Destruction1―「氷砕復活」


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○日本アルプス上空
 激しく吹き荒れる猛吹雪。
 何処かのコクピットの中。峰を高速で抜ける、空からの視点。 吹雪が視界に叩きつけられ、山々が高速で後方に流れていく。

 ハァ…、ハァ…、
 苦しげな、パイロットの喘ぎ声。やがて視界が抜け、その機体の向かう 直線状にひとつの山が映る。

パイロット「来た…」

 決して若くはない、中年といった声が安堵したように呟く。 ぐんぐんと高速で、その深い雪山へと突入していく視点。
パイロット「これで、全て…」

 パイロット、左手を目の前に挙げる。何かの防護服か、厚い袖と 太い手袋に包まれた手。その手が粒子を散らすような、淡い燐光に 包まれている。
 いや、左手そのものが、"光の粒となって、虚空に滲み、溶けていく"。

パイロット「弦…昴(すばる)」

 うめくパイロット、その左手が完全に宙に溶け消える。高速で迫る山裾。 白く染まる視界――、

○教室
 昴 「わ…」

 机に突っ伏していた少女、昴。突然顔を上げる。

○サブタイトル 「Destruction 1 ― 氷砕復活」

○教室
 しばし、呆然とした顔の昴。唐突に、その後頭部をクラスメートの ひとりが軽く叩く

 昴 「うひゃっ!」
女友達「げぼぐわっ、じゃないっての」
 昴 「…そんな下品な悲鳴、あげてない」

 後頭部をさすり、抗議する昴。

女友達「なんだよー、もう六限終わったって起こしてあげたのに」
 昴 「…あ、もう放課後」
女友達「えーもう、六限の間これがまたぐっすりと。いい夢見れた?」
 昴 「あはは…変な夢」

 と、突然帰り支度の生徒もまばらな教室の扉が開く。駆け込んでくる ひとりの女生徒。

女生徒「昴いるーっ? 昴っ!」
 昴 「え?」
女生徒「お兄さんが、またなんかやらかしたみたいだよーっ!」

 無言で、再び机に突っ伏す昴。

○校庭、プール脇
 ボキッ、バキッ、両手を揉み解し、鳴らしている空手着の袖。 その先、ボコられた顔で並んで倒されているデブ、ヤセ、中肉中背の 三人の学生。その付近には割といい形式のデジカメが転がっている。
 倒れた三人と空手着を、距離をおいて取り巻いている数人の生徒。 プールからも水着姿の女子が金網越しに覗いている。
 自ら倒した三人を前に、ふんと鼻を鳴らし、デジカメを拾う空手着の少年。 昴の兄、斬馬 弦である。

 弦 「サッカー部のバカ三人組だな? 懲りずにつまらねー真似しやがって」

 ぽん、とその弦の肩を叩く手。振り向くと、細面、端正な容姿の少年が 薄く微笑んでいる。弦の親友、柾 優。

 優 「ノゾキ退治とは、お手柄だなあ弦」
 弦 「優か…まあ、最高学年としてはこんなノゾキ小僧どもの指導 ぐらいはよ」
 優 「それはそうと…」

 怪しく微笑み、弦の背中に擦り寄る優。うひっ、という顔の弦に構わず、 素早く空手着の裾に手を滑り込ませる。

 弦 「あっ、あの…優?」
 優 「黙って――」

 すっ――と引き抜かれる細い指先。

 優 「…撮影した中身を、弦が持ってるのはなんでだ?」

 ちら、と地面に転がるデジカメを一瞥する。優の指先、ノゾキ三人組の デジカメのものと思われるスマートメディアが挟まれている。ちょっとだけ 顔を朱に染め、バツが悪そうに、歯を見せて笑う弦。と、

 昴 「このバカ兄貴っ!」
 弦 「げぼぐわっ!」

 衝撃。唐突に、後頭部をぶっ飛ばされてつんのめる弦。その背後、 怒った形相の昴が手にしたスニーカーを振り下ろした姿勢でいる。

○空手部、道場
 バシッ、ビシッ、
 組み手稽古の真っ最中の空手着の二人。弦と優である。 弦が絶え間なく激しい動きで拳や蹴りを仕掛け、優が無駄のない鋭い動きで それらを全てかわしている。道場の片隅、タオルを手に二人の組み手を 見つめている昴。
 弦の蹴りを後方に動いてかわし、一瞬だけ、呼吸を置くように肩を落とす 優。

 弦 「もらった!」

 その一瞬の隙を見逃さず、会心の拳を繰り出す弦。優の視線、 一瞬鋭くなる。弦の高速の拳を、軽く首を捻っただけで紙一重でかわす優。 自らの懐に入った弦の脚に足払いをかける。拳を振るった勢いのままに、 派手に畳に転倒する弦。その天を仰いだ弦の顔面に、素早く突き込まれる 優の拳。
 ぴたり、と顔面まで五ミリという位置にて寸止めされる拳。

 優 「最大攻撃は最高の隙を生む。使いどころを考えずに、 力任せに突っ走るクセはとうとう直らなかったな、弦」
 弦 「…県大会どまりのイチ部員を、全国ベスト4と一緒にするなっての」

 優に差し出された手を取って立ち上がり、舌打ち混じりの弦。

 優 「もったいないよなあ。弦の破壊力は抜群なんだから、 もうちょっと頭を使っていれば全国なんか簡単に狙えたのに」
 弦 「いちいち頭アタマって言うなっての。ま、お前がいたおかげでこの 三年、結構楽しい部活動だったがよ」
 優 「僕もだ。大会の相手の誰より、弦の拳の速さのほうがよっぽど 脅威だったからな」
 昴 「女に手を出す速さは? とか」
 弦 「昴、コラァ!」

 にやにや笑いながら、二人にタオルを投げて近付いてくる昴。

 昴 「二人とも、もう今年で引退かあ…早いもんだよね」
 優 「あっという間の三年だったよ。いよいよ受験だしね」
 弦 「でもよ、俺に合わせた大学なんかわざわざ受けなくていいのによ。 推薦の話もあちこちから来てたんだろ?」
 優 「どこの空手部に行っても、弦以上のゴッドハンドに出会えるとは 思えないからなあ」
 弦 「いっそ二人で山にでも篭るか」

 ひとりでがはは、と笑う弦。

昴・モノローグ(以下M)「平穏な、日々でした」

 道場の外、道場の戸に歩み寄る、ひとりの女生徒。

昴・M「兄が笑っていて、優君がそこにいて、そして私もいて… そんな日々が、ずっと続いていくんだって、私は信じていたのです」

 がらり、と開かれる扉。三人、扉のほうを向く。

昴・M「その、扉が開く、一瞬まで」

女生徒「斬馬先輩、それから…妹さんも」

 遠慮がちに、話しかける女生徒。

女生徒「あのう…校長先生がお呼びです。お二人にお客様だそうでして」

○校長室
遮 那「斬馬…弦君、それから昴さん、ですね」

 校長室内、重々しい雰囲気。室内に入った二人を向かえる、自席で 小さくなっている校長。そして黒服にサングラスの人間を二名従えた、 二十代始めといったスーツ姿の女。長い髪をポニーテールにまとめ、 研ぎ澄まされたような美貌。

遮 那「私は叶 遮那(しゃな)。あなた方のお父様と同じ職場に 勤める者です」
 昴 「は、はい」

 ガチガチに緊張して応じる昴と、遮那の美貌に少々呆けている弦。

遮 那「さっそくですが、残念な知らせです。――お父様が、行方不明に なりました」
 弦 「親父が――?」

○斬馬家、門前
 玄関先、ゴツい四駆が停車している。車から降りて、その玄関を 見つめている遮那と二名の黒服。

 昴 「だから、兄貴が行ってどうするってのよ!?」
 弦 「うるせえぞ、お前は家で待ってろっての!」

 登山靴にアノラック、背中には大きなリュックと、完全な冬山装備にて 門前から飛び出そうとしている弦と、そのリュックを両手で掴んで 行かせまいとしている昴。

 昴 「大体…(ぐっ、と弦の耳を引っ張り、小声で)怪しいよ 。お父さんが行方不明になったって、警察に知らせる様子もなきゃ大々的に 探そうってつもりもないみたいだし」
 弦 「…親父がやってた仕事って政府関係がどうのだろ? その辺の理由 じゃないか?」
 昴 「そもそも、なんでお父さんが"日本アルプス"なんかで行方不明に なるのよ!? 乗ってたヘリコプターが緊急着陸して遭難ったって、 それに、いくら家族の捜索ったって、登山なんかしたこともないシロウトの 人間を、雪山に入る捜索隊に加えてくれるってどういうことよ?」
 弦 「だから、たぶん国家機密がどうので人手が裂けねえんだよ。だから 家族でも捜索隊の人手にだな…」
 昴 「そんなことあるわけないでしょ!」

 と、その玄関先に駆けつける、登山装備姿の人影。優だ。

 優 「間に合ったみたいだな」
 弦 「優?」
 優 「僕も行かせてもらうぞ、弦」

○日本アルプス山中
 晴天の下、雪積もる白い山裾を行く数十名単位といった捜索隊。全員、 揃いの白い冬山装備。中には小銃を持った者もいて、上空にはヘリが三機ほど 飛び交っている。捜索というより雪中行軍といった、きわめて仰々しい 雰囲気。
 そんな中、派手なアノラック姿が目立つ二人。弦と優。

弦「すげえ場違いって気がする…」
優「えらく重要人物らしいな、弦の親父さん」

 状況に物怖じすることなく、淡々と告げる優。

 優 「親父さん、何か国の仕事をしている人…だったよな」
 弦 「工学博士なんて肩書きは持ってるよ。可愛い子供二人置いて、 小笠原の研究所に篭りっきりだ」
 優 「それが、どうして日本アルプスなんだ? …悪い、 無神経すぎたな」
 弦 「構いやしねえよ。元々年に何回かしか家に戻ってこないし、 何の仕事してるかも言いやしなかったからな…興味もなかったけどよ」
 優 「国の機密に関わる仕事、っていうのは案外冗談でもないかもな」
 弦 「あ?」
 優 「…ただの捜索隊じゃない、ってことぐらいは、判るよな?」

 小声で言い、素早く周囲の行軍に目を走らせる。

 優 「…訓練されてる整列に、武器類まで含めた装備。 ヘリの日の丸――」
 弦 「兵隊、ってことか」
 優 「ますます気に入らないな――ひとりの人間の救出にこれだけの 部隊が動いて、それに…」

 弦に視線を向ける。

 弦 「…家族だから、ってだけの理由じゃ、ないんだろうな…やっぱ」

 一方、その二人から距離を置き、手にした無線機にて、小声で何処かと 交信を交わしている、厳しい表情の遮那。

遮 那「…はい、彼については予定通りに。それと無理に同行を申し出た イレギュラーの少年については…」
 弦 「叶さーん」

 そこへ、急に呼びかけてくる弦の声。

遮那「…交信終了」

 慌てた様子もなく、通信機のスイッチを切る遮那。

 弦 「あそこですかー、親父の乗った飛行機が、緊急着陸したらしい 山って」

 行軍の向かう先の、ひときわ雄大な山を指す弦。
 冒頭、何処かのコクピットの視点から見えていた、あの山である。

 その行軍を見下ろす山の一角。双眼鏡にて、その行軍の様子を偵察 している、三人の戦闘服の男。男のひとり、双眼鏡の視界に弦の姿を捕らえ、 通信機のスイッチを入れる。

 男 「こちら先行偵察隊。目標の存在を確認…」

○山裾
捜索隊リーダー「整列!」

 件の山の麓、リーダーの一声に、その場に集まり整然と並ぶ捜索隊。

捜索隊リーダー「これより捜索対象"X"の落下地点を目指す! 回収に 関する手筈は出発前の指示の通り、それぞれ三班に分かれ、ヘリからの 上空指示にて…」
 弦 「ちょ、ちょっと待った!」

 捜索隊リーダーの指示に、待ったをかける弦。

 弦 「なんだよ捜索対象"X"とか回収とかってよ! だいたいあんたら 本当に親父を探しに…」

 その、弦の言葉と表情が凍りつく。弦のすぐ目前、例によって厳しい 表情にて、その弦にハンドガンの銃口を向けている遮那。

 優 「待て、あんた…!」

 弦の前に出ようと動きかける優、その側頭部に、別の捜索隊員の銃口が 突きつけられる。

 優 「あんたたち…」
遮 那「君たち二人は、これから私と行動を共にしてもらいます」

 刹那、爆発、宙に咲く大輪。上空を飛んでいたヘリの一機が突然 爆発する。
 何事かと宙を見上げる一同。瞬く間に、次々と残る2機のヘリも 爆発――撃墜される。
 ゴォォ…、上空、爆音を上げて迫り来る、翼長三百メートルはあろうかと いう二機の"超"大型輸送機。
 輸送機から、続々と飛び降りてくる空挺部隊。空中にて開く無数の パラシュート。降下兵群、宙から捜索隊を銃撃してくる。何人か撃たれ、 倒れる捜索隊員。

捜索隊リーダー「展開! 応戦せよ!」

 リーダーの声に、それぞれ持ち歩いていたもの、荷物に収納していたもの などの武器類を取り出し、応戦を開始する捜索隊。開始される突然の銃撃戦。
 慌しい状況の中、まだ状況を飲み込めず呆然としてしまっている弦と優。 その二人に、指示を飛ばす遮那。

遮 那「ついてらっしゃい、急いで!」

 遮那の声に、訳も判らず一緒について駆け出す二人。

捜索隊員「叶指令補をお守りしろ!」
捜索隊員「ICONめーっ!」
 優 「イコン…?」

 三人を護衛すべく、一緒についてくる二人の捜索隊員。が、二人とも こちらを狙ってきた銃弾の前に楯となって撃たれ、倒れる。刹那、

 優 「弦、危ない!」

 突然、弦の前に出る優。その身体を貫く銃弾。
 うっ、とひと言うめき、倒れる優。

 弦 「優ーーーっ!」

 弦、絶叫。その様に構うことなく、弦の手を引き、駆ける遮那。

 雪原の戦場を見下ろす岩山。その銃撃戦――否、一方的な虐殺を 見つめるひとりの黒い戦闘服。その顔は映らない。
 雪原、襲撃してきた一団の圧倒的な火力の前に、既に全滅寸前の捜索隊。

○雪原、クレバス
 切り立つ断崖。息を切らし、その狭間に逃げ込んでいる遮那と弦。

 弦 「畜生、畜生、畜生ーっ!」

 駆けながら、唸る弦。

 弦 「何なんだあいつら、優が、優が――!」
遮 那「――着いたわよ」

 唐突に、立ち止まる遮那。とっ、と勢いでつんのめりそうになりながらも 止まる弦。自分たちが駆け込んだ断崖の奥、思いもよらない光景が 広がっている。
 断崖は唐突に途切れ、擂鉢状に抉れている広大な空間。雪と氷に 凍り付いているとはいえ、ひと目で判る、何か、巨大な物体が落下した跡。
 いつの間にか、晴天だった天候は灰色に染まり、雪がちらついている。

遮 那「二十年前、ここにひとつの流星が落ちた…」

 淡々と、語る遮那。

遮 那「そして、君のお父上もここに墜落した。何者かに導かれるように」
 弦 「流星…墜落ゥ?」
遮 那「私たちの探し物は、たぶん、この奥よ」

 呆然と、その凍てついた落下跡の底を覗き込む弦。

 ドクン、一瞬、撥ねる鼓動。

○四駆の車内
 昴 「――!」

 は、と顔を上げる昴。一瞬脳裏に浮かぶ、咆哮する獣の横顔のシルエット。
 高速道路上を走る四駆。昴、その車内にて黒服、サングラスの男たちに 囲まれるように座席に収まっている。

 昴 「駄目…」

 ドクン、昴の鼓動が撥ねる。
 慄然と、うめく。

 昴 「兄貴…それに近付いちゃいけない…」

○雪原、落下跡
 弦 「うわっ」

 慌てる弦。突然、足元がぐらりと震えだす弦。いや、落下跡全体が 振動している。
 カッ――、突然、発光する落下跡の底、

○雪原
 上空、二機の超大型輸送機の腹のハッチが開き、合計三つ、 巨大な物体が雪原へと落とされる。巨大な肩、背の二枚のスタビライザー、 頭頂部から後方に伸びる一本角。そして、何の意匠か、腰部の前面に 配された鬼面のごときレリーフ。身長二五〜三十メートルはあろうかという、 三機とも同型の人型のマシン。背の開閉式ブースターを一度だけ噴かし、 着地する三機。
 捜索隊を襲撃した謎の軍団、ICONの巨大人型多肢兵器、獣骸である。
 そのコクピット内、交信を交わすパイロットたち。



パイロットA「回収部隊、降下完了」
パイロットB「これより目標落下地点へ向かう…なんだ?」

 視界スクリーンの一点を凝視するパイロット。弦と遮那が逃げ込んだ、 あの山の落下跡の付近、ボウ…と漏れている淡い輝き。

○雪原、落下跡
 目を見張っている弦。氷に閉ざされた落下跡の底、地響きと共に地割れが 走り、その地割れから閃光が溢れ出している。光が落下跡全体を覆う氷に 乱反射し、ある種荘厳な光景。
 そして、落下跡の閃光を漏らす地割れ、まるで意図的に、何かの意匠を 形作るように地面に走っていく。それは…真正面を向いた、咆哮を上げる、 獰猛なる肉食獣の顔。

 弦 「なん…なんだ」

 怯え、一歩、あとずさる弦。その背を、何者かの手が叩く。

 弦 「うわ!」

 バランスを崩し、落ちる弦。落下跡の底へ――!

○四駆の車内
 昴 「兄貴ーーーっ!」

○雪原、落下跡
 弦 「うわぁーーーっ!」

 絶叫、落ちていく弦。閃光の中、獣の口腔に呑まれるように、落下跡の 地割れの中へ…。

○雪原
 カッ――、
 ひときわ高く、光の柱のごとく目標の山から天に走る閃光。

パイロットA「なんだ!」
パイロットB「目標地点だ、急げ!」

 驚嘆する、地上部隊と獣骸のパイロットたち。三機の獣骸、目標の山へと 向かい、歩き出す。

○謎の空間
弦「うわあああああっ!」

 絶叫を上げている弦。淡い光彩が渦巻く、謎めいた空間。その空間の中、 弦の身体が粒子を散らすような、淡い燐光に包まれている。いや、身体 そのものが"光の粒となって、空間に滲み、溶けていく"。あの、冒頭の コクピットの中の男のように。

弦・M「なんなんだよ…死ぬのかよ俺。こんな、訳の判らない化け物に 喰われてよ」

 自分の肉体が泡粒のごとく溶け、弾け散っていく苦痛の中、何事が 起きたかもわからず目を見開いている弦。自分の手の肘から先が、完全に 宙に溶け散ったのを目の当たりにする。

弦・M「冗談じゃねえ…死にたくねえよ俺、まだ、死にたくなんか…」

 脳裏に浮かぶ、昴の、そして優の笑顔。

謎の声「…死にたくないか?」
弦・M「誰だ…?」
謎の声「…生きて、いたいか? 愛する人間の元に帰りたいか?」
弦・M「誰だ…お前…?」
謎の声「…生きていたいなら、聞け、俺の言葉を」

○雪原、落下跡
 既に周囲を囲んでいる、三機の獣骸。その落下跡、閃光と共に猛烈な 勢いで水蒸気が噴出している。地面も未だ細かく震え、迂闊には近づけない 状況。



パイロットC「凄い蒸気だ」
パイロットB「噴火する…ということはないよな」
パイロットA「準備しろ。噴火より、タチの悪いものが出てくるかも知れんぞ」

 一機の獣骸が、油断なく手にした銃器を構える。

○謎の空間
謎の声「…では、それでいいな」
弦・M「わか、った…」
謎の声「…契約成立だ」

 満足したかの声。

謎の声「…これを裏切ることは許されない。お前は、もう後戻りは 出来ない」
弦・M「構わ、ないよ…これで、あいつが守れる、なら…」
謎の声「…よかろう、では」
弦・M「ああ…こんな、こんな化け物に…喰われやしねえ…」

 絶叫する弦、

 弦 「――俺がこいつを喰ってやる!

○雪原、落下跡
 ドオッ――! 突如、落下跡から巻き起こる水蒸気爆発!

パイロットC「な、何が起きた?」

 噴き上がる白い爆煙の中に包まれる、最も落下跡に接近していた パイロットCの獣骸。その一機の獣骸の目前、爆煙の中にギラリと輝く、 鋭い双眸、
 突如、その獣骸の、武器を持った右腕に何物かが噛み付く! 驚愕する パイロットC。獣骸の腕に噛み付いた――凶暴な風貌の肉食獣、その首を 振るう。勢いのままに右腕を噛み千切られ、後方へ飛ばされる獣骸。

パイロットC「ひっ…」

 倒された機体の中、怯えるパイロットC。
ズン、ズン…、噴き上がる水蒸気の中から、その肉食獣が――肉食獣の頭を、 胸板に抱いた"何者かの影"が、ゆっくりと歩み寄ってくる。水蒸気の中から、 徐々にその姿を現す影。全身を包む凍てついたかのごとき青色、肉食獣の 獣面の白い鬣、両手、両足の鋭い爪、稲光のような意匠の頭部の二本の角。  右腕を失いつつも、立ち上がるパイロットCの獣骸。

パイロットC「なっ、なんだあれは?」

 獣骸を前に、その拳を振り上げる青い影。刹那、衝撃、
 一瞬の出来事。青い影の鉄拳が、獣骸の胸板を貫き、突き込まれている。

 岩山。先のICON部隊の襲撃を見据えていた黒い戦闘服の男、 その青い影の覚醒を見つめている。その腕の中、倒れたであろう何者かが 抱えられている。そのだらりと垂れた手先から地に落ちる、赤い雫。

○小笠原諸島、達磨島
 何か構造物が点在しているのが見える、その名の通り丸をふたつ 繋ぎ合わせたような形状の島の全景。その建物類の中央構造物内、 大型スクリーンが配された広い部屋。複数のオペレーターが忙しく 立ち回る指揮所。
 スクリーンに映る、衛星からのものと思われる荒い映像。獣骸の胸板に 鉄拳を喰らわせている青い影の姿。

オペレーター「起動、確認しました!」

 興奮気味に、室内の中央にいる二人の人物に告げる。二十代後半といった 美貌の女性と、軍服に身を包んだ、精悍な印象を与えるまだ三十路といった 男。二人がこの島の責任者である。

オペレーター「――斬砕刃(ザンサイバー)です!」

 女性のほうが三枝小織博士。そして、男性のほうが藤岡司令官。 青い影――ザンサイバーの姿のある、大型スクリーンを凝視している二人。

○雪原、落下跡
 獣骸の胸から拳を引き抜くザンサイバー。胸のコクピットごと大穴を 穿たれ、倒れる獣骸。
 ザンサイバーの胸の獣面、口腔を開く。オォォン…! 山間に響く、 巨大な咆哮。

○四駆の車内
 昴 「兄、貴…」
 呆然と、うめく昴。そのまま気を失い、頭を垂れる。

○雪原、落下跡
 仲間の機体を、拳の一撃で倒したザンサイバーを前に、残る二機の獣骸、 あとずさる。

パイロットA「あれが…回収対象"X"」
パイロットB「くっ、くそっ、化け物が!」

 パイロットBの獣骸、ザンサイバーに銃口を向ける。唸る銃口、 ザンサイバーの本体に、一発と漏らさず撃ち込まれる銃弾。しかし、 その全弾を受けても、ザンサイバーの装甲に傷ついた痕跡は見られない。
 ザンサイバーの首が、今、自体を撃ったほうの獣骸に向く。ザッ、 ザンサイバーの足が雪原を蹴る。跳びかかるザンサイバー。

パイロットB「うおおおおっ!」

 悲鳴を上げながら銃を乱射する獣骸。だがザンサイバーに対してさしたる 効果はない。ザンサイバーの腕の甲に配された爪、その二対の刃を 長く伸ばす。一瞬、伸びた爪と爪の間に迸る電光、
 斬――、肩から切り落とされる、獣骸の腕、着地ざまザンサイバー、 一旦身を沈め、大きく左足を回転させるように揮う。その回し蹴りの 直撃を細い胴体に受け、腰から上が吹っ飛ばされる獣骸。爆発。

パイロットA「おっ、おのれぇぇっ!」

 最後の一機の獣骸、銃器を捨て、接近戦用の武器…大振りな戦刃を取る。 戦刃を手に、ザンサイバーに斬りかかっていく獣骸。揮われる戦刃、



 ガッ、ザンサイバー、その刃の直撃を左腕の甲で受ける。恐るべきことに、 ザンサイバーに傷ひとつつけることなく、その戦刃そのものが砕ける。

パイロットA「馬鹿な――」

 ザンサイバー、そのまま伸びた左腕の爪を、武器を失った獣骸へと 突き刺す。爪に迸る電光。内部から破壊的なエネルギーを打ち込まれ、 爆発、四散する獣骸。
 敵ひとついなくなった、白銀の戦場。一体だけ屹立している ザンサイバー。
 その様を、いつの間に逃げ出していたのか、岩陰からひとり覗いている 遮那。その表情に、初めて感情めいたものが見える。嘆くような…。

遮那「…動かせて、しまったのね」

 ザンサイバー、咆哮――。

○達磨島
 眉ひとつ動かさない藤岡と、わずかに歓喜の微笑を見せる三枝。

○広い部屋
 何処の場所ともはっきりしない、四方を長方形の窓に囲まれた広大な 部屋。ひとり佇んでいる長身の女性。緩やかにウェーブのかかった長髪と 細い輪郭、その顔はまだ映らない。
 謎の組織、ICONの指導者、イオナである。

イオナ「動き…始めた」

○雪原
昴・M「平穏な日々は、終わりを告げました」

 宙に咆哮を上げ続けるザンサイバー。
 あの、落下跡のあった山、その咆哮に応じるように震え始める。 山頂から崩れ落ち始める、降り積もった雪と氷。

 ザンサイバー、コクピット内、初めて露になる。全身汗だくとなり、 裸のままで操縦桿を握り締めている弦。噛み締めた歯を剥き出し、 とまどうような目をギラつかせ、その呼吸は荒い。

 弦 「ああ、あ…」

 乾いたうめき。溶け落ちたはずの自分の両手を凝視する。小刻みに 震えている両手。

 弦 「…ぅあ、うおおおおおーーーっ!」

   絶叫が、ザンサイバーの咆哮と重なる。

昴・M「そして、すべては動き始めます。この、すべてを壊す憎しみに 彩られた物語も、兄の成していく破壊も」

 岩山。黒い戦闘服の男の全身、初めて明らかになる。その顔は鋭い造形の 白い鬼面に隠され、鬼面の額からは両側に向けて二本の、金色の角が 伸びている。その様はまるで黒鬼。
 そして、黒鬼の腕の中、口元から血を一条流し、目を閉じている――優。

黒 鬼「復活したか、破導獣が」

 咆哮を上げ続けるザンサイバー。その背後、轟音を立て、山がひとつ 崩れていく。砕け散る巨大な氷と、大津波のごとき雪崩となって 落ちていく雪。壮大な破壊の様。

昴・M「二十年前、この場所に落ちた流星が定めていた、私たちの運命も」

(「Destruction2」へ続く)







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