Destruction7―「魔境機変」
目次へ
○風俗店二階、トキさんの部屋
トキさん「ふう――、いい鋏捌きだね」
女 「んー、昔はコレ目指して修行してた頃もあったからねー。挫折
しちゃったんだけどさ」
首から下に風呂敷をかけ、散髪してもらっているトキさん。鋏を握る
従業員の女は、例の、指導者イオナに似た女である。女、楽しげに鋏を
揮っている。
トキさん「ああ…気持ちよくなってきた。少し、寝かせてもらってもいい
かな?」
女 「…ねえ、トキさん」
トキさん「うん?」
女 「聞いたんだけどさ…ここ出てって、前の仕事に戻るって、本当?」
トキさん「まあね…」ひと呼吸置き、応じる「そろそろ、傍観者はやめに
しようと思ってね」
○密林
弦 「うおおおっ!」
絶叫しつつ、手にした小銃を乱射しながら密林を駆け抜ける、迷彩服の
ズボンに黒のタンクトップという戦闘スタイルの弦。
固まってこちらに銃撃を仕掛けてきていた、三名の敵兵に突撃。一番前に
立っていた敵の胸板を蹴り、躊躇なくその顔面に銃撃を喰らわせる。
さらに、両翼にいる残り二人の敵兵の、左側のほうの首に渾身の左肘を
叩き込む。その一撃で、首から上を飛ばされる左側の兵。残った右側の兵、
恐れることなく銃撃を仕掛ける。反射的な動作で倒した敵兵の屍を
楯にする弦。そのまま、敵の屍を質量武器代わりに右側の兵に叩きつける。
その兵の持つ銃口が、一瞬天を向いた隙を見逃さず、必殺の右拳をその兵の
胸板に叩き込んだ。胸板に風穴を穿たれ、“機能停止”し、中の“機械構造”
を破壊されて倒れる敵兵。
弦、念のためとばかり、倒したばかりの敵兵の顔面に銃弾を撃ちこむ。
弾丸の乱射を受け、ボロボロにその顔面の皮を崩され、中の“機械構造”を
ぐしゃぐしゃにされる敵兵の“残骸”。
弦 「ぶっ殺すに遠慮がいらねえのはいいとしてよ、気味が悪いぜ」
ちっ、舌打ちする弦。そして、付近の茂みから姿を現す遮那。弦同様、
迷彩服や装備一式に身を包んだ戦闘スタイル。そして、弦がたった今倒した
三体の機械兵の残骸を複雑な表情で見つめる。そんな感傷もつかの間、すぐに
踵を返し歩き始める。
遮 那「行きましょう。目的地まではもう近いわ」
その背中に、無言で、ふん、と鼻を鳴らす弦。
○サブタイトル
「Destruction 7 ― 魔境機変」
○公海上某海域、ICON本部、人工機械要塞島<
画面テロップ「20時間前」。
深い霧に包まれた洋上に浮かぶ、全景10キロに渡る、人工機械要塞島の
威容。こここそ指導者イオナの居留する、ICONの総本部である。
★
要塞島内通路。カツン、カツン…、軍靴の音を響かせ、通路をひとり行く、
黒い戦闘服に白い鬼面の傭兵、黒鬼。その通路の反対側から、ひとりの
無表情な兵士が歩いてくる。互いに会釈ひとつ交わすことなくすれ違う
黒鬼と兵士。
刹那、その兵士の首が、断末魔の悲鳴ひとつあげることなく飛んで通路に
転がる。いつの間に抜き払ったのか、刃渡り30センチはあろうかという
大振りなナイフを振り下ろした姿勢でいる黒鬼。
たった今、自らが息の根を止めた兵士の屍を見もしない黒鬼。その、
兵士の首の断面からは、寸断された機械の骨格と、飛び散った僅かな
機械部品が覗いている。
★
黒 鬼「ICONの兵の7割は既に機械兵にとって代わられている」
指導者イオナの執務室。広大な窓に囲まれ、光が入る部屋の、僅かに
陰となっている部分にて腕を組み立っている黒鬼。その先には、黙して
黒鬼の報告を聞く、美貌のICON総裁、指導者イオナがいる。
黒 鬼「機械兵の配備を率先して実行したサイレント・ボーンストリングめが。
もはや彼奴独自の掌握戦力は、既にICONの7割に達したという
単純計算だ。その上ガイオーマまでも今現在奴の手中にあるとあっては――」
イオナ「ボーン、確かに少々勝手を許しすぎました」淡々と、応じるイオナ。
「我等がICONの目的を、世界を制することにでもすり替えるつもり
なのか」
黒 鬼「ザンサイバーを――ブラック・スフィアを破壊する。そのために
ICONはある」
頷くイオナ。
イオナ「ブラック・スフィアある限り、この星の生命は遠からず滅亡の日を
迎える…それを防ぎ、人を守るためのICONだというのに」
黒 鬼「西皇浄三郎、奴の亡霊がザンサイバーを動かし、それはサイレント・
ボーンストリングにガイオーマを復活させる口実を与えてしまった」
イオナ「ザンサイバーとガイオーマの激突…。滅びが、加速することを
見逃すわけにはならない…黒鬼、いまひとつ使命を果たしては
くれまいか」
黒 鬼「指導者イオナの命とあれば」
イオナ「では…まずはウェスラギア共和国に飛んでもらえますか」
黒 鬼「彼奴めの機械兵生産の拠点か。よかろう。――指導者イオナ、俺からも
願いがある」
イオナ「申しなさい」
黒 鬼「ウェスラギアに行くというなら、
“進化の刻印”――斬馬 昴を貸して
いただきたい」
イオナ「斬馬 昴さんを…まさか」
黒 鬼「ウェスラギア基地にはサイレント・ボーンストリングめに隠匿された
実験機――黒竜が眠っている。奴にガイオーマとアレを両手に持たせたまま
にはできん」
イオナ「しかし黒鬼、これ以上彼女を事態に巻き込むのは…」
黒 鬼「反対ではあるだろうが、ザンサイバーとガイオーマ、あの二機に
対する抑止力は、絶対に必要となってくる。…あの二機が、果てしなく
戦いあう限りな」
ふと、窓の外に目を向ける黒鬼。
その視線の先、ひとつの塔がある。塔の頂上、広さ15メートル四方と
いった、ガラス張りの空中庭園。そこに設けられた花壇の一角、花の傍に
佇み、霧に閉ざされたガラスの向こうの空を見つめている昴。
○小笠原諸島。達磨島研究所“十字の檻(クロスケイジ)”
画面テロップ「12時間前」
中央施設、司令室。スクリーンに映し出されている東アジア周辺地図と、
赤線で囲まれている一国。
藤 岡「ウェスラギア共和国。御覧のとおり、世界情勢に対して貢献もなければ
省みられることもない小国だ」
睨み付けるように、スクリーンを凝視する弦と、傍らに集まっている遮那、
そして三枝。
藤 岡「3年前まで、軍事政権の監視下にある言わば独裁国家だったが、
決して民衆に寛容な政権でもなくてな…武装した市民グループによる
一斉蜂起が勃発。一夜にして時の独裁者であった軍司令官は倒され、
国は民衆の手に渡ることとなった…」
弦 「へっ、感動的なお話どうも」やんややんや、乾いた拍手を打ち鳴らす
弦。「だがよ…その話が今の俺たちになんの関係が――」
藤 岡「その軍事政権を一夜にて打倒したクーデターに、一役買ったのが、
こいつらとしたらどうだ」
スクリーンの画像が切り替わる。かなり粒子の粗い画像。だが、
そこにはまごうことなき、戦車を片手でひっくり返す巨人の姿が見える。
巨大人型多肢兵器…、
弦 「ICONか!」
唸り、歯を剥く弦。
藤 岡「現在、ウェスラギアの指導者は民意で選ばれた人間、という
触れ込みだが…その陰でICONの姿がチョロチョロと覗いている。
実質的にウェスラギアはICONの勢力下にある国といっていい」
弦 「へっ、世界征服をたくらむ悪の軍団が、手始めに手に入れた国って訳
かよ。――まさか昴もここに?」
藤 岡「早まるな。ICONの本拠が不明な以上、彼女がどこに連れて行かれた
など判らん。我々ができることは、こうして手に入れられた情報を元に
ひとつでも敵拠点を叩き潰していくことだけだ」
弦 「ふざけんな! こうしてる間にも、昴がどんな目にあってンのか
判ったもんじゃねえってのによ!」
遮 那「指導者イオナは、昴さんに何の手も出しはしないわ。間違いなくね」
その、遮那の言葉に彼女を睨みつける弦。
藤 岡「斬馬 弦。妹を救いたいという気持ちがあるなら、まずはひとつでも
敵を叩き潰せ。戦い続けていけば、必ずその先に敵の本拠も、妹の姿も
見えてくる」
弦 「くそっ…、わあったよ、ひとっ走り行って、ザンサイバーでその
小っせえ国ごとケリつけてきてやらあ」
三 枝「待ちなさい。今回はザンサイバー抜きで行ってもらうわ」
さっさと格納庫に駆け出そうとする弦に、釘を刺す三枝
弦 「あぁン? んな悠長なコト言ってられっか!」
三 枝「認めるのは癪だけれど、ICONの技術力は我々のそれを先んじて
いる部分が多々ある。今回はまず潜入作戦を取り、出来れば敵の最深層
データファイルまでを奪取、その上で基地壊滅を図ってもらいたいの。
――ザンサイバーでいきなり殴りこんで、基地とデータを丸ごとパーにする
には、ICONの持つ情報は惜しいということ」
弦 「あのなぁ、藤岡のオッサンだって言ってただろうが! まずは
ひとつでも敵を叩き潰せってよ! ダラダラやってる暇なんか俺には
ねえんだよ!」
三 枝「ウェスラギアの基地に、昴さんが捕らえられているという可能性も
否定できる? それでもザンサイバーで訳も判らず叩き潰すのかしら」
ぐぐ、と口をつぐむしかない弦。
○ウェスラギア共和国、ICON基地付近、密林
弦 「――だからって、あんたと組んで行動しなきゃなんねえたぁな」
遮那と共に、密林の中を行軍しながらグチをこぼす弦。
遮 那「不満そうね」
弦 「当たり前だ。あんたは信用できねえ」弦、回想。前回、自分に銃を
向けてくる遮那。日本アルプス、自らの背中を叩く何者かの手。「いきなり後ろから
ズドンは御免なんでな」
遮 那「私を信用しないというなら、別にそれでいいわ」嫌味を意にも
介さない遮那。「だけど、今回の作戦には藤岡司令官も自ら参加される。
藤岡司令官が陽動を引き受けてくれている間、私は基地最深層データの
奪取を計る」
弦 「んで俺は、司令補様のボディーガードってかよ。安く見られた
もんだぜ」
遮 那「言っておくけど、任務の危険度なら私たちのほうが高いのよ。
君が着いていてくれれば心強いんだけれど」
弦 「…嫌味として受け取っておくぜ」
遮 那「誉め言葉よ。――来たわよ」
二人の進む先、森が開ける。そこは高台の上である。そして眼下に
広がる、密林を切り開いて築き上げられている、一見広大な工場といった
鉄筋の施設。滑走路、ヘリポートなども見える。
弦 「敵兵器の生産工場…」
遮 那「本命は地下の基地施設よ」腕時計を確認する遮那。「間に合った
わね…もうそろそろ藤岡司令官の攻撃が始まるわ」
○ICONウェスラギア基地
基地地下、広大なスケールの工廠ブロック。生産ラインに乗せられている、
人工肌を被されていないフレーム状態の機械兵、無数のコンベアに
その部品が列をなして流れていく。
一方、別の工廠区画の様。立ち並ぶ獣骸、餓空骸といった巨大人型
多肢兵器の群れ。組み上げられていく機体。その機体も最終工程上で
コクピットハッチが開かれ、そのコクピット内の空間に、パイロットが
収まるためのスペースでなく、何かしら円筒状のユニットが
納められている。
★
基地司令室。大型スクリーンに映し出されている、多肢兵器工廠の様子を
映した幾多の分割映像。その分割映像のひとつ、アップ。コクピット内に
収められている例の円筒状ユニット。そのユニットに刻まれている
[MADARA−SYSTEM2]のロゴ。
オペレーターA「計画に4%弱の遅れはありますが、生産工程はほぼ
順調です」
オペレーターB「獣骸へのシステム1の搭載率75%。餓空骸への
システム2の搭載率は45%」
ボーン「ずいぶん遅れているな」
オペレーターの報告に不服げに応じる、ボーンことICON幹部
サイレント・ボーンストリング。
オペレーターB「餓空骸はほぼ新規開発の機体となりますから。既存機の
コクピット換装で済む獣骸と違って、一から機体を生産することとなります
ので」
ボーン「計画の4%の遅れというのは?」
オペレーターA「本部からの資材提供が滞っています。機体生産に必要な
資材はこのウェスラギアの資源からいくらでも用意できるのですが、
機体稼働のネックとなるLMMSのリキッドメタル混在用ナノマシンが
…」
ボーン「なんともこれは…指導者イオナに計画を嫌われたか」
肩をすくめる仕草をしてみせるボーン。と、
BEEP! 室内に鳴り響く緊急警報。
ボーン「何事だ」
オペレーターC「基地内に爆発発生、同時に三カ所です」
ボーン「三カ所、だと」
オペレーターC「北部第3ヘリポート、第14地下資材搬入口、及び
南側第6ゲート。それぞれ小規模爆発と同時複数の侵入者を確認。
警備兵と銃撃戦を展開しつつ基地内を奔走中」
ボーン「その侵入者、すべて映せ」
ボーンの指示にて、正面の大型スクリーンにて30近く分割されていた
映像が三分割の画面に切り替えられる。
その画像に、ざわめく司令室。
ボーン「これはこれは…」
オペレーターA「ば、馬鹿な…!?」
オペレーターB「なぜあの男が…それにしてもこれは!?」
混乱状態に陥る司令室の中、ボーンだけがにやにやと三分割された
大型スクリーンを眺めている。
その、分割されたスクリーン“すべてに”映し出されている、部下を
率いて銃器を手に基地内を駆ける――藤岡司令官。
○基地内通路
何人もの兵が駆け抜ける慌ただしい雰囲気の中、小隊長とおぼしき兵が
小型無線機を手に指示を飛ばしている。
小隊長「そうだ、敵の目的はおそらく地下工廠だ。基地内の防衛線に優先して
地下工廠へ兵を集めろ、急げ」
無線のスイッチを切る小隊長。ふと、傍らにひとりの兵士が立っているのに
気付く。微動だにせず、無表情な視線を向ける兵士。
小隊長「貴様も地下へ…なんだ、“人形”か」その兵士の目、レンズの奥に
見えるカメラ配線から、その兵士が機械兵であることに気付く。「貴様など
前線で侵入者の相手でもしてろ…なに?」
一瞬、呆気にとられる小隊長。よく見ると、その機械兵の胸板から有らざる
物が突き出している。固く握りしめられた、頑丈そうな指…まごうことなき
人間の拳。
その、頑丈な拳がゆっくりと開き、人差し指と中指のみを立てた…
Vサインを作る。
弦 「あんた、人間だな」その、機能停止した機械兵の背後から、にやりと
笑いつつ顔を見せる弦。「この基地に入るまでこんな奴らの相手ばっかしてて
よ、やっと安心できたぜ」
自らが鉄拳一発で沈黙させた機械兵の左手を取り、挨拶とばかりその手を
振る。
小隊長「貴様――!」
手にした銃を振り上げかける小隊長。だがそれより、機械兵の残骸の尻を
蹴る弦の足の方が早かった。突発的に機械兵の、鉄の質量の直撃を真正面
から受け、通路の壁と機械兵のボディのサンドイッチとなって昏倒する
小隊長。
弦の後ろに立つ遮那、ふう、とひと息漏らす。
遮 那「できれば、目立つ真似は控えてほしいところなんだけど」
弦 「できるだけ穏便にやってやってるつもりだぜ」
機械兵の残骸と、昏倒した小隊長の身体を一緒くたに通路の隅に隠し、
軍服を剥ぎ取りつつ応じる弦。
一方、遮那、手にした小型端末の画面をチェックしている。映し出されて
いる基地内の通路図。
遮 那「急いで。ここからはどうあっても人目のあるところを行かなきゃ
ならない」
弦 「ずいぶんと用意のいいこったな」倒した兵から剥ぎ取った上着の
一着を遮那に投げつつ、弦、言う。「潜入口に、ご丁寧に人目に触れず目的地
まで行けるICON基地の歩き方マップかよ。そんなもんどっから手に入れた
んだ」
遮 那「この世に隠せない情報はないわ。人が、情報を管理している限りは
ね」
弦 「この基地のことを知ってる誰かさんが、わざわざこの基地のこと
教えてくれたって訳かよ」自ら奪った敵兵の上着を身に纏いつつ、はっ、と
天を仰ぐ弦。「案外…“十字の檻”の情報をいつも漏らしてるのもあんた
だったりしてな」
上着を羽織る、遮那の手が止まる。
弦 「日本アルプスに西皇市、前に昴が俺のニセモノに連れ去られたときと
いい、こっちの手の内はいつもICONにツツヌケだ。俺から見りゃ、一番
怪しい位置にいるのが叶司令補殿ってことよ」
遮 那「はっきり言うのね」
弦 「そのおかげで昴がマジで危険な目にあったのも1回や2回じゃねえ。
本当にあんただってんならタダで済ますつもりはねえぜ」
遮 那「ひと言だけ、言っておくわよ」弦の顔に自らの顔を近づけ、真っ向
から告げる。「私は君を殺すつもりはないし、死なせもしない。今回、
もし昴さんを助けるチャンスがあったら私の身に代えてでも助けるつもり。
それから、もし私が死ぬときは…たぶん、君のために死ぬときよ」
弦 「………」
遮那の、思わぬ言葉に、弦、戸惑い言葉をなくす。
ふと思い返す。西皇市、炎に包まれる地下の破導獣格納庫、自分と昴を
庇い、破片を腕に受けて怪我を負った遮那の姿。
遮 那「――行くわよ」
奪ったヘルメットを被り、通路を駆け出す遮那。舌打ちし、その遮那に
続いて駆け出す弦。
○基地内、格納庫付近エレベーター前
エレベーター扉前の移動灯、エレベーターが稼働中なのを指している。
そのエレベーターの扉を前に、10人ほどの兵が集まり、各々銃口を向けて
いる。
兵 A「侵入した敵の一団が、このエレベーターに乗ったのは確認されて
いる。扉が開いたら構わん、一斉に撃て」
隊長格の兵士が他の兵に指示を飛ばす。と、ブザー音を鳴らし、到着する
エレベーター。その扉が開く。中で、ひとり銃を構え、立ち尽くしている藤岡。
兵 A「殺れ!」
号令一閃、銃弾の嵐がエレベーター内の藤岡に殺到する。
5秒も斉射されたか、手を挙げ、銃撃を止める隊長格の兵A。エレベーター
内。全身に無数の銃弾を受け、なお立ち尽くしている藤岡。ばたん、と前に
倒れる。弾みでもげ落ち、転がる首。そこからは血の一滴も流れはしない。
兵 A「人形だと!?」
瞬間、その倒れた人形の首の断面から、猛烈な勢いで吹き出す白煙。
たちまち視界を塞がれ、混乱に陥る兵たち。
そして、開いたままのエレベーターの扉、そのエレベーター内の天井の陰
から一斉に躍り出る三つの影。
銃よりもそれぞれ拳を中心とした格闘術を揮ってくる。ことごとく打ち
倒されていくICON兵たち。
兵A、その三人の中に、藤岡の姿を認める。
兵 A「おっ…おのれぇ藤岡!」
手にした小銃の銃床を、藤岡の頭に向かって揮う。藤岡、かろうじて
かわすものの、そのあたまの“黒髪”を持っていかれる。その黒髪のカツラが
取れ、顕わになる荒れた髪型の亜麻色の髪。
兵 A「な…!?」
藤 岡「ちぃっ!」
舌打ちする藤岡。その、顔の変装用の皮を自ら剥ぐ。今度こそ言葉を
失う兵A。そこに立っているのは、浅黒く焼けた肌、凛とした顔立ちの、
まだ十代といった年端もいかぬ少女だったのだ。
藤岡――に変装していた少女、その兵の隙を見逃すことなく、ブーツから
抜いたナイフを兵の腹に突き刺す。
少 女「この国から…出ていけICON! ウェスラギアは、ウェスラギア
国民のものだ!」
○基地内、物資輸送用通路
トラックが行き交えるほどの広さの広々とした通路。その通路上で激しく
響く銃撃。
藤岡率いる、その本人を含むたった五人ほどの部隊が、立ち塞がるICON
兵たちを相手に銃撃戦を展開している。
そのICON兵達の前面に、ひとりの大柄な兵が立った。いい標的となり、
藤岡達の銃撃をその一身に受ける。だが、その銃弾の奔流をものともしない。
藤 岡「機械兵か――!?」
その兵の正体に気付き、驚嘆する藤岡。機械兵、銃撃に構わず前へと進み、
とうとうその手で藤岡の首を捉える。その指先に僅かな力が入り、僅か一瞬で
首の骨を折られ、絶命する藤岡。たちまち攻勢に出るICON兵からの銃撃に、
後退を余儀なくされる藤岡の部下達。
ICON兵のひとりが藤岡の死骸に近付き、やはり顔の変装用の皮を
剥ぐ。
顕わになる、やはり浅黒い肌の、絶命している青年兵。
ICON兵「ウェスラギア人、だと」
○基地内、動力セクション、空中通路上
眼下に基地内動力炉を臨む、簡単な手すりが左右に設けられているだけの、
幅1メートルといった空中通路。その空中通路から、人間、機械兵を問わず
次々と投げ落とされているICON兵たち。その空中通路上で暴れているのは、
なんと三人もの藤岡である。混乱し浮き足立っている人間兵に“藤岡たち”
からの銃撃が容赦なく撃ち込まれ、そして機械兵たちの腰下から素早く
潜り込み、次々と通路から投げ落としている先頭の藤岡。
先頭の藤岡「うおおおっ!」
その柔道技といった投げ技にて、自分の数倍以上の体重の機械兵を、
雄々しくも投げ落としていく藤岡。
後方の藤岡「藤岡大佐、伏せてください!」
“藤岡のひとり”が先頭の藤岡に指示を飛ばす。その藤岡の頭上を飛んで
いく、投じられた手榴弾。爆発、通路の先、壁際のキャットウォーク上から
銃撃を繰り返していた兵の一団が吹き飛ばされる。
そして、その先頭に立っていた以外の、藤岡たちがやはり変装を剥いだ。
素顔を見せる、まだ若い兵士たち。
若い兵士「やりましたね、大佐!」
藤 岡「今は軍属ではない。大佐はよしてくれ」
若い兵士「大佐のおかげです! これで我がウェスラギアは、ICONの
支配から解放される――」
興奮した様子の若い兵から顔を背ける。
藤 岡「よし、先を急ぐぞ。総員突撃準備」
○ウェスラギア基地、指令室
ボーン「三つの部隊に分かれているとはいえ、僅かな人数に、ICON
多肢兵器製造最大の拠点がここまで引っかき回されるとは…」
各セクションからの被害報告、戦闘状況の報告と混乱した雰囲気の指令室。
ひとり、どこかのんびりとしたペースで、他人事のように呟くボーン。
オペレーターA「藤岡本人が率いていると思われる部隊、セクションCから
セクションFへの移動を確認」戦慄した声で報告するオペレーター。「この
ままでは、地下の工廠セクションに入られるのも時間の問題です!」
ボーン「藤岡の狙いは、果たして多肢兵器と機械兵のプラントということか…?」
黒 鬼「本気で、そう思ってはおるまいな――」
いつの間にか、ボーンの背後に立ち尽くしている黒鬼。その唐突な登場に、
振り向きもせず眉ひとつ動かさないボーン。
黒 鬼「敵基地に潜入しての破壊工作。実に奴好みの作戦だ。だが…」
ボーン「藤岡は、決してただの単純な破壊工作のためだけでは動かない。
必ずこの襲撃には、破壊以外の目的がある、と?」
無言、腕を組み、応じない黒鬼。
ボーン「それならば、つまり藤岡の目的は――」
○基地内、中央データバンクセクション
弦と遮那の目的地である中央データ室。遮那、件の小型端末から延ばした
コードを扉の脇の小型パネルに差し込み、扉の開放作業の最中。小型端末が
扉のロックシステム相手に高速演算を繰り返し、端末のパネルに刻まれていく
扉開放のためのコードナンバー。
弦 「まだかよ…」
傍らに立ち、苛立ちを隠せない弦。行く手を閉ざす、鉄製の五層の扉。
その四枚まではすでに開け放たれている。ほとんど無視するようにその弦に
応じない遮那。
遮 那「おかしい…」どこか、訝む遮那。「…これは」
その手元の端末、ついに12桁のコードの最後のナンバーを刻む。ロックが
解除され、左右に開いていく扉。弦、軽く口笛を鳴らす。
弦 「さて、戴くもん戴いて、さっさとバックレちまいますかね――って
行きたいとこだったんだけどよ」
手にした銃を手に、唐突に振り返る弦。
ボーン「よい勘だ。それでこそ破導獣の飼い主、斬馬 弦」
その、弦の構えた銃口の先、ずらりと向けられている幾多のICON兵の
銃口。
遮 那「いつの間に…!」
弦 「へえ…あんた、いつぞやの指導者イオナ様の腰巾着の兄ィちゃん
じゃねえか」
ボーン「相変わらずの減らず口だが…その減らず口に見合った戦闘能力を
持っているのが君の怖いところだな、斬馬 弦」銃を構える兵士たちの後方で
、やれやれとばかり苦笑するボーン。「サイレント・ボーンストリング
という。親しい人間には特にボーンと呼ぶことを許しているが…君もそう
呼んでくれて構わないよ――おっと、動かないでくれたまえ。言っておくが、
兵たちの銃は君でなくそばの彼女に向けるよう指示してある」
踏み出し駆けた足を、舌打ちと共に戻す弦。
弦 「…ずいぶんとまあこっちに気付くのが早かったじゃねえか。こりゃ
またこちらの情報でも漏れちまったのかね?」
ちらり、と後方の遮那に一瞬視線を向ける。
ボーン「あれだけ派手に陽動を行いつつ、しかも肝心の藤岡の姿が見えない。
だとしたら本当の目的はおのずと絞られてくる」
黒 鬼「この基地で生産された多肢兵器や機械兵が狙いなら、ザンサイバーで
直接強襲すれば済むこと。だがそのザンサイバーが襲撃に加わらないと
すれば、真の狙いは基地の最深層データあたりということよ」
そのボーンの背後から、まさに影のごとく姿を現す黒鬼。
弦 「黒鬼…」
ボーン「では、まずは定石通りながら武器を捨ててもらおうか」
と、ボーンが言葉を言い終わらない刹那、横っ飛びに弦に飛び込み、突き
倒す遮那。
うお!? と弦が呻いたまさに次の瞬間、轟――! 突如、二人がつい
今まで進入寸前だったデータバンク室、その開放された扉の奥が爆発を
上げる!
ボーン「何!?」
突然吹き上がる炎に虚を突かれるボーン。だが、こうなると弦の反応も
早い。
視界を塞ぐ爆煙の中、うおおおっ! と叫びが聞こえると同時、何人かの
兵が倒される。
ボーン「くっ、追え!」
○通路
それぞれ銃を手に、並んで駆けている弦と遮那。後方から追いすがる兵たち
の銃撃が続くが、弦、ひゃはは、と笑いが止まらない。
弦 「ちったあ見直したぜ! 逃げるのにまさかあんな派手な手ェ使う
たぁよ」
遮 那「君と一緒にしないで。任務に支障をきたしたからと言って、やけっ
ぱちで目的のデータを吹っ飛ばしたりはしないの」
弦 「ナニ」
遮 那「あの扉のロックは、私たちが開ける直前に解放された形跡があった。
そして…扉が開いた中には、すでに爆発物がこれ見よがしに置かれていた。
わざわざデータ室の床の真ん中にね」
弦 「じゃあ、一体誰が…っと!」
後方からの激しい機銃掃射。滑り込むように床に伏せてかわす二人。遮那、
素早く身を起こしざま腰にぶら下げた手榴弾を抜き投じる。
爆発! 爆風を避けつつ、うひょ、と呻きすぐに駆け出す弦。
弦 「データ室吹っ飛ばしたの、本当にあんただったとしても納得するぜ」
その弦の横で、一緒に走っていた遮那がいきなり転倒する。
何事か、と立ち止まる弦。撃たれた脚を抱え、倒れている遮那。
遮 那「――行きなさい」一瞬、呆然となる弦に、決意を込めた表情で
告げる。「さっきも言ったとおり…私は君に死んでもらうわけには行かないの。
君にはどうあってもこの基地を脱出してもらう」
弦 「前々から思っていたが…あんた、やっぱり頭でっかちでやな女だ」
言うが早いか。すぐに遮那の身体を抱き上げて駆け出す。
遮 那「降ろしなさい! 歩けない人間を連れて逃げられるほどこの基地
は…」
弦 「あんたは俺と――
“元の斬馬 弦”と違って、死んで代わりがいる
って人間じゃねえだろうが!」
なおも後方からの銃撃も構わず駆ける弦。が、なお激しさを増してくる
銃撃。銃弾の一発が、肩を掠め肉を僅かに抉る。
と、突然通路の天井、50センチ四方といったエアダクトの格子戸が床に
落ちる。そこから、縦に持った重火器を手に飛び降りてくる――小柄な戦闘服
姿の第三者。
弦 「くっ…」
女の声「伏せて」
その戦闘服姿の女、両手で抱えた、自分の身長ほどもある重火器を
振り回して弦たちの後方に向ける。言われるままに、遮那を両手に抱えたまま
慌てて伏せる弦。
GAGAGA…! 小柄な身体に余るほどの重機関砲を、いとも扱って
みせる女。その銃撃の前に、追いすがる敵が続々と倒れ伏す。だが、その
銃撃を前に怯まず前に出てくる兵たちが数名いる。銃創に破れた肌から覗く
鋼の地色――機械兵だ。
男の声「斬馬 弦、無事だな」
突然、響く新たな声。思わず見上げる弦。その、思わぬ顔を前に驚愕する。
弦 「黒鬼――!」その、鋭い造形の白い鬼面を前に唸る。そして、「それ
にお前…」
蘭 子「これはどうも、とんだところをお邪魔します」
もうひとり思わぬ人間がそこにいる。なおも歩み寄ってくる機械兵に向けて
重火器を撃ち続けているのは、あの“傍観者”を名乗る男、トキさんの傍らに
いた少女、月島蘭子である。
弦 「月島! 何でお前がここに!?」
蘭 子「そうですね…愛する弦くんがぁ、他の女性と二人きりになっている
のが許せなかったのぉ☆ というところでどうでしょう?」
戦闘中の緊張を忘れたのほほんとした口調。思わず、顔を見合わせて
しまう弦と遮那。
弦 「ざけるな! だいたい手前ェ…」
黒 鬼「話は後だ、斬馬 弦」
僅かに頬を染めつつ立ち上がる弦の、怒りの声を無視して告げる黒鬼。
黒 鬼「お前たちの仕事は終わりだ。この女が藤岡たちのところまでまで
案内する。合流しろ」
弦 「な、何だと?」
女の声「ここから先ではまだ敵が集まっています。わざわざ飛び込むことは
ないでしょう」
二人の言葉に混乱する弦。蘭子、まだ敵を残しつつも、弾切れを起こした
重機関砲を捨てる。
蘭 子「ここは、こちらのこわーい叔父様に従ってもらえます?」言いつつ、
先に駆け出す蘭子。「私の方はもう仕事は済みましたので、後はお二人を
脱出経路に案内します」
弦 「こ、コラ!」
蘭 子「藤岡大佐…いえ司令官たちも、すでに陽動を終えて脱出準備に入って
ます。合流しますよ」
一度だけ、両手に抱えた遮那に視線を向ける弦。
弦 「くっ、くそっ」黒鬼を睨み付け、仕方なく続いて駆け出す。「何なんだ
あの女!?」
○基地内、地下多肢兵器工廠
広大なホール内に、ずらりと立ち並ぶ獣骸、餓空骸、獣骸怒といった巨大
多肢兵器の列。
工廠を横切る空中通路、その入口付近にて、既に合流した藤岡率いる
ウェスラギア解放部隊の一同、釘付けになっている。工廠を守るべく集まって
いたICON兵たちとの激しい銃撃戦。
だが、現状では数の圧倒的な差は覆せない。
藤 岡「まずいな…残り弾も心許ないか」物陰に隠れ、小銃の弾倉を交換
しつつ舌打ちする藤岡。「俺が突破口を開く。全員、続いて一気に――」
と、
弦 「うおおおおおおおっ!」
頭上からの叫び。壁面に面したキャットウォークより、天井から降りた
クレーンのフックに片手で飛びつき、ぶら下がって空中を滑空しつつ小銃を
撃ち放つ弦。
敵の頭上でフックから手を離し。そのまま空中通路上の敵の真ん中に
飛び込む。着地ざま敵の内部から銃撃を加える弦。
藤 岡「斬馬 弦、来たか」
言うが早いか、その好機を逃さず部隊を率いて敵陣へと駆け出す。
★
たちまち制圧されてしまっているICON兵たち。
藤 岡「手筈通り、ここから敵機を奪い、脱出する」立ち並んだ機体にそれぞれ
散開する部隊に、指示を飛ばす藤岡。「総員、各々飛行型の機体を選べ。
動力はコクピット内の非常起動装置で回るはずだ」
弦 「いよう、おっさん」
その、藤岡の元へやってくる弦。そこへ、
蘭 子「派手にやりましたね…」
感心したような口調で、脚を撃たれた遮那に肩を貸しつつ、その場に姿を
見せる蘭子。
藤岡、やっと合流してきた弦の前に立つ。
藤 岡「お前ら、無事脱出できたか」
弦 「無事、たあ言い難いけどよ…お望みのデータ、盗む前に吹っ飛ばされ
ちまった」
蘭 子「吹っ飛ばされたデータって、これのことですか?」戦闘服のポケット
から、小さなMOを取り出す蘭子。「藤岡司令官。基地の最深層データ、
無事奪取に成功しました」
弦 「お前…!?」
流石に、驚きを隠せない弦。
遮 那「囮になったのは、私たちの方のようね」冷ややかに告げる遮那。
「遅かれ早かれ、派手な陽動の真の目的が最深層データの奪取にあることは
読まれる。だから、データ奪取のグループも二組用意し、どちらかを敵の目に
触れさせて囮にする…」
蘭 子「弦くん、行く先々で敵をぶっ飛ばしてて、結局やることが派手だから
先に目に付いちゃったみたい」蘭子、しれっと告げる。「おかげで、私は
一足先にしっかりデータをもらえたんだけれど」
弦 「ざけやがって――おっさん、これもあんたが立てた作戦かよ!」
さすがに怒りを隠せず、藤岡に詰め寄る弦。と、
ボーンの声「なるほど藤岡、見事な手際と褒めておこうか!」
突如、工廠のホールに響き渡るボーンの声。身構える一同。
ボーンの声「だが、ここまで好き勝手してもらってただで帰ってもらう訳には
いかない。ここで決着をつけさせてもらうぞ」
藤 岡「サイレント…ボーンストリング」
その時、
少女兵「藤岡大佐!」ウェスラギア解放部隊の一員である、少女兵が自ら
とりついた機体から叫ぶ。「変です。どの機体の操縦席にも、なんだか
ドラム缶のような物が…!」
瞬間、まさに少女の目前で、その――[MADARA−SYSTEM1]と
ロゴの描かれたドラム缶型のユニットが起動した。WIIIN…、唸る電子音。
藤 岡「しまった」何かを悟った表情になる藤岡。「全員、機体から離れろ!」
まさにその時、ホールに並んだ無人のはずの多肢兵器群の目に、一斉に
明かりが点る。慌てて機体から離れていく解放部隊の面々。GIGIGI…、
ゆっくりとした動作で動き出す、無数の巨大多肢兵器の群れ。
蘭 子「藤岡司令官!」
叫びつつ、蘭子が通路の端を示す。通路の入口に、ぎこちない動作で、
それでも整然と集まってきている兵士たち。行動の様だけでその正体が
見て取れる。
藤 岡「機械兵か…」
弦 「畜生!」
藤 岡「全員、固まれ!」
背中合わせに固まる一同、それぞれ銃を構える。
そうしている間にも、一同の立つ空中通路に手をかけていく無人多肢兵器。
剛健な構造のはずの空中通路と言えど、かまわずいつへし折られるかとばかり
揺さぶられる。
遮 那「ここまでかしらね…」
弦の隣で、その肩にもたれかかりつつ銃を構え、呟く遮那。
弦 「へっ、珍しく弱気じゃねえか」
遮 那「弦くん、たぶん最後だから…これだけは教えてあげる」どこか、自嘲
気味に微笑む。「私の兄はね、試作段階のザンサイバーのテストパイロット
だったのよ。そして――ザンサイバーに、喰われた」
弦 「………」
唇を噛む弦。そして、決意したように口火を切る。
弦 「叶指令補。あんた、こう言ったな。自分が死ぬときは、たぶん俺の
ために死ぬときだってよ」遮那と視線を合わせもせず、無愛想に言う。「
認めねえ…認めてやんねえ。そんな手前ェ勝手な死に方はよ!」
遮 那「弦、くん?」
弦 「死なせねえ! 俺は、あんたに殺されかけたんだ。その借りを返す
までは意地でも勝手に死なせてなんかやんねえ!」
遮 那「………」
弦の言葉に珍しく虚を突かれ、呆然としてしまう遮那。
その言葉を傍らで聞きつつ、どこか微笑ましげな蘭子。
その時だ。
黒 鬼「思うようにさせる訳にはいかんな、サイレント・ボーンストリング」
先程、弦が飛び降りてきた壁際のキャットウォーク。まさにその場所に
立ち、虚空に向かって告げる黒鬼。
弦 「黒鬼!」
黒 鬼「藤岡、月島蘭子、礼を言うぞ。貴様らのおかげでこの基地の最深部
情報、我が手にも入った」
ボーンの声「黒鬼、それはどういう――」若干、動揺した様子の声。「…
まさか、黒鬼、藤岡、貴様ら」
弦 「な、何だぁ? どうなってやがる」
初めて、唇の端に、僅かな笑みを浮かべる藤岡
ボーンの声「貴様ら――そうか、黒鬼、貴様の狙いは!」
黒 鬼「如何にも。サイレント・ボーンストリング、貴様が隠匿した黒竜、
指導者イオナの名の下に返してもらう。貴様にガイオーマともどもアレを
握らせておく訳にはいかん」
ボーンの声「そのために、藤岡と手を組んでまでこの基地の情報を、
アレの隠し場所を調べようとしたというのか!」
思わず、藤岡と黒鬼にそれぞれ視線を向ける弦。
ボーンの声「くっ…馬鹿め、だがアレとて所詮動力未完の実験機、たとえ貴様
とて動かすことなど…まさか」
黒 鬼「そのまさかよ。――黒竜の命に火を灯す、
“進化の刻印”ここにあり!」
弦 「まさか――」
○暗い空間
何処かの、機械のコクピット。その操縦桿を、白い、細い手が握る。
顕わになる、暗いままのコクピットの全景。身の丈に合わない大きなシート
に身を沈め、操縦桿を握り、うつむいている昴。
昴 「私…なにやってるんだろう」
呟き、操縦桿をぐっと握る。
ややあって、WIIIIIN…、機体の置くから、僅かに響いてくる駆動音。
コクピット内の計器類、警告灯などに、少しずつ光が点っていく。
昴 「動いて…」目を閉じ、祈るように言う。「私は…このために生まれた
人間、らしいから」
★
暗闇の中、光が灯る。輝く双眸。
○基地内、多肢兵器工廠
BAN、突然、ホール内の壁の一角が爆発的に崩れる。幾つかの多肢兵器が
その開いた壁穴に注意を向ける。
そして、その壁穴の中には――、
弦 「な、なんだありゃ?」
黒 鬼「見事、機体を発動させたか。斬馬 昴」
妹の名に、は、とする弦。
弦 「黒鬼! 昴がここにいるってのかよ!?」
黒 鬼「その通りよ。…三枝博士の用意した破導獣軍団同様、ICON側の、
疑似ブラック・スフィア実験機として甦った黒竜」
崩れ、広がっていく壁穴。そこから姿を見せる…巨大な手と、黒いボディと
、そして、腰部の前面に施された、鋭い造形の白い鬼面――黒鬼の鬼面と
同じ顔!
藤 岡「こんな所の壁の内側に、塗り込めていたというのか?」
黒 鬼「姿を現せ――魔王骸!」
壁から伸びる、巨大な手。それが手近にいた獣骸の頭部を掴み、たやすく
握り潰す。頭部から小爆発を上げ、その場に崩れる獣骸。
完全に崩れ落ちる壁。その付近にたちのぼる灰燼の中、力強く発光する二つ
の目。
崩れ落ちた瓦礫を踏み潰しつつ、一歩を踏み出す巨大な足。
更に崩れ落ちる壁から現れる、黒く、長大な翼。
全身が黒く塗装された機体にて、ひときわ目立つ腰部の鬼面と、頭部の、
人の顔を模した精悍なマスク。
そして――その頭部から左右に伸びる、黄金色に輝く巨大な角。
黒 鬼「これこそ魔王骸! ザンサイバーとガイオーマ、この二体に対する
抑止力成りうる唯一の機体よ!」
弦 「魔王骸…だと!?」その黒い異様を、驚嘆の眼差しで見上げる弦。
「まさか――昴! お前それに乗ってんのか!?」
自身を塗り込めていた壁の中から、完全に姿を現す黒い機体――魔王骸。
その背の黒い翼を大きく広げる。
ヴン…! 一瞬、魔王骸を中心とした空間が放射状に歪む。一時のみ
翼から放射される淡い光。
藤 岡「異次元と、リンクした…?」
○基地内、指令室
ボーン「黒鬼め、“進化の刻印”をこんな所に連れ込んでいたとは」ギッ、と
奥歯を噛む。「よかろう黒鬼、魔王骸は貴様にくれてやる。だが切り札は
まだこちらにあるぞ」
○何処かの湖底
青く透き通った水の底。湖底に組まれている、多肢兵器整備用の巨大な
ハンガー。そして、そこに設置されているのは、封印状態にて銀色のマント
状装甲に包まれたガイオーマである。
ガイオーマ、コクピット内。深く目を閉じ、瞑想しているかのパイロット、
柾 優。その静かな目がかっ、と見開かれる。
○基地内、機械兵工廠
魔王骸、ぎこちない動作で一歩一歩を踏みしめつつ、弦たちを取り囲んで
いた巨大多肢兵器の群れ一体ずつに拳を喰らわせていく。その圧倒的な出力を
前に、一撃で倒れ伏す敵機。
そして空中通路、藤岡を先頭に工廠の出口へと駆けている一同。
なお立ち塞がろうとする機械兵に銃撃を浴びせつつ駆ける藤岡。その部下と
なったウェスラギア解放兵たちも手榴弾を投げばら撒き、周囲の敵を
吹き飛ばしつつ脱出路を広げる。
魔王骸コクピット、その、弦たちの逃亡の様子を目して見つめている昴。
黒 鬼「心配は無用だ。斬馬 昴」
唐突に、昴の頭上のコクピットハッチが開く。顔を見せる黒鬼。
コクピット内に潜り込み、シートを譲る昴に替わってその操縦桿を握る。
昴 「あの人たちを…助けるためって約束です」
黒 鬼「判っている。まずはこいつらを蹴散らす」
黒鬼の操縦にて、片腕を上げる魔王骸。その腕の甲のランチャーから撃ち
放たれたエネルギー弾が、弦たちの前を塞いでいた機械兵の群れを、壁を崩し
つつ一撃で吹き飛ばす。
黒 鬼「藤岡、そして斬馬 弦、行け。通路までは塞いでいないはずだ」
弦 「ま、待ちやがれ黒鬼!」吠える弦。「手前、昴を返しやがれ!」
その弦を横目に、魔王骸へと群がり始める多肢兵器群。身構える魔王骸、
その巨体にとっては狭いはずの工廠区画に巨大な身を躍らせる。
昴が起動させたときとはあからさまに違う早い動き。拳が、脚が、次々と
揮われ取り囲む巨大多肢兵器をことごとく打ち倒す。
弦 「なんてこった…あれじゃまるでザンサイバー並みじゃねえか」
藤 岡「あれが、あの機体に秘められた力。サイレント・ボーンストリングが
ガイオーマ共々我が物にせんとした力――疑似ブラック・スフィアだ」
弦 「疑似…ブラック・スフィア?」
藤 岡「やはり、三枝博士同様ICONも開発していたか…」
藤岡が感嘆したように告げた、まさにその時、
DON!
突然、工廠ホールの天井が破られ崩れ落ちる。
基地直上の空中からの攻撃が、地下工廠の上の階層ごと天井を一直線に
貫いたのだ。基地階層分の瓦礫の下敷きとなり、数機の多肢兵器が埋まる。
そして
天井に穿たれた大穴から、この地下ホールに差し込んでくる外の光。そして、
その光の中を降りてくるのは――封印状態のガイオーマだ。
弦 「優!?」
昴 「優くん!?」
そのガイオーマ、コクピットの中、無表情に、冷ややかな視線をたたえている
優。
ガイオーマ、そのマント状装甲の隙間から両の掌を伸ばす。魔王骸と、
周囲の多肢兵器に構わず次々と放たれる、重力波の連続弾――!
次々と吹き飛ばされる多肢兵器の群れと、たちまち爆発と怒号に包まれる
地下工廠内。
弦 「優ゥーーーッ!」
弦、絶叫。
昴 「キャアア!」
悲鳴を上げる昴。
昴・モノローグ「ここにいるのは兄じゃない。そう判っているのに、私は
願っていました。あの人たちが助かることを」
○小笠原諸島達磨島、“十字の檻”
ザンサイバー格納サイロ。整備ハンガーに固定されたザンサイバーの双眸に
光が灯る。
★
“十字の檻”外観。緊急に中央サイロのハッチが開放される。爆発的に
噴き上がる、次元波動の光の柱。轟! その光の柱の中を、上空に向かって
飛び出していくザンサイバー。
指令室。飛翔していくザンサイバーを見上げている三枝。
○海岸
波止場の先端に立ち、海の先を見つめている、ひとりの薄汚れたコート姿
の男。右脚が不自由なのか、その脚を引きずるよう松葉杖で身を支えて
いる。
髭も剃られ、髪型も鋏を入れられて整えられているが、紛れもなく月島
蘭子と共に弦の前に現れた男、トキさんである。
初老と思われていたその顔は、驚くべきことにまだまだ40代前半程と
意外に若々しい。
見つめる海原の先、水平線から天へと立ち上る細い光の線。
トキさん「生きてくれ…弦君」誰ともなく、呟く。「私はそのために、
再び君の前に現れたのだ」
魔王骸デザイン:蘭亭紅男
(「Destruction8」へ続く)
豪雪地帯酒店・第二事業部は
ものを作りたいすべての人を応援します。
目次へ