Destruction2―「凶月獣臨」
挿絵・蘭亭紅男
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○日本アルプス、20年前
画面テロップ「――20年前」
雪降る山中、登山している一団。登山メンバーのひとり、時実、 ふと顔を上げる。雪雲の空に一瞬の瞬き。
大気圏、摩擦熱の炎に包まれ、落下してくる物体。画面、空からの 視点へ。雲を突き抜け、日本列島へ、その中央へ、日本アルプスへ――、
ドォン! 轟音、山腹に落下する流星。前回にてザンサイバーが 発動したあの山である。
落下跡に駆けつけてくる登山メンバー。落下跡を見て、驚愕する。 積もった雪も氷も蒸発した擂鉢状の落下跡、流星が落ちた点を中心に 刻まれた地割れが、まるで脈動するかのごとき不可思議な明滅を 繰り返している。そして、その地割れは…何らかの意図のように …咆哮する肉食獣の面が大きく刻まれている――!
○日本アルプス、20年後
放射状に広がる白い鬣を震わせ、咆哮する鋼の獣面。 ザンサイバーである。
その後方、冒頭にて流星の落ちたあの山、ザンサイバーの咆哮に 呼応するように壮大な白い大地を震わせて、大津波のごとき雪崩と共に 崩れ落ちていく。
岩陰に隠れ、その破壊と大雪崩を避けつつ、その様を凝視している 叶 遮那。
遮 那「動かせてしまったのね…」
嘆くように告げる。なおも崩れ落ちていく山と、胸の獣面を咆哮させる 青い鋼の巨人。
昴・モノローグ(以下M)「その雄叫びが、確かに私にも聞こえました」
画面転換。洋上を行く高速艇。その船内、簡易なベッドに寝かされ、 瞳を閉じている昴。
高速艇、洋上の、ひとつの島へと向かっている。洋上から見てもわかる、 島に建てられた建造物。
画面、再び日本アルプス。足元に大雪崩の奔流を受けながらも、身じろぎ ひとつせず咆哮を上げつづけているザンサイバー。そのコクピットの中、 何かに憑かれたかのように、獣じみた雄叫びを吼え続ける弦。
昴・M「20年前、ひとつの流星がこの山に落ちました」
なおも崩れる山。崩れ落ちていく岩盤の中、ふと、その山に隠された 奇妙な地肌が覗く。緩やかなアールを描く、まるで、真珠の表面のごとき 白い――、
昴・M「そして今、私たち兄妹はその流星に導かれます。約束された、この、 あまりに残酷な破壊の渦中へと」
○サブタイトル
「Destruction 2 ― 凶月獣臨」
○小笠原諸島・達磨島
俯瞰による島の全景。その名の通り、円をふたつ繋ぎ合わせたような 形状の島。その大きいほうの円、中央の構造物を中心に、十字状に、 円を四つに分けるように施設が建造されている。
中央構造物の外観、壁にかけられている施設名の看板。無遠慮な ゴシックで刻まれている「B.S.laboratory 達磨島研究所」の文字。
中央施設のすぐ脇に開いてる地面の大穴、広大な地下サイロ。そこに 収められ、四肢を強靭そうなアームで固定された状態にて整備を受けている ザンサイバー。
○中央施設最上階、総合指揮所
三 枝「"十字の檻(クロスケイジ)"へようこそ」
穏やかな表情にて、客人を迎える総合研究主任、三枝小織博士。その隣に 立つ、憮然とした表情の、鍛えられた体格の軍人、藤岡司令官。
三 枝「本当は正式な研究所名があるんだけれど、いつのまにかこんな仇名が 浸透してしまって…ザンサイバーという、猛獣を飼っている檻としてね」
弦 「その猛獣が逃げ出して、あの騒ぎになったってのかよ」
ふてぶてしく応える声。昴、そして遮那と共にこの場に迎えられた弦 である。
隣に並びつつも、弦とやや距離を置いている昴。弦の雰囲気が 前回までとは一変している。
瞳から穏やかさは消え去り、その目には獣じみた凶暴な視線が見て取れる。 態度もどこか斜に構え、口元に浮かぶ冷笑。
昨日までおとなしかった少年が突然グレたという雰囲気でなく、 隠していた凶暴な本性が表面に現れたような…、
弦の言動にも、穏やかな姿勢を崩さない三枝。
三 枝「まずは、あなたたちをここに呼んだ理由から話したほうがいい かしら?」
昴 「は…はい、お願いします」
三 枝「斬馬 弦君。君がザンサイバーに乗り込み、日本アルプスで戦った 敵、ICON――」
フラッシュバック、ザンサイバーと敵機、獣骸との戦闘。
三 枝「奴らの目的は、あの巨大人型多肢兵器を中心とした、超科学による 軍事力を用いて世界の支配権を得ること。この研究所の創設者であられる 西皇浄三郎会長は、その野望に対抗するため日本政府と協力してこの "十字の檻"を築き上げた。20年前、日本アルプスに落ちた流星を元にした 超兵器、ザンサイバーを造るために」
昴 「20年前…日本アルプス?」
三枝「すべての始まりは、その雪山に落ちた流星…。それは、地球以外の 異文明の技術による機械体だった」
フラッシュバックする過去の情景。研究施設が建てられていく達磨島。 胸部獣面を中心に、建造途中のザンサイバー。
三 枝「その機械体からは、驚くべき超科学技術、とでも呼べるデータが 得られたわ。異次元への干渉、抽出される無限の次元エネルギー、 量子論も凌駕する、既存概念を超えた次元波動概念…これらのデータを元に、 あなたたちのお父様、斬馬斉一博士が中心となってこの研究所で造り上げた ICONとの決戦兵器、それがザンサイバーよ」
昴 「お父さんが…そんなものを?」
三 枝「だけど――」
藤 岡「斬馬博士は、裏切った」
初めて、口を開く藤岡。その衝撃的な言葉に、一瞬息を呑む昴。
藤 岡「20年の歳月を経て、"たったひとつの問題"を残しながらも ザンサイバーは完成した。だが、斬馬博士はザンサイバーを奪取、 日本アルプスへと消えた。…あの、20年前に流星が落ちた場所を目指す ようにな」
三 枝「そして、その場所から奪われていたザンサイバーは発見され、 そして…」
弦 「要するに、よ」
三枝の言葉を無視して、割り込む弦。
弦 「その親父をとっ捕まえるために、家族の俺がわざわざ山奥まで 引っ張り出された、って訳かよ」
遮 那「平たく言えば、君には人質になってもらうつもりだった」
弦の不敵な言葉に、悪びれた様子もなく告げる遮那。
遮 那「しかし斬馬博士はすでに姿を消していた…その行方は今もって不明。 私たちとしては、あなた方にお父様の代りを勤めてもらうしかない。 ということ」
昴 「そんな! それに信じられません、お父さんがそんな――!」
弦 「で、あんたらとしちゃ俺らに何をやってもらいたいってんだ?」
昴の肩を抑え、告げる弦。
昴 「そ、そうです! そもそも私たちが、お父さんの何の代りをすると いうんですか!?私たちはただの学生だし、研究とか超科学とか そんな…」
藤 岡「斬馬 弦、貴様はザンサイバーを操れる。貴様ともども妹の身柄は こちらにある。今はそれで充分だ」
びく、となる昴。リフレインする遮那の言葉。「君には人質に――」
突然、哄笑。楽しげに、その場でひゃははと笑い出す弦。昴、信じがたい ものを見る目つきで兄を見る。
弦 「最高じゃねえかあんたら! いいねえ、上等だよ! 食い物と 寝る所はいいとこ用意しといてくれや。せいぜいお高級な待遇で頼むぜ」
昴 「あ…兄貴! なんてこと言って――」
弦 「――それに、そうすりゃ優を殺した奴らへの復讐もできる」
言葉を失う昴。
藤 岡「戦うか、斬馬 弦」
ふと、唇の端で笑う藤岡。
藤 岡「だが…まともに戦えるかな、貴様に?」
弦 「…何だと」
三 枝「話は決まりのようね」
一瞬の不穏な空気を遮る三枝。
三 枝「私は当研究所の責任者の三枝小織。こちらは政府の代表として "十字の檻"を任されている藤岡司令官。そして――」
ちら、と遮那に視線を向ける。
三 枝「叶指令補。藤岡司令官の副官よ」
弦 「ふん…」
なおも尊大な態度の弦。その弦を、不安げに横から見つめる昴。
昴・M「この冷酷さ、周りに牙を向ける態度…そこには、どこにも私の 知っている兄はいませんでした。そして」
顔を伏せる。
昴・M「優くんが、もういない。兄の口から出たその言葉を、私は受け入れる ことができなかったのです」
○夜、"十字の檻"・南側施設付近
中央施設と地下サイロを中心に、十字状に広がる施設の全景。その南側に 伸びている施設。施設の外、銃を手に、巡回にあたっている二人の警備員。
その、緊張した面持ちの二人の背後に、突如音も無く降りるひょろりと した線の影。影の両手が一閃する。月明かりの照らす地面、首を撥ねられ、 崩れ落ちる二人のシルエット。
瞬く間に二人の警備員を瞬殺した細身の影。その骨ばかりのような両手 には、細い手に似合わない、大振りの半月刀がそれぞれ掴まれている。 その影に並ぶ、もうふたつの影。
ひとりは身長150センチにも満たなそうな小男。いまひとりは対照的に、 分厚いコートに身を包んだ、身長2メートル以上あろうかという壁のような 巨漢。
倒れた二人の警備員を前に、小男がヒヒヒ…と下卑た笑いを上げる。
半月刀を手にした痩せぎすな男が斑(まだら)天一郎。卑しく笑う小男が 斑地二郎。無表情な大男が斑人三郎。三人兄弟による暗殺者、 斑三兄弟である。
地二郎、空を見上げる。夜空に煌々とした満月。
地二郎「ひぇっ、ひぇひぇ、ひぇひぇ…ア、兄貴、つつ月がキレイだァ…」
天一郎「興奮するな、地二郎」
息も切れ切れに喘ぎ、危険な目の輝きを見せる弟を、神経質げな声で諌める 天一郎。
天一郎「手筈どおり、俺が派手にやっている間にお前らはターゲットの 確保と"X"の破壊。二人とも、くれぐれも存在を悟られるな」
地二郎「ミ、みみ見られた場合ィはよ、ケケ消しちゃって、いいんだ よな兄貴」
天一郎「好きにしろ。ただし、くれぐれも自重しろ。人三郎を一緒に 行かせるのはそのためでもある」
地二郎「オオお月さんが、チ、血を見たがってテるんだァ… ひぇひぇひぇッ! 行くぞ人三郎!」
しゅっ、と闇に消える地二郎。そのひとつ上の兄の狂気に、何の感情も 示さないままやはり闇に消える人三郎。
弟たちを見送り、天一郎もまた、満天の月を見上げる。
天一郎「――なるほど、美しい月よ」
呟き、両手の半月刀を構えなおす天一郎。三日月状の刃に映える月光。
○"十字の檻"・職員宿舎の一室
遮 那「ここが今日からのあなたの部屋。必要なものがあったら準備するわ、 言ってちょうだい」
ベッドと簡易な棚以外何もない、8畳ほどの室内。鞄ひとつだけを手に した昴に告げる遮那。
昴 「今はなにも。ただ…」問い掛ける。「叶さん、教えてください。 一体日本アルプスで兄に何があったんですか?」
変貌した弦の表情を思い浮かべる。
昴 「あんな…あんな兄貴じゃ、なかったのに…それに優くんが 死んだって!」
遮 那「昴さん、今はお休みなさい」
冷静に告げる遮那。
遮 那「お兄さんは、たぶん、変わってはいない。私が今言えるのは それだけよ」
閉じられる部屋のドア。ひとり、室内に残され、うつむく昴。
○"十字の檻"・通路
昴を部屋に送り届け、通路を進む遮那。その遮那の前、道を塞ぐように、 何者かが通路の壁を蹴る。ズボンのポケットに両手を刺した弦である。 不敵に笑い、言う。
弦 「よう指令補。昴の案内ご苦労さん」
遮 那「部屋が判らなくなったのなら、案内してあげるわよ」
弦 「あいにく、あんたに個人的に用があってな」
ポケットに手を刺したまま、遮那に向き直る弦。
弦 「教えてもらおうか。…あの時」
回想。ザンサイバーが埋もれていた落下跡を見つめる弦と、その背中を 叩く何者かの手。落下跡に落ちていく弦。
弦 「――俺をザンサイバーに突き落としたのは、何のつもりだ」
わずかに怒気を口調に孕ませる。思い起こす。初めてザンサイバーの中に 取り込まれたとき、喰われるかのように自身の肉体が崩れていく様を。 弦の言葉に対し、まるで動じた様子を見せない遮那。
刹那、
ドオン! 轟音と共に震える施設。は、と爆発音のあった方向を向く二人。
○昴の部屋
突然、ドアが開く。
昴 「誰?」
そこに立つ、コート姿の巨漢、斑人三郎。怯え、一歩退く昴。
地二郎の声「オ、お嬢さァん、ムム迎えに参りましたァ…ひぇひぇ」
喘ぐような声。人三郎、コートの胸を開く。その胸板から覗く鉄格子と、 中から目をギラつかせて卑しく笑っている地二郎。悲鳴をあげる昴――。
○"十字の檻"・ヘリ格納庫
炎上している数台のヘリと、その燃え盛るヘリに向けて銃器を構えている 警備兵たち。ゆらり、と、炎の中から歩み寄ってくる、両手に三日月上の 刃物を持った細身の影。
隊 長「撃て!」
リーダーの号令一閃、細身の影に一斉に火を吹く銃口。その銃火を かいくぐり、跳躍する影、斑天一郎――、
天一郎「斑流暗殺術、朧月夜」
乱舞する三日月。着地する天一郎。背後に上がる、一瞬にして 切り刻まれた警備隊の血飛沫…。
○中央施設最上階・総合指揮所
警報が鳴り響き、オペレーターたちが慌てて駆け回る指揮所に 駆け込んでくる三枝。
三 枝「何事なの!」
オペレーター「侵入者です! 西側格納庫施設で破壊活動、警備隊に多数の 死傷者が出た模様! 敵の人数――確認される限り一名!」
三 枝「たったひとりの…侵入者? 藤岡司令は!」
○宿舎、通路
駆ける弦と遮那。入った曲がり角の先に広がる光景に愕然とする。 通路に累々と倒れている警備兵たち。
臆することなく、倒れた警備兵のひとりの亡骸の正面を向かせる遮那。 瞳孔を開き、呆けたような死に顔の額に穿たれている、赤い点のごとき 銃創ひとつ。
遮 那「反撃する間も無く、倒された…?」
弦 「――まさか」
顔を上げる弦。
○格納庫施設
次々と爆発、炎上する施設。その火の手の中を駆け抜ける、蟷螂のごとき 細身の陰、斑天一郎。立ち塞がる警備員たちが、ことごとくその両手の刃の 下に倒れ伏せていく。
シュ――、その天一郎の顔目指して、一直線に飛んでくるナイフ。 片手の刃を一閃させ、そのナイフを軽く弾く天一郎。
ナイフが飛んできた方を向く天一郎。小銃を手に、立ち塞がる藤岡司令官。
藤 岡「斑三兄弟、今度はICONなどに雇われたか」
天一郎「ホゥ…藤岡か。日本政府の飼い犬に落ちぶれたとは聞いて いたが」
藤 岡「言ってくれる…長兄自ら陽動を買って出るとはよくやる」
天一郎「何だと…まさか」
藤 岡「斑流暗殺術のやり方を、知らない俺ではない」
ダッ、駆け出す天一郎。刃一閃、一瞬にて斬り飛ばされる藤岡の首――!
○中央サイロ・ザンサイバー格納庫
ザンサイバーの巨体が屹立する空間。駆けつけてくる弦と遮那。 目を見張る。
壁面のキャットウォーク、ザンサイバーの足元と、所選ばず倒れている 警備兵の亡骸。あちこちが鮮血の赤で染まった、凶々しい銃撃戦の後。
地二郎「ひょーうッ、まァだ駆けつける奴がァいやがったぜいやがったぜ!」
哄笑。振り仰ぐ二人。ザンサイバーの胸部獣面に伸びるアームの上、 ひとりの警備兵の首を掴み上げ立ち尽くす人三郎と、その上に肩車している 地二郎。
地二郎「俺ッたちが来ると読んでェ、大勢で待ち構えていたまではよかった がよォ、ア相手が悪ゥすぎだァ。ひぇひぇ。ココッ、これが…ウゥ噂の "X"ゥ。またの名を破導獣ゥかよ。オオ、おっかねぇ面ァしてやがる… ひぇひぇひぇ」
哄笑しながら、人三郎の手に掴まれた。まだ息のある兵士の頭を ハンドガンで撃ち抜く地二郎。人三郎、その亡骸を放り投げる。
どさり、と弦と遮那の足元付近に落下する亡骸。
弦 「ざけやがって…何者だ手前ら!」
叫ぶ弦。遮那が素早く頭上の二人に銃を向ける。
地二郎「ひぇひぇ…威勢のイィ坊主だァァ、ならこっちも」
重々しく、その両手を挙げてくる人三郎。
地二郎「歓迎に応えてやらなきゃならねえよなァッ、人三郎ォォォッ!」
挙げられた人三郎の腕に手を伸ばす地二郎。その人三郎のコートの袖が 肘まで降り、肘から先、機械の骨格に巻かれた形の、銃器の束で構成された 腕先が露になる。
目を見張る弦と遮那。
地二郎「ひぇひぇひぇひぇひぇひぇッ! 死ねヨ死ねヨ死ねヨ死ねヨ 死ねヨォォォォッ!」
弟の両腕の武器の束、そこから両手に小銃を取り、足元の二人に向かって 乱射する地二郎。その着弾を 横っ飛びにかわす遮那と、構わないとばかり正面から跳ぶ弦。
常人離れした跳躍力で、ザンサイバーの脚を、腰を蹴り、地二郎と 人三郎の待ち構えるアームの上へ。
地二郎「何だとォォォッ!?」
遮 那「跳んだ――?」
歯を剥き出し、歓喜にも見える表情で、地二郎に踊りかかる弦――!
○格納庫施設
ぎりり…と歯を鳴らしている天一郎。首を撥ねられ、倒れた藤岡―― の人形、その断面。覗いている、爆薬と無慈悲にカウントを刻む爆破装置。
デジタル表示のカウンター、3…2…1と――、
天一郎「藤岡ァァァァッ!」
閃光、
○中央サイロ・ザンサイバー格納庫
ぎりり…と歯を鳴らしている弦。コートの胸をはだける人三郎を目前に、 手も足も出ない状態。その人三郎の胸板の鉄格子の中、気を失い、 収められている昴。キヒヒ…と笑う地二郎。
地二郎「俺ッ達の目的は二ァつ、ココこのデカブツの爆破とォ、この お嬢ちゃんのララ拉致よォ。ひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇッ!」
地二郎、哄笑する。人三郎の機械仕掛けの腕が弦の首に伸びる。 首を掴まれ、宙に持ち上げられる弦。
太い両手で首を締められ、苦悶の表情の弦。
地二郎「シシ死んでくれやァ坊主ゥ! おめーみたいなヤバいィ奴ゥ、 俺個人としてはダァイ好きなんだがよォッ! ひぇひぇひぇひぇひぇひぇ ひぇッ!」
手にした小銃を宙に向かって撃ち放ち、哄笑。
弦 「や…野郎ぉ…」自分の首を締める、人三郎の手を必死で掴む。 「…昴ぅ」
人三郎の胸の中、気を失っている昴を見つめ、唸る。
弦・M「俺が…俺が死んだら…」
弦、回想。優を交えた三人での登校風景。部活動、タオルを差し出す昴。 スニーカーを片手に、自分の後頭部をぶっ飛ばす昴。
弦・M「昴を…守れねえ!」
バシィッ! 破砕音。弦の首を掴んだ、人三郎の手から火花と白煙が 上がる。
地二郎「…なに?」
人三郎の手の甲を掴んだ弦の指先、その握力が人三郎の鋼の手の甲を砕き、 内部の駆動構造を砕いている。
地二郎「ニニ人間か、この坊主ゥッ!」
と、銃声。人三郎の即頭部に撥ねる銃弾。しかし風穴が開くどころか、 無傷のまま平然と弦の首を掴み続ける人三郎。
藤 岡「斬馬 弦!」
藤岡である。壁際、弦たちのいるアームと同じ高さのキャットウォーク上 にて小銃を構え、叫ぶ。
藤 岡「いつまで遊んでいる。そんなことでは、大切な人間ひとり守ることは できんぞ!」
藤岡の声に、今一度昴の顔を見る弦。
弦 「――昴ぅぅぅっ!」
弦、絶叫。その声に、は、と目を覚ます昴。目の前で首を締められている 兄の姿を見る。
昴 「兄貴ぃっ!」
昴の叫び。
瞬間、この抗争を見つめていたかのザンサイバーの獣面、その目に宿る光、 突如その口腔が大きく開かれる。咆哮――!
地二郎「ヒイイイッ!」
弦 「うおおおおおおおおおおっ!」
ザンサイバーの咆哮に呼応するかのごとく、吼える弦。腕に、一気に力を 入れる。ガシャァンッ! 金属的な破壊音を上げ、ついに肘先からねじ 曲げられ、弦の首から離される人三郎の腕。
地二郎「ぎゃあニィィィィッ!」
弦 「昴っ、奥に引っ込め!」
ぶん、と揮われる弦の脚。人三郎の胸板、鉄格子に叩き込まれる。一撃で ねじ曲げられ、だらしなく前に向かって開く鉄格子。人三郎の戒めから 逃れた弦、人三郎の胸の中から昴を引っ張り出す。
地二郎「こォのォ野ァ郎ォォォォッ!」
人三郎のコートの肩口が開く。そこから大振りなナイフを取り出す地二郎。 肩車から飛び降り、弦と昴に襲いかかる。
弦の頬をかすめる切っ先。流れ散る一条の血。
地二郎「死ネや死ネや死ネや死ネや死ネや死ネや死ネや死ネやァッ!」
高速で突き出されてくるナイフに、昴を庇いつつかわすしかない弦。
遮 那「弦くん!」遮那、叫ぶ「ザンサイバーのコクピットの中に、 逃げて!」
弦 「そこか!」
昴を小脇に抱えたまま、大きく開かれた獣面の口腔に飛び込む弦。
地二郎「逃ィがすカァァァッ!」
口腔が閉じられる寸前、飛び込む地二郎。
ザンサイバーコクピット内、シートに収まっている弦と、その脇で小さく なっている昴。弦の頭目掛けて揮われる地二郎のナイフ。弦がわずかに 首をそらし、ナイフ、シートのヘッドレストに突き込まれる。そのナイフを 握った地二郎の腕を、弦の手が掴む。
地二郎「フーッ、フーッ、…ひひ?」
息を荒くする地二郎、ふと、自分の肉体の異常に気付く。淡い光に 包まれる自分の身体。ジュワワ…、その身体が、まるで泡粒のように宙に 滲み、弾け散っていく。消化されるがごとく――。
地二郎「ギャ…ギャアアァッ!」
ザンサイバーの獣面の前、立ち尽くす藤岡と遮那。
藤 岡「ザンサイバーの、たったひとつの問題…」うめく。「自らの飼主を 選び、選ばれなかった者が乗れば喰われてしまう…」
ザンサイバー、コクピット内。ついに、弦が掴んでいた腕先を残し、 ザンサイバーに喰われ、宙に溶け消える地二郎。その様を直視し、青い顔で 身を震わせている昴。
弦 「…猛獣の檻の中に、不用心に入るんじゃねえってんだよ」口元に、 邪悪な笑みを浮かべている。「今度は猛獣注意とでも貼っといてやるぜ」
自分の言葉に哄笑する弦。死屍累々となっているサイロ内、弦の哄笑が 響く。
と、
爆音、振動が響き渡るサイロ。懐から携帯端末を取り出す遮那。
遮 那「三枝博士」
三枝の声「敵襲よ」
○達磨島上空
三機の、空爆型の多肢兵器が空から"十字の檻"にミサイル攻撃を仕掛けて いる。ICONの空戦用多肢兵器、天骸鬼である。その広い形状の肩の ミサイルランチャーから、次々と撃ち放たれるミサイル。
"十字の檻"からの対空砲火をことごとく避け、その攻撃が各施設に命中、 被害を拡大させていく。
○中央サイロ・ザンサイバー格納庫
藤 岡「斬馬 弦!」ザンサイバーに向かい、怒鳴る。「聞いての通りだ。 敵機は基地上空に三機、貴様、そのまま行って駆除して来い!」
昴 「そんな無茶な!」
弦 「そう来なくっちゃよ!」嬉々と、操縦桿を掴む弦。 「行くぜぇッ! ザンサイバー発進だ!」
発進シークエンスに入るサイロ内。ザンサイバーの四肢を強固に固定 していたアームが開放され、五重に閉じられていた天蓋が開く。
中央施設外観。サイロに向いた壁面が変形し、ザンサイバー射出のための レールを構築する。夜空に向かって開く、サイロを閉じていた 最後のハッチ。
三 枝「ケイジオールオープン、ザンサイバー、シュート」
総合指揮所、発進指示を飛ばす三枝。
ゴォォ――、サイロから上空に向かって噴き上がる光の柱。ザンサイバー の機体そのものから発されている次元波動が、自体を上空へと射出すべく エネルギーを噴き上げているのだ。
まさに、飛び出すという形容のままに、文字通り"十字の檻"から 解き放たれ、発進するザンサイバー――。
一気に天骸鬼の直前まで飛んでくる。上空、満月を背に、咆哮を上げる 胸部獣面…!
肩ホルダーから鉄棍を抜くザンサイバー。鉄棍、ギュンと伸びて変形、 長柄、巨刃の斧に。その斧のリーチから逃れる術もなく、一機の天骸鬼が 肩口から両断される。
上空へ逃げる残り二機。たった今両断して屠った機体の背を蹴り、 背部ブースターを噴かすザンサイバー。
弦 「逃がすか!」
コクピット内、嬉々としている弦と、小さくうずくまっている昴。
ザンサイバー前頭部、透明ドーム状になっているそこに配された額の パーツが左右に開く。それは透明ドーム部分…主砲ビームレンズ部分の セーフティーなのだ。粒子が溜まっていくビームレンズ。
轟…! 封印解除された頭部主砲が爆流を放つ。その超高熱、超高圧の 奔流を受け、一撃で塵と消える二機の天骸鬼――。
○洋上
炎が上がる達磨島。その光景を、洋上を立ち泳ぎで見つめている二人。 それぞれ負傷した、斑天一郎と人三郎である。相変わらず無表情の人三郎と、 涙を流している天一郎。
天一郎「オォォ…地二郎…地二郎よう…おのれ藤岡、おのれ破導獣!」 ギッ、と歯を噛み鳴らす。「弟の仇は必ず取る! 斑流暗殺術の恐怖、 必ずや思い知らせてくれようぞ!」
○"十字の檻"、敷地
あちこちで起きた火災の消火作業が続く施設。戦闘を終え、片膝を着き 降り立っているザンサイバー。機体から降りて進む減と昴。出迎える遮那と 藤岡。
藤 岡「たかだか暗殺者三人に、被害甚大とは情けない。この次は、もう少し 効率よく片付けろ」
弦 「何だと――手前っ!」
挑発的な言葉に、怒って藤岡に殴りかかる弦。その弦の拳を軽くかわす 藤岡。逆に弦の横っ面に拳を叩き込む。一発で倒される弦。その横面を 靴底で踏みつける藤岡。
その光景を前に、息を飲む昴。
藤 岡「斬馬 弦。貴様はまさに獣(ケダモノ)そのもの。敵を前にしたら 力任せに喰らいつくだけだ。そんな戦い方を続けている限り、守るべきものも 守りきれん」
弦 「何…だと」
藤 岡「斬馬 弦。貴様に戦い方を教えてやる。守るべきものを守る 戦い方をな」
その、弦の様を見据える遮那。ひとりごちに呟く。
遮 那「あなたも…喰われたほうが幸せだったのかもしれないのに」
ザンサイバーを見上げる。その背後、火災の黒煙に燻る夜空、 満月は美しくも儚く輝いている。
○暗い部屋
スポットライト、ひとりの若者を照らす。
20歳前後、美しい金髪と白い肌。透き通ったかの目線。
女の声「サイレント・ボーンストリング。理由をお聞かせなさい。勝手に 暗殺者を雇い、"十字の檻"に仕掛けた理由を」
美しい美貌を上げる青年、サイレント・ボーンストリング。その咎に、 動じた様子も見せない。
ボーン「指導者イオナ」告げる。「破導獣との戦闘を起こすことなく、 破導獣そのものの破壊と斬馬 昴の確保に成功すれば、組織の目的すべてに 一度に決着がつくと心を早まらせてしまいました。功名に焦った思慮 なき行い、何とぞお許しください――」
女の声「ボーン」
声の主――ICONの指導者イオナ、愛称で青年を呼び、彼の前に姿を 見せる。
イオナ「貴方は優秀な私の片腕です。しかし、同時に貴方はまだ若い。 どうか、大義を見据え、今でなく未来に必要な行動をとるよう」
ボーン「は…」
恭しく、頭を下げるボーン。
イオナ「"十字の檻"内部の施設情報、破導獣ザンサイバーの空戦能力、 それらのデータの収集を持ってこの咎は忘れることとします。これからも、 我が組織の大義のために」
ボーン「我らが指導者イオナのために」
恭しい姿勢のまま、退席。闇に消えるボーン。ひとりになるイオナ。
イオナ「…怖れていた時が、来てしまいました。それでも」
そのイオナの背後、控えている、黒い戦闘服の人影。振り向くことも しないイオナ。
イオナ「あなたにとっては…必然たる復活だったのでしょう――黒鬼」
イオナの背後の影、あの、白い鬼面に顔を隠した――黒鬼である。
○後日、墓地
晴天の下、ひときわ目立つ墓の前に訪れている三枝。大きな墓石に花が 添えられ、線香が一条、燻る煙を上げている。
三 枝「斬馬博士の子息を飼主に選び、ザンサイバーは覚醒しました。 その戦闘力はICONの同機軸兵器を凌駕し、もはやICONなど何の 問題もありません」
弦たちの前にも見せた、穏やかな表情を崩さず報告する。
三 枝「日本アルプスでも閉ざされていた"遺跡"が姿を現し、すべては 私たちの望む通りに動いております…」恍惚と、墓石を撫でる。「もう少し ですよ…会長…すべては望みのままに」
その墓石に刻まれている――"十字の檻"創設者、西皇浄三郎の名前。
○日本アルプス
白い、真珠のごとく白くなだらかな表面に刻まれた、咆哮を上げる 獣面のごとき傷跡。
夕映えの峰に、ひときわ映える白い巨大な物体。
昴・M「それは、20年前、流星の落ちた場所。お父さんが奪った ザンサイバーが落ちた山に隠されていたもの」
広大なる自然の情景に不似合いな、峰の中に立つ、直径2キロは あろうかという白く巨大なドーム――。
昴・M「この白い遺跡は、いずれまた私たちを導きます。 この遺跡そのものが、私たちを、運命に導かれた様々な人々を結び付けて いる限り」
(「Destruction3」へ続く)
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