越しに、今、まさにボールを投じようと している右手の感触を確かめようとする。
 頭上に煌々とした太陽。白いユニフォームから覗くうなじを焼く陽光。 使い込まれ色褪せたグローブから漂う皮の匂い。
 だが、ピッチャーを緊張させるのは、純粋なまでの試合の緊張感だけでは ない。ピッチャーを恐怖させる相手が、バッターボックスにいた。

 その男は、手負いとなりつつも決して目の前の獲物をあきらめようと しないしない猛獣のごとき視線を向けていた。正確にはピッチャーではない、 そのピッチャーの右手に対してだ。
 ピッチャーの右手に、更にグローブに包まれた白球。これから投じられ ようとするそれに、喰らわんがごとく襲い掛かる。そんな意思さえ 込められた視線。

 バッターボックスの男が、僅かに足のスタンスを広げ、腰を落とし 構え直す。そんな仕草のひとつひとつが、この男に秘められた途方もない 戦闘本能が破裂寸前なのを伝えているかのようだ。
 ぐっ、と、構えた右手をピッチャーに向け、恫喝するかの微かな唸りを 漏らす。

 ――喰われる!

 恐怖、威圧、圧倒、焦燥、萎縮――、その一瞬、ピッチャーの敗北は 決定していたといっていい。額から流れる一条の汗にも構わず、 ピッチャーは頭上に大きくボールを持った手を振りかぶった。
 一杯に伸ばした手、片脚を振り上げて体重を乗せて踊る腰、大きく弧を描く モーション、
 瞬間、拭われることのなかった額の汗が、目の中に染み込む。
「――!」
 眼球を襲う刺激と、眩しさを増す陽光。一瞬、ほんの一瞬だけ 閉じられる瞳、それは今まさに、ボールが右手から離れて投じられる その瞬間――!
 ビュッ…、
 時速百数十キロの初速を得たボールが放たれる。その、バッター ボックスの男を直接目掛けて。

チェストォォォォォッ!

 必殺の気合一閃! バッターボックスの男の、空手着の袖から伸びた 手刀が、時速百数十キロに加速したボールを、その球速を上回るスピード にて正面から叩いた。
 刹那、

 ゴッ、

 一瞬だけ、鈍い音が響く。この瞬間勝負は決していた。自らが投じ、 そして見事に叩き返されたボールの直撃を顔面に受け、昏倒するピッチャー (うわ痛いぞこれは!)。
「そこまで!」審判のホイッスルが鳴り響く。「勝負あり! この勝負、 空手部の必殺空手チョップの勝ち! つまりなんだその 空手部のほうが 野球部負かせて勝ち!
 わああ、と、ギャラリーから歓声が沸く。
「っしゃああああ!」
 バッターボックスにて、たった今敵を倒した己が拳を天高く掲げ、 咆哮する空手着姿の勝利者。
「ふっ…野球部よ、この俺をここまで追い詰めた相手はお前が初めてだ ったぜ。もし、お前がボールの目測を狂わす額の汗を拭っていたら、確実に 俺が負けていた…」
 たった今、自らが倒した相手に敬意のひと言を送る。

 彼こそ、この十字檻学園高校3年、空手部主将代行! 巨大ロボをゲット して日本アルプスから帰って来た男、斬馬 弦その人であった。

 と、
お兄ちゃーん(はあと)
 萌え系台詞をほざきつつ、弦の元に萌え系の激マブ笑顔で駆け寄ってくる 彼の妹、すばる。急ぎすぎて、すってんころりとズッコケて「 きゃっ、 転んじゃったあ☆」とドジっ子アピールも忘れない。
「やったね、これで水泳部、登山部、美術部に将棋部に演劇部と来て、 とうとう野球部も空手で倒しちゃったね♪」
「オゥすばる。うむ、かつては県大会突破を目指して空手に励んでいた俺 だが、そんな目標は小さすぎた。雄大なる日本アルプスの山々と、そこで ゲットした雄々しい巨大ロボがが俺の矮小さを知らしめてくれたのだ。 やはり男ならでっかく、この拳で日本制覇を目指すべきだな。そのためには 小さなことからコツコツと、手始めにこの十字檻学園すべての部活動を 制覇しなければならん」
「すてきーお兄ちゃん♪ それでこそすばるの自慢のお兄ちゃんだよぉ( はあと)」
「オゥ、次は珠算部をこの拳で叩き伏せてやるぜ! …どうでもいいが すばる」
「うん、なにー?」
「なんかお前…その、そういう萌え萌え妹なキャラクターだったっけ?」
「やーねぇ、すばるは何にも変わってないよ♪」
「いや…日頃俺のことをバカ兄貴呼ばわりしたり、『ばとるちょーっぷ』 とか抜かして学生鞄のカドを俺の頭に叩きつけたり、俺の留守中部屋に乱入 して秘蔵エロ本を見つけては『兄貴も大人になったのね…』とか言ってフッ と冷笑していたような…」
「ひどーい、すばる、そんな鬼妹なんかじゃないもん☆」いやんいやん、 と萌え萌えにかぶりを振る。「すばるは昔から、お兄ちゃんのコトが だぁ〜い好きな、萌え萌え系妹だもーん(はあと)。きゃはっ☆」
「クドくもわざとらしい萌え萌え妹責めは、かえって"お兄ちゃん煩悩"を 萎えさせるだけですよー。覚えておくといいです」
「って誰!? 人のキャラに水差すのは(ぷんぷん)」
 ふと、グラウンドの端に停車している1台のバイク。それに乗る、 フルフェイスのヘルメットを被ったスカート姿の制服。
その女生徒、バイクから降り、メットを取る。メットに閉じられていた髪が 朝の風に舞う。微笑みも眩しい美少女――。

 くす、とだけ微笑を漏らす。
「また逢いましょう――斬馬 弦くん」
「って、うわ思いっきりこっち無視してるよあの人ーっ! なんか仕草で 自分のキャラ強調してるし(きーっ)」
 すばるの抗議を無視して、さっさとバイクを両手で引いて自転車置き場へと 歩み去る謎の美少女。
「うぅむ見かけねえ顔だ(しかも上玉だ)。一体誰なんだろう?」
 と、グラウンドに予鈴が鳴り響く。
 喧騒の朝を過ぎて、十字檻学園の1日が始まろうとしている(って、 いま朝だったのか)。


 月島蘭子。
 3年B組の黒板に、物凄く少女趣味丸出しの丸文字でその名前は書かれて いた。ご丁寧に名前の左上には黄色いチョークでにこにこ顔のお月様 マークが、右下にはピンクのチョークでラブリーなお花が描かれていた。
「転校生の月島蘭子くんだ。みんな節度を守って仲良くするように」
 ホームルーム、ジャージ姿にて担任の保体教師、藤岡教諭の声が教室に 響く。
 どの程度の節度を守ればいいのかはよくわからないが、 「月島蘭子ですー、よろしくお願いしますぅ☆」なんて転校生の美少女に にっこり来られ、教室中の男子が一斉に沸いた。
「月島さんっ、俺の隣空いてる、俺の隣!」
「月島さん前の学校どこ!?」
「ね、趣味なに、趣味!?」
「好みの男性のタイプは!?」
「すりーさいず…」
 その美少女転校生の出現に、ただひとり沸き上がることなく呆けている 男子生徒がひとり。弦である。なんということか、今朝ほど自分の妹の 頭悪そうな萌え萌え妹ぶりに思いっきりツっ込んでくれた、その本人が 自分のクラスへの転校生だったとは。
「あー、君の席は…」
「あ、大丈夫です先生♪」
 空き席を探す藤岡教諭に、にっこりと微笑む月島蘭子。そして、鞄を手に、 つかつかと弦のすぐ隣の席に歩み寄る。
「ここ、いい?」
「え?」
 と、振り向く、弦の隣の席の何の罪もないクラスメイトの田中くん。 その田中くんの顔面に、
「オラァ!」
 ゴスッ! という破壊音とともに蘭子の鉄拳が飛んだ。可愛そうに、 その一撃で砕け散る何の罪もないクラスメイトの田中くん。
「先生ーっ、私の席決まりましたー」
「斬馬の隣か、まあいいだろう」
「いいのかよ!?」
 とりあえずツッ込む弦。そんな弦の隣の席にしっかりと陣取り、 例によって陽だまりのような笑顔を向ける欄子。
「――やっと、君に逢えたわ。斬馬 弦くん」
「なに、なぜ俺の名前を?」
 うふふ…と、微笑む蘭子。その瞳の奥に、冷たい輝きが宿る。
「斬馬 弦。あなたが欲しい――」
「………!?」

 なんと、
 なんと大胆なる発言か。
 40人の生徒が集まる、授業中の教室にて、他の生徒の注目を受ける中の 堂々たる宣言に、戸惑いを隠せない弦。
 そして、
「弦! なんで手前なんかがいきなりモテやがるんだ!」
「神保町でエロ本買ってたクセに!」
「許せねえこのエロ学生が!」
「パンツ脱がせパンツ!」
 たちまちいきり立った男子生徒に取り囲まれ、集団で殴る蹴るの暴行を 受ける弦。さしもの十字檻学園きってのゴッドハンドをしても、嫉妬にトチ 狂った20人の男子の一斉攻撃の前には成す術がない。
「わーっ、俺は知らんっ! なんも知らんって痛たた痛たた! …うう、 せっかく死ぬような思いして、巨大ロボなんていらんもんゲットしつつやっと 日本アルプスから帰ってきたってのに、何でまたこんな目にぃ」
 思わず泣き言が口をついて出る。その間にも弦を襲う集団暴行。
「むがーほっぺをつねり上げるなーっ! あうちっ、デコピン三連発は あんまりだーって、ふがーっ、ハナの穴に指を突っ込むなーっ! うわなん なんだよそのバリカンはよ!? あっ、あっ、ベルトを取ろうとしてるのは 誰だ? きゃっズボンを引き摺り下ろさないでえっ! いやーんいやん いやん誰か助けてぇ〜〜〜ん!!
 大空を切り裂く、助けを求める悲鳴――!

 天は、
 その叫びを見逃したりはしなかった。
 きらーん、と青空の一点に輝く、綺羅星のごとき光。
 その光から、なにか巨大なる白き影が、ゴォォ…と爆音を響かせて 十字檻学園へと飛来してくる。

 ずがーんっっっ!

 3年B組の教室の壁をぶち抜き、突っ込まれてくる巨大な鋼の拳!
 その一撃で弦を集団いぢめしていた男子生徒の何人かが千切れた肉塊と 化して宙を舞ったが、別にこんな奴らこれから物語に関わる訳でもないので どうでもよかった。
 何事かと、教室の壁にブチ開けられた穴から外を見る弦。
「…いきなり現れた転校生の分際で、弦が欲しいだと…?」穴の外、 校庭に立つ、白き一本角の巨人、ガイオーマ! 「認めない! 僕は 認めないぞ!」
 そのコクピットハッチが開き、うわははは! と哄笑しつつ姿を現す、 弦の親友柾 優(ホモ)!
「ゆっ、優!? お前、日本アルプスで死んだんじゃなかったのか!?」
「ふはははは! 僕の弦に対する愛が愛があーいーがー、僕を地獄から 甦らせたのだ!」わざわざ自慢げに叫ぶ優(ホモ)。「さあっ、弦! 僕と 愛の世界へ行こう!」

「待ちなさい! そんなことはさせないわ!」
 バォンッ…! と、ガイオーマ目掛け、宙を大きくジャンプしてくる1台の バイク。ガイオーマの胸の上まで跳んだバイク、そのままコクピットハッチ 付近に着地し、後輪をきれいにスピンさせる。
「後輪スピンアタック!」べしっ!
「ぐわっ!」
 と、バイクの後輪にぶっ飛ばされる優。
「弦くんはホモになんか渡さないわ! 弦くんのゲットした巨大ロボ… 破導獣ザンサイバーの威力を悪用して… 私が世界を征服するのよ!
 ぶっ、と吹きだす弦。その蘭子の言葉にぐわとムカつく。
「ああっ、手前俺じゃなくてザンサイバーが目当てだったのか!」
「あたりまえでしょ? スマートなイケメン男子全盛の世の中に、あなた みたいな空手バカ筋肉ヤクザなんてモテね系、彼氏として相手にする気 なんかないもん」
「ぐわーっ! 手前このアマーーーっ!」
 モテたと思ったのにモテたと思ったのにモテたと思ったのに ーーーっ! 泣いて悔しがる弦。
「おーっほっほっほ! そういう訳だから弦くん、きみ大人しく私の奴隷に なりなさい♪ 筋肉ヤクザなんてせいぜいペットぐらいの扱いがお似合いよ。 そして、ご主人様である私の為に、世界を征服して私に捧げるのよっ!」
「弦をペットにしてあんなコトやこんなコトをするだと! そんな羨ましい 真似は許さーんっ!」今ほどバイクに吹っ飛ばされた優(ホモ)、顔面に タイヤの跡を残したまま憤る。「弦と愛の世界に旅立つのは僕だーーーっ!」
「うわあっ! それはそれで凄く嫌だぞってーか、俺の意志はぁ〜〜〜っ!?」
 弦、絶叫。
「前輪踏み潰しクラッシャー!」
「鉄拳! 全国4位空手チョップ!」
 弦を巡り、二人の技と技が交錯しようとしたまさにその瞬間、

やめなさーーーいっ!!

校庭に轟く叫び。わあ、と驚き、技の途中でずっこける蘭子と優(ホモ)。
「あ、校長先生」
 そこに駆けつけてきたのは、十字檻学園の校長、イオナ教諭であった。
「柾(ホモ)くん! 遅刻したからって乗り物を校庭に置きっぱなしに しちゃだめでしょ! すぐに自転車置き場に持っていきなさい!」
「は、はい…」
「月島さん、あなたもです! 授業中に校庭でバイク乗り回したりしちゃ ダメでしょ!」
「ごめんなさい…」
 基本的には真面目な生徒二人、校長先生の説教には逆らえなかった。
「そういう訳で二人とも、反省文を原稿用紙に20枚、明日までに 書いてくるように!」
「校長先生、その、叱るポイントが…」
 またもとりあえずツっ込みを入れる弦。
「斬馬くん! 今のなんかムカついたから君も反省文20枚!」
「ひでぶっ!」


 朝の喧騒も過ぎ、気だるい午後のひと時――、
「そう――それは災難だったわね」
 保健室に訪れた弦を前に、美貌の保険医、三枝教諭は柔らかに微笑んだ。 午前のゴタゴタに頭痛を感じ、弦はひたすら休ませてもらおうとこの白い 室内に足を運んだのである。
「あいつら滅茶苦茶なんです。おかげで俺、なんか気疲れして昼飯もロクに ノド通らなくて…」
「まあ、それは大変…」
何がおかしいのか、くすくす、と笑い、机の引出しからなにやら錠剤を 取り出し、パイプ椅子に座る弦の前に立った。壁際の小さな洗面台の 水道からコップに水を注ぎ、弦の横に差し出す。
「ビタミン剤なの。ちょっとでも栄養を取っておくといいわ」
「あ、ありがとうございます」
 三枝の手から錠剤をとろうとする。それを遮る三枝の手。
「あーん」
「え?」
「だから――あーん?」
 煽情的な目線――。
 どくん、と、心臓が撥ねるのを感じる弦。
 す――、と、三枝の片手が、弦の顎を撫でた。背筋にまで駆け抜ける、 生まれて初めての刺激、
「せ、先生――?」
 驚き、椅子に座ったまま一歩あとずさる弦。その両肩を、後ろから三枝の、 細く白い指が受け止めるように掴む。
 そのまま、ふっ、と、弦の耳の後ろに吐息を吹きかける三枝。
「あ、ああ…せ、先生…」
「可愛い子ね――」
 羞恥に頬を染め、身をよじる弦。
 蠱惑的な微笑を湛え、両肩を抑えられた弦の顎を、更に首筋へとその 白い指を這わせる三枝。
「はい、もう一度。…あーん」
「あ…あ」
 美貌の女教師の、吐息と指先の魔術の前に、その口腔を言われるがままに、 呆けたように開放する弦。

 白い部屋。
 白いカーテンを揺らす、部屋に吹き込む緩やかな風。
 壁の白さを淡く彩る、昼下がりの日差し。
 エタノールの匂いと、すぐ目前に、熟れた女性の体温と匂いを微かに放つ 白衣――。
 室内に吹き込む風、その新鮮な空気が僅かだけ弦の意識を覚醒させる。 風を受け、何かが揺れたのか室内でカタカタ…と音がする。
「せ…先生…俺…ぼ、ぼく――」
「どうしたの――」
「あ、あの…」すぐ目前に迫る、理性を狂わせんとする女神の微笑。その 眩しさをとても直視することが出来ない。「なんだか…後ろのロッカーが ガタガタ揺れてるみたいなんですけど…」
「まあ、先生の言うこと聞かないで、よそに注意を向けてたなんて――」 弦の鼻の頭を、人差し指でピンと撥ねる。「悪い子ね」
「あ、ああ…ぼくは…悪い子…です…」
 喘ぐ弦の目の前で、錠剤に軽く口付ける。その錠剤を、開かれた弦の 口腔の、舌の上に載せた。
 両肩を抑えていた三枝の手が、いつの間にかその肩から首筋へ、胸へと 這っていく。
 外される、ワイシャツの第一ボタン。そこから差し込まれた手が、弦の 胸肌を撫でる。その、蜘蛛が胸板を這うような感覚。背筋を走り抜ける 冷たい衝撃に、ううう、と唸る弦。
「せ…先生ぃ…うぅぅ」
 まだ、舌の上に載せられた錠剤を飲み込まないまま、未知の快楽に 唸る弦。
「もう…お薬飲んでる途中に話しちゃダメよ」
「あの…ロッカーから、なんだかうーうーって唸り声が聞こえてくるんです けど…」
「きっとロッカーの中に、ウシガエルでも紛れ込んだのね」
 言うと、手にしたコップの水を、自らの唇に含んだ。そうして両手で弦の 顔を固定し、まだ錠剤を口中に含んだ弦の唇に、その濡れそぼった赤い唇を 近付けていく。
「先生…せん、せい…」
 激しさを増す動悸、どくん、どくんと――、
「な、なんだか…ロッカーがドカンドカンと激しく飛んだり撥ねたりしてる みたいなんですけど」
 大丈夫、今はそんなこと気にしなくていいのよ。そう言いたげな視線。 喉がからからに渇く。近づく、水分を含んだ唇。
はだけられたワイシャツの胸を、背後からなおも怪しく這いつづける両手。 うなじに吹きかかる熱い吐息が、たたでさえ風前の灯の理性を 吹き消していく。
 熱い。熱い。身体が火照る。欲しい。一刻も早くこの身体の熱を静める 冷水を体内に注ぎ込んで欲しい。
 ああ、もう、周囲のすべてがどうでもいい。真後ろで唸り声を上げながら 怪しいダンスを舞っているロッカーもどうでもいい。この真白い世界の中、 この白さに似合わぬ退廃と堕落のままに堕ちていくのもいいじゃないか …。
 目を閉じ、僅かに唇を開き、そこに触れられる官能へのトリガーを待つ ――。

 刹那、
「!」
 瞬間、すべての思考を奪われる弦。赤い唇から噴き出された透明な飛沫が 顔を直撃する。一気に覚醒する意識。と、やおら掴み上げられる弦の頭、 そのまま真正面へと引き倒される。
「うわ!」
 受身すら取れず、パイプ椅子ごと床に叩きつけられる弦の身体。その 後頭部を踏みつける三枝の足のヒール!
 白い室内の静粛な空気を引き裂き、三枝のヒステリックな哄笑が響き渡る。 脳天をヒールが抉ってくる苦痛に、悲鳴を上げる弦。
「ああーっ! 先生、せんせいーっ!」
「まあぁ、私の唇越しにお水が欲しかったのかい?  十年早いんだよこの マセ坊主がぁっ!
 どこから取り出したのか、三枝の手に掴まれている乗馬用の鞭。その 一撃が、弦のワイシャツの背中に容赦なく叩きつけられた。
「うっ、うわあーっ!」
 その間も、胸板から尻に移った三枝の両手が、休むことなく弦の臀部を 撫で上げる。
 バシッ、バシッと、幾度となく弦の背中に打ち込まれていく鞭。
「さぁお言い! お前は何、何なの!」
「あああーっ! わ、私は サカリのついたケダモノですーっ!
「そうよ! お前はケダモノだよ! ケダモノだよっ!」
「はいーっ! 世界で一番卑しいモノ、それは私でございますーっ!」
「まあ自分で自分を卑しいと認めるのかい? そんなお前には、お薬やお水 よりこっちがお似合いだねえ」と、弦の頭を踏みつけていたヒールを外し、 それを弦の目前に持ってくる。「さあ、靴をお舐め!」
「ははーっ! 舐めさせていただきますーっ! ぺろぺろぺろぺろ ぺんぺろろー」
「うふぅ、弦、お前はなんて、なんて引き締まった可愛い尻をしているんだ ーっ!」
「あぁあああーっ! そんな、尻を、尻を激しく揉みしだくなんてーっ !」
「なんだい? せっかくの私のかわいがりが嫌だってのかい? ビシバシ ビシーっ!」
「ああーっ! お尻を激しくいじってもらえて背中を鞭でいじめられて、 後ろではロッカーがグレイトかつソウルフルなダンスまで踊ってくれて 私は、私は幸せ者ですーっ!
「オラその口がうるさいんだよ! この靴の先っぽでも咥えな」
「むぐっ、むぐぐぅーっ!」
「あああこの尻がっ、この尻がーっ! 思わず頬擦りしてしまったーっ ! うおーっもう辛抱たまらーん!
 弦の口に靴のつま先が突っ込まれ、さらにズボンの尻がひん剥かれる。 まさにその瞬間――!
 ガラッ、
「三枝せんせーっ、2年A組の保険委員の斬馬ですけどー、クラスの山田 くんが拾ったモノ食べておなか壊しちゃって――」

 と、
 あまりに、あまりにジャストミートちょうど肉。
 あまりにクリーンヒットきれいな命中。
 物凄いまでに良すぎるタイミングで保健室のドアを開けたすばるの 目前にて、室内で暴れまわっていたロッカーがガタン、と倒れた。その 開いたロッカーから、ぐわーっ! と姿を現す、後ろ手に全身をきつく 荒縄で縛られ、さるぐつわまで施された三枝。
 そしてその三枝に、前からは鞭とヒールで、後ろからは尻を襲われ かけているという自分の兄の、跪き生尻まで剥き出しにしたショッキングな 姿――。

うわ〜〜〜ん! お兄ちゃんが、お兄ちゃんが変態だった〜〜〜っ!

「ま、待てすばる! これはだな!」
「いやんいやん言い訳なんか聞きたくない〜〜〜っ! お兄ちゃんが、 お兄ちゃんがそんなものすごーい 変態性癖の持ち主だったなんて〜〜〜っ!」
「イヤたしかにちょっとだけ未知の快感に溺れそうになったがあわわ!」
「不潔よ〜〜〜っ! 通報してやる〜〜〜っ! 変態が、変態がぁ〜〜〜っ!」
「わあっ! だから、落ち着けすばる!」
「あんまりよ〜〜〜っ! だいたい…」と、弦と同じく室内にいる三枝を "ひとり残らず"指差す。「三枝先生も 三人に分裂増殖して、変態プレイに 参加だなんて〜〜〜っ!
「え――?」
 言われ、改めて、保険室内を見回す弦。
自分の真正面には、鞭を手にした三枝(女王様)が、後ではなお生尻に 触ろうと手を伸ばしている三枝(尻専門)が。そして、倒れたロッカーから は全身をぎちぎちに縛られ、さるぐつわも噛まされている三枝(緊縛)の …三人。
「………」
「………」
 顔を見合わせる、弦と、その弦を激しく責めていた三枝(女王様)と三枝 (尻専門)。
「うーうー…ぶちぃぃぃっ! えーいあなたたち兄妹は、馬鹿かーーーっ!」
 たまりかね、その口を塞いでいたさるぐつわを怒りのあまり自ら噛み 千切り、自由になった口で三枝(緊縛)が叫ぶ。
「わああっ! 三枝(緊縛)先生が怒ったーーーっ!」
「誰が(緊縛)だっ! 大体"保健室に私が二人もいて"、何で君は 気付かないのっ!?」
「………」
 本気で気付かなかった、とは流石に口に出来ず、返答に詰まる弦。 (別に最初から保健室に先生と生徒二人きりだったなんて、わしゃひと言も 書いとらんもんね)

「チィッ、バレちゃあ仕方ねぇ!」
「くっ、あと今一歩のところで気付かれるとは!」
 三枝(女王様)と三枝(尻専門)がそれぞれ唸る。その憎々しげな声に 驚くすばる。
「ええっ! 三枝先生が分裂増殖してたんじゃないのぉっ(びっくり)!」
「私はアメーバですか!」
「くっ、くそっ! あやうくスーパーダブルオンで新しい世界に旅立っちまう ところだったぜ! リンクアップして責めてきやがって何モンだ手前らっ !? 正体現しやがれこの野郎!」
 とにもかくにも弦がツっ込む。
 ふはははは、と笑いながら、ルパン三世でお馴染みの変装ゴムマスクを 顔面から剥ぎ取る三枝(女王様)と三枝(尻専門)。その変装の下の正体は、 なんと月島蘭子と優だ!
「もうちょっとで弦くんの身も心も、完全に私の奴隷にできた物を!」
「ああっ、もうちょっとで弦の生尻がっ、生尻がっ!」泣いて悔しがる優。 「このゲロ女がもう許さん! ガイオーマッッッ!!」
 優のコール一声、自転車置き場から飛来し、保健室の壁をぶち破ってくる ガイオーマ。
「わああっ!」
「このドクソ女が! こーなったらお前なんか踏み潰して、ついでに弦も このまま誰も知らない世界へ連れ去ってくれる!」
「だぁぁ勝手なこと抜かすな!」
 ガイオーマに乗り込む優に対し、心底イヤげに唸る弦。
「弦くん、こうなったらザンサイバーで奴を叩きのめすのよ!」
「手前ェは手前ェで偉そうに指図してんじゃねえっ!」
 蘭子の言葉に怒鳴り返す弦。蘭子、ふーん、とちょっとだけ微笑み、 閉じられている、ベッドに続く白いカーテンを引いた。しっかりと三脚に セットされているビデオカメラがそこにあったりする。
「さっきの画像…ネットで流したらきっと大評判ね…」
「ハイ頑張ってあのホモ野郎をブチのめすです。優、待ってやがれこの 野郎! 今すぐ叩き潰してやる!」
 ザンサイバーの物語本編どおりの、頭の悪い恫喝の叫びを立ちはだかる ガイオーマに叩きつける。そしてなんの前フリもなく、変形していく 十字檻学園の校舎。校舎の地下に通じる発進サイロが露になり、出撃する 青い巨大ロボ、ザンサイバー。
 校庭にて対峙する二体の巨神!
「こーなったらメカ戦だーっ! ザンサイバーの物語本編どおりに、 ギタギタのグシャグシャにバイオレンス路線で潰してやるぜこの野郎!」
「臨むところだ! もし僕が勝ったら、お前を 僕の愛の炎で激しく 包み込んでやる!
 まさに、一撃必殺の激しいバトルが開始されんとするその寸前――、

やめなさーーーいっっっ!!

 その怒鳴り声に、一瞬凍りつく弦と優。
 ザンサイバーとガイオーマ、2体のマシンの足元でぷんすかと怒っている イオナ校長。
「斬馬くんっ、柾くんっ、二人ともケンカなんかしちゃいけません!」
「げっ、校長先生!」
「やばい、反省文が原稿用紙50枚に増えてしまう!」
 縮み上がる二人。
「大体…こんなところでケンカしたら校舎が壊れちゃうでしょう! どうせ 勝負をつけたいなら、学生らしくスポーツ爽やか青春真っ只中、 野球で 決着をつけなさい!


「そういうわけで、どちらかがピッチャーかバッターに分かれて三球勝負に します。マウンドは甲子園球場で、ホームベースは福岡ドーム。三球三振 あるいは一球でもアウトにできたらピッチャーの勝ち。逆に一発でも 打ったらバッターの勝ち」
「あの…それはいいんですけど」
「俺たち、コレに乗ったまま野球するんですか…?」
 イオナ校長のルール説明に、二体の巨体に乗ったままなんとなく戦慄を 覚えている二人。
「当たり前です! それに乗ってケンカを始めたんなら、それで勝負を つけてみなさい」ザンサイバーとガイオーマに向かい、厳しくも言い放つ。 「バッターは打ったらきちんとダイヤモンドを回ってホームベースを目指す こと。なお、各塁のベースは…」
 と、イオナ校長が塁位置を説明する。

 一塁=東京ドーム
 二塁=札幌ドーム
 三塁=鳥屋野(とやの)球場

「どこなんだよ鳥屋野球場って…?」
「まあっ、新潟県の高校球児は、そこで地区予選を勝ち抜き甲子園を目指す のよ! 言わば新潟の球児にとって 野球の聖地。その聖地の名を馬鹿にする なんて、同じ高校生としてあなたたち恥かしくないの!?」(2003年、 高校野球地区予選新潟大会の決勝は長岡市悠久山球場で行われます)
「だいたいぜんぜん塁位置とかダイヤモンドになってないし…」
「ただの海岸線沿い日本一周じゃないですか…」
「そもそもどうして野球なんですか…?」
「あーもう! いいですか」腰に手を当てて力説するイオナ校長。「大地の 字を"野"と書くならば、まさに 地球とは野球そのもの。つまり"野球のルール は地球のルール" なんです。地球のルールの上で決着がつくんなら、これほど 公平な勝負はないでしょう!」
「うーん…」
「だがしかし…」
「ほら、さっさとジャンケンでどっちが投げるほうでどっちが打つほうか 決めなさい!」


 とにかく勝負のときは来た。2003年7月現在、優勝に向かって虎フィーバー 真っ盛りの甲子園球場をマウンドとして降り立った白い巨人ガイオーマは、 地元の阪神タイガースファンにすれば邪魔っ気な物体そのものでしかなく 激しくブーイングを受けていた。
 一方福岡ドーム、こちらも2003年7月上旬現在、ギリギリのところで リーグ首位の位置にある福岡ダイエーホークスファンにとって、ただでさえ ピリピリしている空気に球場の真横でバットを構えるザンサイバーの巨体 は、決して歓迎される物ではなかった(何しろ数年前、かの水島新司先生も ギャグとして描いていた阪神対ダイエーの日本シリーズが実現するか どうかという瀬戸際なのだ)。
「ともかくこのままでは地元の野球ファンに多大な迷惑をかけてしまう。 三球どころか、一球で勝負をつけるぞ弦」
「へん、こっちを打たせて取ろうってのかよ。上等だ、ぜってー取れねー 大ホームランかましてやるぜ」
 福岡ドームの真横にて、東の空に向かってバットの先端を向ける ザンサイバー。予告ホームランだ。
「ふん…では」
「行くぜ!」
 構える二体。ザンサイバーとガイオーマ、それぞれの目が燃えていた。 背後を舞う不死鳥と百獣の王。
 ザッ…、ガイオーマの片足が高々と宙に上げられる。その際、足についた マウンドの土がボールに塗せられる。
「受けて見ろ! 日本アルプスの山中にて生み出した我が必殺魔球、超音速 消滅ボール!」
ガイオーマの手から大きなモーションを取って放たれるボール!
 マウンドの土を塗され、更に地面すれすれを超音速で駆け抜けるボールは、 そのスピードと高速回転自体が巻き起こす土煙とあいまって、まさに地面に 溶け込みその姿を覆い隠す――これぞ消える魔球!
「甘いぜ優! 消える魔球、敗れたり!」
 弦の言うとおり無敵と思われた消える魔球にも弱点があった! 音速を 突破するスピードで放たれたボールはその軌道に衝撃波を巻き起こし、岡山 では100件以上の団子屋を壊滅させ、広島では厳島神社を宮島ごと津波で水没 させ、九州に上陸してからは行橋、直方、飯塚に八木山峠と衝撃波による 破壊痕を刻むと…その飛行軌道が丸見えとなっていたのだ!
 そして、福岡――!
「見えた、音速突破の消える魔球!」福岡空港の滑走路が断絶された瞬間、 ザンサイバーがバットを揮う――!「喝!!

 グワラゴワガキーーーンッ!

 何者とも形容し難い打撃音とともに、福岡ドームの屋根が吹き飛ばされる と同時、打ち破られる必殺魔球、超音速消滅ボール!
「ばっ…馬鹿な!?」
 唸る優。そうこう言ってる間にも、すでに兵庫県上空を越え、東の空へと 消えていく打球――。
「くそっ! でも取ればアウトだ!」
 不屈の投手魂! ガイオーマがその背の銀翼を大きく広げた。打球を追い、 飛翔するガイオーマ! その際巻き起こった強風により甲子園球場にシャレ にならない被害を与えたようだがそんなことはこの際気にしない。
 既に日本上空を抜け、大気圏突破速度に乗ったボールを追い、今、 ガイオーマ宇宙へ…。


 一方、もちろんザンサイバーもルールに従ってダイヤモンドを一周 するべく福岡から駆け出していた。とりあえず一塁の東京ドームへ向かう 途中、香川県琴平市でうどんを食べていた。


 遂に宇宙へと飛び出したボールは、既に光速の域まで達しようとしていた。 真空中の光速度は秒速にして299,766キロメートル。太陽系など5日 足らずで脱出してしまう。太陽系を越えたボールを追い、ガイオーマもまた 宇宙の果てへと進む。どこまでも、どこまでも…。


 ザンサイバーはついに一塁、東京ドームを蹴った。その際、巻き添え 食らって後楽園ゆうえんちのヒーローショーに訪れていたミーハー若奥さん やハタチ過ぎた野郎の集団とかが踏み潰されたが、別にこんな奴等のことは どうでもよかった。


 光となってボールは宇宙を進む。どこまでも、どこまでも。


 とりあえず仙台に辿り付いたザンサイバーは、多賀城跡で記念写真を 撮った。


 ガイオーマもまた、光となってボールを追う。


 ついに二塁、札幌ドームを踏んだ。その際狸林の古書店巡りをしていた 大槻ケンヂ兄貴にサインをもらった。


 地球を遠く離れること200クウァドリリオン(2×10の17乗)マイルの 彼方、ボールは、ついに我々の銀河の中心に達しようとしていた…。
 光を、時間をも超えて加速し続けたボールは、ついにガイオーマのグローブ に収まるときが来た。無限の彼方にあった、遥かに続く花園…そこに ボールが撥ねてしまったのである。
「くそっ、ワンバウンドか!」
 加速が落ちたボールを取る。こうなった以上、地球に一刻も早く戻り、 ザンサイバーにタッチするしかない。
「タッチ…タッチ…弦に直にべったり触りまくることができる…」
 無限の花園の花すべてを吹き飛ばす勢いにて再び飛び立つガイオーマ。 ここまでボールを追ってきた以上の加速度で、頭でっかちな相対性理論の 常識すら超え、光を、時間を追い越して地球へと突き進んでいく…!


 ついにザンサイバーは三塁を蹴った。
 せっかくなので新潟からちょっと寄り道して、アニメ「おねがい ティーチャー」の舞台、長野県木崎湖にロケ地ツアーに行った。その際 白馬から大町市へ向かう湖畔の国道148号線にてバイクで転倒してしまい、 幸い本人に怪我はなかったもののお気に入りの黒の上着がビリビリに 破れてしまったため、恥かしくてバス亭の空き缶入れにこっそり捨てた ことは内緒だった。


 光を、時間を超えた、長い長い旅路の果て――ついにガイオーマは地球を 目前とした。
 だが、自分が銀河の中心までボールを追っていただけの"僅かな時間"の間、 時間の拡大現象は地球にて数十万年の時間を経過させている…。
 ボールの速度が光となった時点で、すでに敗北は決定していたのだ。自嘲の 笑みを浮かべる優。
 その時、優は信じられない物を見た。もはや大陸の形すら変わってしまった 地球。その地球上に、一斉に灯る大都市のネオンの光。描かれる… 「球けがれなく道けわし」の文字…。
 遥かなボールを追い、宇宙の彼方へと消えていったガイオーマの伝説は 時代を超えて人々の胸に感動の渦を巻き起こし、いつしか伝説は受け継がれ、 地球の人々は"野球"という二文字を持ってひとつに結ばれた。国家間の諍い は消え、自国の利権しか考えてない指導者や経済政策に失敗しても印象の よさだけで支持率を稼いでいたような指導者は姿を消し、子供たちの手には バットとボールが笑顔を運ぶ、美しき平和の理想郷となっていたのだ。
 そして遥か数十万年未来の人々は、地球に、真の平和と銀河野球伝説を もたらして くれたガイオーマをずっと待ち続けていてくれたのである。それは荘厳に して無限、永き、永き時を越えた、果てない感動を呼ぶ伝説の帰還であった…。


 とりあえず富山でイカメシを食べ、ザンサイバーは九州へと走る。あとは ホームベース、福岡ドームを踏むだけだ! 石川、福井、兵庫、鳥取と 沿岸地域の住民の方々が目を丸くする中、走る! 走る!


 数十万年未来の人々にとにかく事情を説明し、優はタイムマシンを作って もらった。部屋の勉強机の引出しから中に飛び込めば、そこはすべての 時間流を行き来できる超空間だ。タイムマシンに乗り、今、すべての決着を つけるべくガイオーマは向かう。遥か数十万年前の過去、ザンサイバーと 弦が待つ時代へ…。


 ついにザンサイバーは九州へと戻った! ホームベース、福岡ドームは もうすぐそこだ。
「へっ、走ってくるまでもなくホームランだったぜ」
 撥ねる気分でスキップ踏んで、悠々と福岡ドームを蹴ろうとする ザンサイバー。と、
ずどどどどぉぉぉん…っ!! 突如、福岡上空の空が超空間との干渉で 歪んだ。ついに、数十万年の時を越え、ボールを手に帰還してくる ガイオーマ…!

弦ーーーっ! 逢いたかったよほほほぉぉぉ〜〜〜っっ!!

 ボールを手に、ドタドタとザンサイバーへと駆けるガイオーマ。そして、 コクピットハッチ上に立つ優は 全裸だった。ターミネーターの常識どおり、 時空を超えるものは服なんか着ててはいけないのだ。
「ぎゃああっ! くっ、来るなぁぁぁっ!」
 全裸で嬉しそうに迫ってくる優を前に、逃げ出す弦。
「弦っ! 君に会うために遥かな時空をも越えてきたよほほほぉぉぉ 〜〜〜っ! 今こそ、今こそ僕と愛の世界へぇぇっっ!」
「ひぃぃっ、プロペラみたいにブンブン回転させるなぁっ!」
 福岡ドーム目前にて、バタバタと逃げ回るザンサイバー。だがその時、
「きゃあアクセルとブレーキ間違っちゃったぁっ! ということで 二輪フライングボディーアタック!
「ぶっ!」
 わざとらしくバイクで跳んできた蘭子が、ガイオーマの胸上の優を バイクでぶっ飛ばした。
「ごめんねー事故なのよ事故。避けるべくもなく起きた突発的な悲劇だった のよー。そーゆー訳で弦くん、今よ!」
「よ、よっしゃ!」
 駆け出すザンサイバー。すべての決着をつけるために!

 イオナ校長と藤岡教諭が固唾を飲んで見守る。

 すばるが声も裂けんとばかり声援を送る。

 蘭子は保健室での変態プレイ映像を編集している。

 三枝教諭はまだ縛られている。

 すばるのクラスメイトの山田くんは腹を壊している。

 すべての、すべての人たちの思いを背中に受けて、高々と ジャンプするザンサイバー。
 今、
 今こそ、
 この、果て無き球宴に決着が着く――、

 ずざざざざざぁーーーっ! ぐわらっしゃぁん!!

 激しいまでのスライディング。その一撃が既に天蓋ドーム部分を失って いた福岡ドームを完全崩壊させ、ザンサイバーの足はついにホームベースを 蹴った。
 ザンサイバー、勝利である…!
「――よっしゃあああああっ!! やったぜぇぇぇっ!!」
 勝利の叫びを上げる弦。
 わーい、これで世界は私の物よー、と蘭子も喜んだ。
「ふっ…弦、見事だったよ」福岡の街に落ちる夕陽の中、ボールを手にした ガイオーマが、ザンサイバーの肩を叩く。「まさか、あんな必要もない ところでスライディングでホームベースに飛び込むとはな」
「へっ、優、お前のファインプレーもなかなかだったぜ」
 と、

「ゲームセット!」イオナ校長が高々と宣言する。「この勝負… 柾 優君の勝ち!

「は?」
 そのイオナ校長の宣言に、唖然となる一同。
「ちょ、ちょっと待てや校長! そりゃいったいどーゆーことだっ!?」
「だって斬馬くん、三塁蹴ってないでしょ」
「さげるな! 俺は確かに新潟を…」
「君が踏んだのは、鳥屋野球場じゃないわ」弦の抗議に、さらりと応じる。 「君が踏んだのは、2002年サッカーワールドカップ、国内第一試合が 行われた、新潟スタジアムビッグスワン よ」
「………」
「………」
 言葉を失う一同。
 ぽん、と、また優(全裸)が弦の肩を叩いた。
 夕陽の中、優(全裸)は、落ち行く日の光に映えるような満面の笑顔を 浮かべていた。


「ねえ、弦…僕のこと、好きかい?」
「決まっているじゃないか。聞くなよ、そんな判りきったこと」
「信じて…いいのかい?」
「そうとも、俺は決してお前を嫌いになったりしないだろうし、お前は そんなこと不安に思わなくていい。――忘れてないよな? 俺と、初めて 出会った日のこと。出会いは偶然なんてシチュエーション、安っぽいと いえば安っぽい。だけど物事の始まりなんて、そんな安っぽい偶然から 始まるような物だと思うから。その、始まりのときから、お前はずっと 俺のことを想っててくれた。俺は、お前が俺を想い続けてくれた時間を、 無駄にしたりはしない」
「弦…」
「お前が、こうして俺と二人になれるまで使った時間、ずっとひとりでいた 時間の分まで、その何倍もの時間、きっと、きっとお前と二人でいるから。 そう、俺は、お前を――」
「嬉しいよ…弦」

 どこにでもいる、愛を語る二人は、ただ肩を寄り添った。

(完)



「――って、私の出番がまるでないじゃないの! 一応本編のメイン ヒロインのひとりなのに!!」
 今回ホントにまったく出番のなかった叶 遮那は唸った。キャラクターの 性格上、話に絡ませにくかったので出番をまるまるカットされたのだ。
「フンまあいいわ。こんなヨタ話な番外編、出たって嬉しくなんかないもの」 開き直る遮那。「そうよ――次の番外編は私が主役よ!」

「すみませーん…我々も出番なかったんですが」
「一応本編のメインキャラなのに…」

 ボーン、そして黒鬼はいじけていた。


予告編


 立ち塞がる、1万の破導獣軍団!

弦「え? 1万人の募集に3万5千人の応募? そりゃ狭き門だったんです ねえ…
変身ベルトとかも巻いたんですか? うわそんなにも当選した子供出演者の マナー最悪だったんですか!?」


 循環する時間! 無限の陥穽!

遮那「私は五日間毎日、このコンビニでワールドタンクミュージアム第4弾を 買ってたのよ!
なのに毎日出て来るのが単色迷彩の60式自走無反動砲ってどういうことよ!」


 間者潜入! 真実は何処!?

昴「あ…兄貴が二人!」

弦A「那由子ちゃん、俺は命がけで君のことを守るよ! 俺は、俺は君の こと――」
弦B「ひひ…手前ェら全員、地獄へ叩っ込んでやるぜ…ぎゃははははっ!」

昴「わーん、どっちが本物かわかんないよ〜〜〜(泣)」
藤岡「こうなったら私のパンチを受けて、立ち上がる根性のあるほうが本物 だ!」


 そして、斬馬 弦…死す!

昴「兄貴ぃぃぃっ!」
弦「泣くな、昴…俺がいなくなる前に教えるが…
実は俺には、お前のほかに 11人の妹がいるんだっ…!」


  地獄から黄泉がえる、魔人斑三兄弟の白い牙!

天一郎「きーっこのスカポンタン! 地二郎、人三郎、お前達やーって おしまい!」
地二郎・人三郎「あーらほーらさっさー!」


 邪悪なる妖花! 百合の花堕つる妖艶なる責め苦…!

三枝「うふふ…ぬるぬるになっちゃいなさい」
遮那「やっ、やめて…なめたけのビンの中身を顔にぶちまけるのはやめてぇ…」


 荒れ狂う野獣!

遮那「わーっ! 山田さんちの飼い犬のゴン太郎が〜〜〜っ!」


 待ち受ける試練!

ボーン「田中さんちの玄関チャイムを押して、速攻で捕まらないように 逃げてみたまえ!
無事逃げ切ったらこの50円の大型サイズ怪獣消しゴムをあげよう!」


 太陽輝く南洋の孤島! 謀略、争奪、大冒険!

遮那「簡単には渡せないわ…封印されし幻の『ジャングル黒べえ』の フィルム!」


 今、託される運命! 復活する伝説の大威力!

遮那「これが、アトランティスとムーを滅ぼしたとされる
三王神器のひとつ…スーパー仁くん人形?」
黒鬼「この三つの神器が揃ったとき、破導獣と波動銀凰はひとつになり、
銀河創生伝説に伝わる世界の終わりの救世主、ガイオーザンサイバーは誕生 するのだ!」


 そして…、
 時空を越えた、遥かなる旅立ち…!

遮那「この時の流れの果てに、私の求める答えがあるのなら――
私はただ、それを見てみたいだけよ…」
謎の怪生物「それじゃあお姉さん、今回はルーズソックスのはじめてを 調べてみよう。
せーのぉ『くるくるばびんちょぱぺっぴぽ、 ひやひやどきんちょの、もーぐたんっ!』


 監督ジョナサン・フレイクス(絶対やだ)!
 総シナリオ枚数、「鉄鼠の檻」よりブ厚い(予定)!
 構想3秒! 制作期間まったく未定!
 受けてみるか? 壮大なるスケールで描かれる
男塾名物新世紀救世主伝説!

 劇場版「破導獣ザンサイバー Messiah is the end of World」!!

 近日公開しません!!
 乞うご期待しないでください!!

遮那「お前はすでに、男塾塾長である!」


(えーと、予告編の話はまず書かないのでヨロシク)


目次へ