Destruction4.5−「0≠X」


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○洋上、日本列島、俯瞰
 ドォォ…、
 重々しい轟音と共に、関東平野を包み込んでいる閃光。画面、暗転。

画面クレジット「関東平野消滅より、」
画面クレジット「1ヶ月前――」

○長野県松本市
 市街地。ズン、重々しい足音と共に、路面を踏みしめる巨大な足。 松本城下方よりパン、一斉に空へ飛び立つ鳩の群れ。行く手の建物を 突き崩しつつ、町中を重々しい足取りで進む、人型多肢兵器の巨体 (その各部をカットインで描写し、全身像は見せない)。
 機体が街中を進み、その背後に立ち上っている陽炎。その陽炎に 呑まれたかのごとく、機体の背後で機体自体が踏み砕いた瓦礫が塵芥と なって宙を舞っている。
 逃げまどう群衆。崩壊し、黒煙を上げている建物。パニックに陥っている 市街。戦車隊、ヘリからなど自衛隊の散発的な攻撃が続いている。
 多肢兵器の手にしていた大剣、その切っ先が振り上げられる。その 一閃の直撃を受け、空中で焔の大輪と化す攻撃ヘリ。

○小笠原諸島、達磨島研究所“十字の檻(クロスケイジ)”
 十字状に構築された研究施設が目を引く、俯瞰からの島の全景。 島全体に鳴り響く非常警報。

施設アナウンス「松本市に巨大多肢兵器出現!」
施設アナウンス「敵の詳細は不明、現在自衛隊が交戦中!」

藤 岡「ザンサイバー、出動!」

 指令室より藤岡司令官が指示を飛ばす。
 施設中央、発進サイロから天空へと伸びる閃光の巨柱。発進するザ ンサイバー。

○松本市
 多肢兵器の巨大な足が、行く手を塞ごうとした戦車を踏み潰す。 多肢兵器の足元から上がる爆発。
 と、上空、爆音を響かせ高速で迫ってくる機影。

 弦 「こォォォの野郎ォッ!」斬馬 弦駆る蒼い巨体、ザンサイバーだ。 「好き勝手暴れてンじゃねェぞォッ!」


 宙で一転する機体、挨拶代わりとばかり、陽炎の尾を引くその敵機の、 後頭部へ高々度からのキックを決めようとする。刹那、

 弦 「――ッ!!」

 その爪先が敵機の背後に炸裂しようとした一瞬、違和感を感じる弦。 宙で激しく揺さぶられるザンサイバー。敵機にまっすぐ突っ込もうという 慣性の法則を無視し、突然、上下左右あらぬ方向へとあちこち機体を 引っ張り回す、発狂したかの重力が機体を襲ったのだ。
 敵機に攻撃を見舞うことも叶わず、たまらず宙空へと跳ね飛ばされる ザンサイバー。

 弦 「ぐわああっ!」

 弦の悲鳴と共に、敵機の遙か前方、高架道を爆砕しつつ背中から 地に叩き付けられるザンサイバー。その様を冷たく見据える、敵機の眼差し (目線のみアップ)。

 弦 「…くそったれ」呻きつつ、機体を立ち上がらせる弦。改めて 敵機の姿を視認する。驚愕に、その目が見開く。「――なっ!?」

 その、剣を手にした巨体。長大な脚そのものを覆う大振りな装甲、 手にした歪な形状ながら破壊力を感じさせる大剣。胸部にてザンサイバー を睨み付ける、黒く、凶々しさに満ちた造形の邪竜の面。


“十字の檻”。目の当たりにした、敵機の姿にやはり驚愕を隠せない 藤岡と三枝博士、そして昴。

藤 岡「あの機体は――」
三 枝「そ、そんなっ!?」こと、衝撃を受けている表情の三枝。 「ば、馬鹿な…」


 ICON本部、要塞島。指導者イオナ、側近サイレント・ ボーンストリングもさすがに目を見開いている。


 飲屋街の一角にある風俗店、その二階の機械だらけのやや暗い一室。 モニタ越しに松本市の様子を見据えている、謎の初老の男、トキさん こと時実。

時 実「…興味深いモノが出てきたな」


 松本市、対峙する二機から離れたパーキングビル上階層。停車した バイクに跨り、ビデオカメラを向けつつあらら、という顔の月島蘭子。

蘭 子「なんとも、まあ…」無感動に呟く。「これはまた…あなたは、 どう思われます?」

 誰ともなく問いかける。いや、その声を聞く者がひとりいる。蘭子から やや離れた柱の陰、腕を組み、無言で戦場を見据える黒い戦闘服。
 ICONの指導者イオナに仕える鬼面の戦士、黒鬼――。


 果たして戦場でザンサイバーが見たものとは? 明らかになる、敵機の 表情。その頭部の顔はザンサイバーに似ている…否、ついに画面に露わ になる敵機の全身図。そのシルエットは、大剣を手にしていることを 除けばザンサイバーに、あまりに酷似している!
 一方、市街上空、飛来する高速ヘリ。それに乗るのは遮那である。 彼女もまた、ザンサイバーを追い詰める敵機の姿に驚愕を禁じ得ない。
 それはまた、別の意味で、だ。

遮 那「そ、そんな…」唸る。「…にい、さん」

 カットバック。過去、富士山麓試験場。ICONとの戦闘のさなか、 自ら操る多肢兵器コクピット内、光の粒子に分解され“喰われて”しまう、 自身の兄。

三 枝「そんな馬鹿な!?」たまらず叫ぶ三枝。「馬鹿な、どうして サイバーゼロが!?」

 ザンサイバーの前に立ち塞がる、自機と同様の姿をした多肢兵器、 サイバーゼロ!


○ サブタイトル 「Destruction4.5 ― 0≠X」

○松本市
 弦 「ケッ、ザンサイバーのバッタモンたぁ、なんともヒネリのない 相手が来やがったじゃねえか」サイバーゼロを改めて一瞥し、 鼻を鳴らす。「上等、本物の怖さ、たっぷり教育してやるぜッ!」


 肩のホルダーから可変金属棍バリアブル・ロッドを抜き、駆け出す ザンサイバー。
 一方、“十字の檻”、ザンサイバーの前に立ち塞がった敵、 サイバーゼロへの動揺から抜け出せないでいる三枝博士。

三 枝「それに…九九式破甲刀“巌流”!」サイバーゼロの手の大剣を 凝視し、唸る。「そんな…アレを誰が完成させられると…一体誰が!?」
藤 岡「いかん、待て、弦! 迂闊に近付くな!」

 だが、駆け出した弦の耳にそんな言葉は届かない。ザンサイバーの 手が金属棍を振り上げると同時、リキッド・メタル製の金属棍が変化、 巨大なる斧へと変形する。戦刃クロスブレイカーだ。
 長大な柄を両手で構え、雄叫びと同時、戦刃を振り下ろすザンサイバー。 そのザンサイバーに対し、軽い動作で、右手の大剣を揮うサイバーゼロ。
 ガキィッ! 刃と刃が噛み合う、痛々しいまでの金属音。斬り結ぶ大剣 と戦刃。刹那、驚くべきことが起きる。

 弦 「ゲッ――」

 呻く弦。真正面から大剣と戦刃がぶつかったその一瞬、幅広の戦刃が、 まるで薄紙一枚のようにすらりと斬り裂かれたのだ。
 流石に首を仰け反らせるザンサイバー。一瞬後、クロスブレイカーを 切り裂いた剣筋がそのザンサイバーの首薄皮一枚を奔っていく。ザッ、 と膝を着くザンサイバー。

 弦 「や、野郎ォッ!」

 右手に刃を裂かれた戦刃の柄を手にしたまま、左腕を揮う。その手甲から 伸びる、プラズマの尾を引く鋼爪パイルドスマッシャー。大剣を 振りかざし、がら空きになった胸の竜面に鋼爪を叩き込もうとする。
 が、一瞬早く揮われるサイバーゼロの右脚。攻撃が届くことなく、 後方へと蹴り飛ばされるザンサイバー。尻餅を着くように地面を抉る。
 その様に、口元に手を当て息を呑む昴。

藤 岡「戦い慣れしているだと!」

 戦場、立ち上がり、体勢を立て直すザンサイバー。

 弦 「舐めるなぁーーーッ!」

 真正面から、自暴気味に駈け出す。どこか退屈そうな動きで、再び 大剣を振り上げるサイバーゼロ。その一瞬の隙、
 轟! ザンサイバーの背のブースターが吼えた。急加速、虚を突かれ、 瞬時に懐に入られるサイバーゼロ。大振りな大剣では、懐に 入られすぎては迎え撃つことが出来ない。
 取った、一瞬口の端を緩ませる弦。だが、戦い慣れているという藤岡の 言葉が、そのまた一瞬後に裏付けられることとなる。ガン、突然の衝撃に 目を見張る弦。
 ザンサイバーが懐に飛び込んできた刹那、手にした大剣の柄尻が ザンサイバーの後頭部を叩いたのだ。高速でのベクトルを突然狂わされ、 顔面から地面に抉り込んで倒れるザンサイバー。容赦なく、 サッカーボールのようにその蒼い巨体を蹴り飛ばすサイバーゼロ。

 弦 「ぐわぁぁぁぁーーーッ!」

 たまらず悲鳴を上げる弦。


 ICON本部。

ボーン「な、何と!?」流石のボーンも、いつもの冷静さをかなぐり捨て、 いいようにあしらわれているザンサイバーの無様に見入る。「あ、 あの機体は一体…? 指導者イオナ!」

 振り返るボーンに、首を横に振るイオナ。

イオナ「私の、いえICONの与り知らぬ機体…だが」戦況を映す画像を 凝視し、告げる。「似ている…現在の、ザンサイバーの完成前の姿。 ザンサイバーの直接の骨格である機体――サイバーゼロに」


 もはや容赦しないと、次々とザンサイバーに向かって大剣を振り回す サイバーゼロ。威信たる頭部の稲光のごとき角も片方斬り飛ばされ、 装甲の各部に深い裂傷が刻まれていく。

 弦 「畜生! 畜生! この野郎ォッ!」

 それでもなお、ザンサイバーをまっすぐ敵機に突っ込ませていく弦。 揮われる大剣。
 斬――! ザンサイバーの右腕が、肩口から切断された。斬り裂かれた 肩装甲ともども地に転がるザンサイバーの右腕。一瞬遅れて、破導獣の 生血たるリキッド・メタルの銀色の飛沫が傷口から盛大に噴き出す。





 サイバーゼロの左腕の小型シールドが前方にスライド、その左拳を 包み込む。右肩から銀色の飛沫を噴き、フラフラになりつつも立っている ザンサイバーに、アッパー気味に揮われる左拳。激突の瞬間、拳の前方に 発生する歪んだ空間。震われた拳がザンサイバーの胸部獣面の顎から 叩き込まれ、下顎を砕かる。その衝撃と共に信じられない高度にまで 宙に舞うザンサイバー。

三 枝「重力衝撃!?」
藤 岡「いかんっ!」

 跳ね飛ばされ、宙を舞うザンサイバー、遮那の乗る高速ヘリのすぐ 鼻先を掠めて飛ぶ。

遮 那「――! 弦くんっ!」

 宙を舞い、上空から落下してくるボロボロのザンサイバーを、とどめと 両断すべく大剣を揮うサイバーゼロ、
 瞬間、

遮 那「な…!」

 その様を直接目の当たりにする遮那。大剣を喰らう一瞬、最後の力を 振り絞って振り回されたザンサイバーの足が、ギリギリのところで大剣の 横腹を蹴ったのだ。
 だが、ザンサイバーに出来る反撃もここまで。そのザンサイバーの 起死回生の大剣への蹴りにも、微動だにしないサイバーゼロ。そのまま剣を 揮う。跳ばされるザンサイバー。
 建物を突き崩しつつ倒され、今度こそ、立ち上がることもままならない ザンサイバー。全身に刻まれた装甲の裂傷からは火花が散り、特に右腕を 失った肩口からは、なお絶え間なくリキッド・メタルが溢れだし、地に 銀色の水溜まりを作っている。
 そのザンサイバーに対し、何故かとどめを刺すどころか、振り向きも しないサイバーゼロ。そのまま大剣を手に、何事もなかったかのように、 その大樹のごとき脚を振り上げ行軍する。南へと――。

 弦 「…ちき、しょー」

 弦の目に映る、機体自体が発している陽炎に滲む、サイバーゼロの 後ろ姿。あちこちの計器、パネルから火花と薄煙が上がり、その内壁すら 歪んでしまっているコクピットの中、気力を使い果たしたかのごとく 動けないでいる弦。
 誰疑うまでもない。ザンサイバー、敗北である。
 市街地を赤く染め上げる夕陽。赤く照らされ、倒れるザンサイバー。 その周囲を舞う数機のヘリの群れ。

○夜、蓼科山麓、茅野市郊外国道
 まるで車の通りのない峠道。ヘッドライトの光が路面を裂き、疾走する バイク。蘭子のものだ。そして、小型カメラをガムテープで固定された そのヘルメットの、バイザーに覆われた蘭子の視線の先、監視する数機の ヘリを引き連れつつ、山間の麓を踏破していくサイバーゼロ。
 陽の光届かない夜だというのに、その背からはやはり陽炎がたなびき 視界を滲ませている。否、こうなれば誰の目にも判断できる。 サイバーゼロの背から発されているのは、機体自体の発熱による陽炎 などではない、サイバーゼロの背後の空間そのものが、何らかの異常を もって滲んでいるのだ。
 サイバーゼロに引かれる“空間の滲み”の中、舞っている、 サイバーゼロ自身が踏み砕いてきた瓦礫や木々、岩塊といった塵芥。
 サイバーゼロをサーチライトで照らすヘリの一機、その中には、複雑な 表情の遮那もいる。
 一方、バイクを疾走させる蘭子、メットに内蔵された無線にて通信 している。

蘭 子「先生。サイバーゼロは現在JR中央本線沿いに南下、もうすぐ 山梨に入ります」

○風俗店二階、時実の部屋
 裸電球ひとつの暗い室内。モニタ越しにサイバーゼロの行軍の様子を 見据えつつ、蘭子からの報告に耳を傾ける時実。

蘭子の声「このまま行けば、富士の御来光を拝もうってコースになります けどー…やっぱり自分のふるさととも言える、富士の実験場目指してる んでしょーかぁ?」
時 実「いや、富士など通過点に過ぎないだろうね」
蘭子の声「とゆーと?」
時 実「むしろ、私はこのサイバーゼロが、“出現した地点”にこそ 興味があるよ」
蘭子の声「出現した地点、って…」
時 実「ふむ…とにかく蘭子は、このままサイバーゼロを追ってくれ。 弦くんが再びあの機体にどう挑むか、興味深いところだからね」
蘭子の声「えー、斬馬 弦くん、ホントにあの機体に勝てるんですかー?」 さも意外そうに言う。「先生、むしろ、いまこそ私たちがカレの前に出て…」
時 実「いや、確かにイレギュラーな事態だが…ことの真相がはっきり するまでは、まだ我々は傍観者に徹するべきだろう」
蘭子の声「でも、あの機体…」
時 実「それは、同志殿が今調べてくれている」

○同刻、日本アルプス山中
 未だ、先の“進化の刻印”奪取作戦での襲撃痕も生々しいドーム 観測隊キャンプ跡。寒風吹きすさぶその雪原に、ひとり立つ黒衣の鬼面、 黒鬼。無言で、眼前にそびえ立つ白い遺跡…ドームを見据えている。 そのドーム表面の一部、刻まれた、咆吼する獣面のごとき傷痕。 その傷痕が、ドーム内部からの光を漏らすがごとく、淡く輝き、 脈打っている。

○同刻、松本市
 戦闘の痕も生々しい市街地。その瓦礫の地平の中心、数台の照明車からの サーチライトに照らされ、傷だらけのまま上体を起こしている ザンサイバー。切断された右腕の周囲に仮設の整備ハンガーが置かれ、 代わりの右腕との交換作業が進んでいる。ザンサイバーの周囲を 慌ただしく駆け回る“十字の檻”の整備スタッフ。夜を徹し、 修理の進むザンサイバー。


 そのザンサイバーの修理作業を横目にする野営地。仮設されたテント の中、いくつかの端末が用意され、オペレーター達がコンソールに 向かって作業中。そこに居座っている弦と、その場に駆けつけている藤岡。
 端末のモニタ越し、“十字の檻”に残った三枝博士がサイバーゼロに 対する見解を告げている。そのモニタの中、三枝博士と距離を置いて 何故か映っている昴。

三 枝「あの機体がサイバーゼロであるはずはあり得ない。完全な紛い物 …むしろ、あの忌まわしい贋作はエビルフェイクとでも呼称すべきで しょうね」
 弦 「えらくあっさり言い切ってくれるじゃねえかよ」

 自信ありげに断言する三枝博士に対し、頭に包帯を巻いた弦、 つまらなそうに告げる。

三 枝「サイバーゼロとは、現在の姿に改装される前のザンサイバーの、 実験機段階での呼称なの。地上唯一ブラック・スフィアを体内に孕む、 絶対的にオンリーワンの機体。あのエビルフェイクは、文字通り贋作 (フェイク)でしかないわ。絶対の理としてね」
 弦 「そのバッタモンが、どうしてああも簡単にザンサイバーをねじ 伏せてくれる訳だよ、エェ!?」三枝の小馬鹿にしきった物言いに、 さすがに怒りを隠さない弦。「ザンサイバーをさんざコケにしてくれた だけじゃねえ、あんたご自慢の二次元絶対シールドも簡単にザクザク にしてくれてよお、それになんだ、あのとんでもねえ切れ味――」

 思い返す。刃先が真っ向から激突したにもかかわらず、簡単に サイバーゼロの剣に裂かれる戦刃クロスブレイカー。

 弦 「…思い返すだけでも、背筋がムカつくぜ」

 歯を、ギッ、と鳴らす。

三 枝「九九式破甲刀“巌流”」ぽつり、と告げる三枝博士。 「ザンサイバー――サイバーゼロの開発過程で、専用武装として設計 された武器よ。結局は未完の武器に終わったのだけれど」
藤 岡「三枝博士、私もあの剣には興味がある。一体どういった武装 なのです」
三 枝「ザンサイバーに持たせるために設計された武器。ブラック・ スフィアを内包することを想定された剣…そして、ブラック・スフィアを 孕む最強の武器を揮えるのは、ブラック・スフィアを孕む最強の存在、 破導獣のみ」
藤 岡「あの剣の中に、ブラック・スフィアが? しかし…」
三 枝「そう、本物のブラック・スフィアはこの星にたったひとつだけ。 正確には、“巌流”に内蔵されるのはその模造品となる疑似ブラック・ スフィアですが」訥々と語り出す。「二次元絶対シールド。ザンサイバー の装甲表面に、機体の発する次元波動を二次元上に固定させることにより、 “高さという概念のない二次元絶対平面は上から貫けない”という概念 そのものを装甲とした絶対の盾。その理論を応用した斬敵兵器、それが “巌流”です」
 弦 「それで、要するにどういうカラクリの剣なんだよ」
三 枝「二次元絶対シールドがブラック・スフィアの発する次元波動を 二次元絶対平面とするなら、対して“巌流”は一次元完全直線を刃先に 形成するのよ」
 弦 「一次元…完全直線?」
三 枝「二次元を形成する概念が“平面”なら、一次元の形成概念は “直線”。太さも、幅もない、影の厚みすらよりも鋭い、完全なる “線”を刃とすれば、それこそ分子の隙間にすら斬り込める、それで 断てない物質は存在し得ないわ。二次元絶対シールドという盾と“巌流” の二大概念武装、その二つ最強の武器を持たせることがザンサイバーの ――サイバーゼロの元々の設計コンセプトなのよ」ふう、と小さく息を 吐く。「その切断力は、“矛盾”という相殺の概念すら超えて二次元絶対 シールドをも…いえ、むしろあれは」
 弦 「あーあー、ずいぶんとまた贅沢なお話で結構でございますがよ」 三枝の思考ループモードを断ち切る。「で、なんでそのザンサイバーの 武器を、あのバッタモンが持ってやがるって訳でしょーか? 三枝大博士 にそのへんぜひとも解き明かしていただきたいんですがねえ、エェ?」
三 枝「何者かが、サイバーゼロと“巌流”の設計を奪い、そして疑似 ブラック・スフィアの精製に成功した…ありえない」言って、自分で否定 する。「そもそも“巌流”が設計のみで終わったのは、私たちですら未だ 疑似ブラック・スフィアを精製し得ていないからなのよ。そもそも機体 というハードは用意できたとして、一体誰が、どうやって、疑似ブラック・ スフィアを作り得たというの…?」

 一瞬だけ、ちらりと昴に視線を向ける。先程から黙して俯いている昴、 その視線に気付かない。

藤 岡「――ともかく、方策を急ぐ必要はある。三枝博士、引き続き あの敵機の解析をお願いします」モニタの中、頷く三枝博士。「それと、 弦。貴様はこれから俺につきあえ」
 弦 「あン?」
藤 岡「あの剣に対する方策を練る必要がある。ザンサイバーの修理完了 と共に再び奴に仕掛けるとして、また考え無しに突っかかっていった ところで勝ち目はない」
 弦 「なんか思いついたのか? あの野郎をぶっちめる秘策がよ」
藤 岡「それを、貴様の身に叩き込んでやろうというのだ」

 にやり、と笑う藤岡司令官。

○風俗店二階、時実の部屋
 部屋中の無数のモニタの、その一面に映る黒鬼からの報告を聞く時実。

時 実「――そうか、やはり」
黒 鬼「日本アルプスから松本までの間に、僅かだが次元波動の残跡が 計測できた。時実博士、貴方の推測に間違いはなさそうだ」

 黒鬼からの報告を元に、手元のマウスをクリックする時実。時実のすぐ 目前のモニタに映るっている中部地方の日本地図、表示される、 日本アルプス→松本市→甲府へと繋がるライン。

黒 鬼「あのサイバーゼロの偽物は、如何なる経緯かは知らぬが日本 アルプスから松本までの間をずっと行軍していた…何者にもその姿を られることなく。いや、“行軍の間、少しずつ、実体を結びながら” …そして、松本市において初めて実対を持つ存在として顕在化した。 しかし、このような真似、ブラック・スフィア以外には考えられないが… やはりあの機体、ブラック・スフィアを内包しているというのか」
時 実「十日前、ザンサイバーは覚醒し、時同じくして日本アルプスの “遺跡”も発動、その姿を現した。ザンサイバーの裡のブラック・ スフィアに呼応するかのように」

 カットバック。日本アルプス、咆吼するザンサイバーと、その背後、 崩れ落ちる雪山の大カタストロフ。出現する“遺跡”――白いドーム。

時 実「“遺跡”の発動に伴い、爆発的に放たれた次元波動と空間の ひずみ…そしてそれが」言葉を句切る。「あのサイバーゼロの孕んだ、 ザンサイバーの物とは“また別の、ブラック・スフィア”に反応したと したら…?」
黒 鬼「だが、解せん。未だICON本部で解体されたままの“いま ひとつのブラック・スフィア”を孕む波動銀鳳、あの機体からブラック・ スフィアを抜き取ることはICONの技術でも不可能だったはず」
時 実「黒鬼殿、ひとつだけ言うなら」にこり、ともせず言う。「私は… あのサイバーゼロが、“偽物”とは、思っていないよ」

○松本市、朝
 夜明けの光が差し込む、瓦礫の市街地。蒼く澄んだ空に響く、木刀を 打ち合う音。
 弦の顔、その額に打ち込まれる揮われた木刀。ぶっ、と吹いて、その場 に尻餅を着く弦。

藤 岡「立て。あのエビルフェイクとやらの剣速、この程度の物では なかったぞ」
 弦 「…野郎をぶっちめる方策が、聞いて呆れるぜ」つつ…と呻きつつ、 自らも手にした木刀を杖に立ち上がる弦。すでにあちこち藤岡に 全身叩かれた後らしく、ふらふらの様。「要するに剣道の特訓かよ! 大体 俺ゃあ空手部だぞ、今さら付け焼き刃が役に立つかよ!」
藤 岡「別に、貴様に剣で奴と戦えとは言ってない」文句垂れる弦の 鼻先に、木刀の切っ先を突きつける。「だが剣の動きと痛みを知っておく のは、剣を手にした相手と戦う上では有効だ。特に、貴様のように頭で なく身体でしか物事憶えられない馬鹿にはな」
 弦 「言って――くれっじゃねえか!」

 頭に血が上り、木刀を大上段に振り上げる弦。その弦の腹に炸裂する、 藤岡の容赦ない突き。
 うげはぁッ、と膝を着く弦。

藤 岡「立て!」
 弦 「こっ…このクソ中年…」

 藤岡を睨み返し、なお立ち上がる。と、

伝 令「藤岡司令官!」その場に駆けつけてくる、伝令の兵士。 「報告します! ICON多肢兵器が4体、例の敵機を捕獲しようと しています!」
藤 岡「何だと!」

○富士山麓、山中湖付近
 樹海を踏み散らし、なおも南へと行軍を続けるサイバーゼロ・エビル フェイク。そのサイバーゼロを四方から取り囲むように、距離を置いて 併歩するICONの重多肢兵器、獣骸怒。
 上空。その様を、ヘリの機内から凝視している遮那。

遮 那「無謀な真似を…」

 回想。あの起動実験の日、試験場にて、やはり機体奪取に現れた ICON多肢兵器、獣骸2機を血祭りに上げるサイバーゼロ。

遮 那「似すぎている…どうしてこうも」

 その遮那の呟きをよそに、遂に行動を開始しようと、身構える4機の 獣骸怒。


ボーン「作戦開始だ。あの機体を奪取せよ。胴体が無事なら手足はもぎ 取っても構わん」

 ICON本部、司令室より指示を飛ばすボーン。

ボーン「…驚異はあの剣。あの剣さえ封じてしまえば…」


 四方から、一斉にサイバーゼロへと挑みかかる獣骸怒。そのヘビー級の ボディ4機分の、力任せにて押し潰すつもりだ。その突撃の様を意に 介するでもなく、すらりと手の大剣、九九式破甲刀“巌流”を振り上げる サイバーゼロ。まずは真正面から来る獣骸怒の1機に、直上から刃を 振り下ろす。
 刹那、驚くべきことが起こる。真正面から来た獣骸怒が、その身に 太刀の一撃を受けた瞬間“姿がかき消えた”のだ。しかも、剣を揮った 手には、敵を裂いた手応えがまるでない。
 ガシッ、あらぬ方向から、突然そのサイバーゼロの右腕が掴まれる。 今まで接近していた残る3機の獣骸怒の姿が忽然と消え失せ、瞬時に 真横から姿を現した2機の獣骸怒が、2機がかりで剣を持つサイバーゼロ の右腕を掴み上げたのだ。しかもその背後から、更に2機の獣骸怒が サイバーゼロを掴まえようとその手を伸ばしてくる。

ボーン「ダンスホール・プロダクター。敵機のセンサー系を狂わし、 戦場を思いのままに“演出”する獣骸怒の武装!」

 その、サイバーゼロの腕を掴み上げた2機の獣骸怒の背面、噴出口 から吹き出している黄金色の粒子。その粒子――ナノマシンがサイバー ゼロの視覚を狂わせ、迫り来る獣骸怒の位置を誤認させていたのだ。

ボーン「今だ! その右腕、千切り落とせ!」

 サイバーゼロの腕を掴んだ2機の獣骸怒、その腕にパワーが籠もる。 さらに後方から迫るもう2機! 刹那、
 ヴンッ…! 後方からサイバーゼロに迫った2機、そのサイバーゼロの 背後に立ち上る陽炎に捕らえられたかのごとく、激しい衝撃を受けて 機体全体が揺さぶられる。先日のザンサイバーの時と同様、機体全体に 四方八方からの重力の嵐が襲ったのだ。流石にザンサイバーほどの強度を 持たず、内部構造がねじ曲げられ、身体中の間接から小爆発を上げる2機。
 そして、“巌流”を手にした右腕を掴んだ2機もまた、サイバーゼロ からの逆襲を受ける。サイバーゼロの左腕の小型シールドが、その左拳を 包んだ。揮われる重力衝撃の鉄拳! 1機の胸板に叩き込まれた不可視の ハンマーが、その獣骸怒の重厚な装甲を碗上に丸く凹ませる。急激な体内 圧壊に、背部から爆発を上げる獣骸怒。
 これで残り1機。しかし、1対1となればもはやただの多肢兵器と サイバーゼロでは勝負にならない。サイバーゼロの胸部、岩肌を削った かの荒々しい造形の邪竜の面が、その口腔を大きく開き、吼える。 富士を臨む樹海に響き渡る、凶暴なまでの巨大な咆吼。胸部邪竜の 牙剥く口腔が、残り1機の獣骸怒の首筋に、激しいまでの勢いで喰らい 付いた。
 ギガガ…! 破砕音を立て、噛み砕かれる獣骸怒の首筋。喰らいつく 胸部邪竜の口元から上がる爆発。サイバーゼロの右腕を掴んだ手の力が 緩む。
 もはや右腕を揮うだけで、たやすく掴んだ腕から引き剥がされ、地に 叩き付けられる残り1機の獣骸怒。その獣骸怒に、真っ向から振り 下ろされる“巌流”の一閃――、
 湖畔に上がる、爆発の焔。空に響く邪竜の咆吼――。


 ICONの作戦失敗を、上空から見届ける遮那。と、通信が入る。 三枝博士だ。

三 枝「叶指令補、至急“十字の檻”に帰還してちょうだい」
遮 那「私は、藤岡司令官の命にて、あの敵機の監視任務の最中なの ですが」

 下方、4機の敵を屠り、なお湖畔を南へと向かって進むサイバーゼロ。

三 枝「あの贋作の目的地ははっきりしている、これ以上の監視は無意味 よ。」ふん、と告げる「だからこそ…決着を着けるわ。私に考えがあるの」


 山中湖を望む路上。バイクを停車させている蘭子、なおカメラを 向けている。目の当たりにする、たやすいまでのサイバーゼロの勝利。

蘭 子「ますますただ者じゃないですねー、これは…」感嘆とも、呆れた ともつかない声を漏らす。「さて――あの大剣豪を相手に、どう戦い 抜きます? 斬馬 弦くん」

○風俗店二階、時実の部屋
 蘭子からの中継による戦闘の様をモニタにて見据えつつ、黒鬼と通信を 続ける時実。

黒 鬼「あなたの話では、あのサイバーゼロに積まれている物もまた “本物の”ブラック・スフィアということになる。だが、それでは只 でさえ困難な“理” の修正が、ややこしい事態になるのでは?」
時 実「いや、どうやら今回、“理”がまた崩れたほどのことではないよ」 既に緊張した様子も見せず、椅子に背中を預け、伸びをする。 「ザンサイバーが、弦くんが再びあの機体にぶつかった時、おそらく 今回の事態は修正される…たとえ、ザンサイバーが負けたとしても “サイバーゼロが存在を取って代わる”だけだ」
黒 鬼「ますます、解せんな…貴方はあのサイバーゼロを、一体何者だと 考察しておられるのだ」
時 実「言ったろう。あれもまた、紛れもない“本物の”ブラック・ スフィアを孕む、破導獣だよ。そして――」唇の端を、自嘲的に歪める。 「ここにひとつ、仮設を成り立たせるなら…私たちなら、彼の存在を、 理解できるはずだ」
黒 鬼「………」

○松本市、夕刻
 瓦礫の市街地。ザンサイバーの右腕を覆っていた仮設ハンガーが重々しく 移動する。そこに作り着けられている新しい右腕。
 一方、そこからやや離れた場所にて、弦と藤岡の特訓、続いている。
 バシッ、藤岡の上段からの木刀の一撃を、自分の木刀で受け止める弦。 既に全身打傷だらけの様。

 弦 「いよいよ奴とケリを着けるってか!?」
藤 岡「奴の目的地が“十字の檻”であることははっきりしていたからな。 奴が海に入ったところで別方向に誘導、大島を決戦の場とする」
 弦 「上等、早ぇとこ――」負けじと、藤岡に木刀を打ち込もうとする。 「決着つけようじゃねえかッ!」

 その弦の大振りな姿勢を前に、一時早く腹に一撃を食らわす藤岡。 うっ、と呻き、またも膝を着く弦。

藤 岡「1日鍛えてやって、多少なりとも成長を願っていたのだがな。 大技一発で決めようとしてすぐに隙だらけになる。貴様に対して気を 付けるのは、その馬鹿力と諦めの悪さだけだ」
 弦 「タフガイぶりが信条なんだよ…」
藤 岡「だが――いつまでも実りの出ない鍛錬に付き合う訳にもいかんな」

 なお立ち上がり駆ける弦に対し、木刀を捨てる藤岡。代わりに、 傍らに転がった長い布包みを取る。その布を払った中から出てきた長物は、 鞘に収まった、一振りの日本刀――。

 弦 「竹光…のワキャねえよな…」
藤 岡「貴様には、最初から文字通り“真剣”で取り組むべきだったな。 作戦開始まで時間がない、早いところ終わらせるぞ」鞘から銀光撥ねる 刀身をすらりと抜く。まずは真剣の重さを確かめるように宙にぶんぶんと 揮い、そして弦に対し両手にて正眼に構える。「では、死にたくなければ 本気でかかってこい!」
 弦 「うお!?」素早く身を引き、木刀でガードし揮われる切っ先を 避ける弦。だが、ぽろん、と断たれた木刀が折れて地に落ち、弦の頬の 薄皮一枚が斬られる。一滴撥ねる鮮血。「マヂですかーーーッ!?」
藤 岡「破導獣の飼主ならば、この程度では死なんだろう!」

 なおも真剣を揮ってくる藤岡。

 弦 「ド畜生ォーーーッ!」

○同刻、相模湾、小田原港
 港の端ぎりぎりに停めたバイクから降り、海に入ったサイバーゼロの、 陽炎に歪む背中を見送っている蘭子。バイクのミラーからはコンビニの ビニール袋がぶら下がり、明太子マヨネーズおにぎりとペプシを 頬張っている。
 日が沈みかけ、宵の口を迎えようという暗くなった空の元、サイバーゼロ の頭上をその機体をサーチライトで照らしつつ旋回しているヘリ。
 ふと、そのヘリを見上げるサイバーゼロ。その止まることなく列島を 横断してきた脚が、そのヘリを見上げ、止まる。サイバーゼロが脚を 止めたことを確認したかのごとく、上空での旋回をやめ、何処かの 方向へと飛び去っていくヘリ。
 そして、サイバーゼロ、今までずっと直進してきた、小笠原へと 向かう方向を変える。
 飛び去っていくヘリを追って。

○松本市、夜半
 瓦礫の山の中、新たな右腕を装着し、応急修理を終えたザンサイバー、 膝を着いて出撃を待つ体勢。応急修理を終えたと言っても、装甲の交換が 間に合わなかった裂傷の部分は、機体内部から染み出たリキッド・メタル が瘡蓋となって硬化し、銀色の傷痕を残している。
 コクピットの中、腕を組み、出撃を待つ顔中に青痣や切り傷を こしらえた弦。

三 枝「ひとつだけ、あの機体を攻める隙があるわ…あの機体は “飛べない”のよ」三枝からの通信がコクピット内に届いている。 「あの機体の背中から発している陽炎…あれは機体の発熱による物では ないの。機体の背後の空間が“歪んでいる”」
 弦 「どういうこった?」
三 枝「機体に積まれた贋作のブラック・スフィアの、次元波動の制御が よほどいい加減な物らしいわね…機体の背後に引きずる次元波動が空間の 歪みを生み、結果として、機体の背後の空間が重力異常領域になって いるのよ。そこではX軸、Y軸、Z軸も関係ない、三次元上に出鱈目に 重力が発生し、あたかも重力がねじれた状態になっている…昨日ザ ンサイバーで跳び蹴りを喰らわそうとして、機体に触れることなく空間に 振り回され、無様に吹き飛ばされたでしょう」
 弦 「無様は余計だ」

 ギリ、と忌々しく奥歯を鳴らす。

三 枝「その重力異常は、もちろんエビルフェイクそのものも苛んでいる。 “とんでもない高重力に逆らい、引きずりながら前進している”のよ… 君に判るように説明すれば、両足に鉄球を鎖で繋がれた、大昔の奴隷 みたいな物ね」
 弦 「あんたの物言いは、いちいち癪に障ンだよ!」通信機に噛み付く。 「要するになんだ、あいつは跳んだり撥ねたりはできねえ、ウドの大木って ことだな?」
三 枝「その大木に、こてんぱんにされたことをお忘れ無く」
 弦 「〜〜〜ッ…!」

 今度こそ、通信機に睨み本気で噛み付かんばかりの弦。

三 枝「こちらの手筈通り、奴を大島方面に誘い出すことは成功したわ。 上陸予定は本日午後23時。その時刻をもって、エビルフェイクとの 決戦とする――エビルフェイク対策は藤岡司令官に任せたけれど、 大丈夫なんでしょうね」
 弦 「野郎に明日の朝日は拝ませねえ」拳で左掌を叩く。「にしてもよ、 まっすぐ“十字の檻”目指して進んでた奴を、よく方向転換させられたな」
三 枝「簡単な、手段よ」さらり、と応じる。「ごく簡単な、ね」

○相模灘
 夜中の海上を、ヘリからのサーチライトで照らされ進むサイバーゼロ。
 そのヘリの操縦桿を握るのは遮那。風貌ガラスから覗く、忌々しげな 表情。

遮 那「よくも人でなしな手を思いつく物だわ…」

 唸る。
 そして、ヘリの後部座席、不安げな顔を隠せない昴が窓から海面の サイバーゼロを見つめている。
 またもヘリを見上げるサイバーゼロ。一瞬、そのサイバーゼロと視線が 合い、思わず身をすくませる昴。

○松本市
画面クレジット「22:59」

 なお膝を着き、待機しているザンサイバー。

 弦 「昴を、囮にしやがっただと!?」

 藤岡からの通信に、怒りを露わにする弦。

藤 岡「奴の目的が“進化の刻印”と呼ばれる、貴様の妹なのは容易に 想像がつく。そして三枝博士のその読みは当たった訳だ」
 弦 「ふざけんなッ!」

 怒鳴る弦。その弦の怒りに呼応したかのごとく、ザンサイバーの双眸が 強く機体起動の光を発する。
 地に着いた膝をゆっくりと伸ばしつつ、瓦礫の地平に立ち上がる ザンサイバー。

 弦 「時間ギリギリになってから種明かしかよ、汚ぇぞ!」
藤 岡「考え無しに敵に挑んで、昨日はそれで敗北したことを忘れるな」 時間を確かめる。「――作戦開始だ、行け!」
 弦 「うるせえッ!」

 弦の咆吼、ザンサイバーの背のブースターが唸る。
 背部ブースターの噴射にて、ゆっくりと、その巨体を宙に持ち上げる ザンサイバー。やがて、機体から発せられる淡い緑色の閃光。その閃光が 光の巨柱となり、夜空へと伸びる。
 轟――ッ!
 光の柱の中を、超速で急上昇していくザンサイバー。
 野営地から、その出撃を見届けている藤岡。その手に持たれているのは、 弦との特訓で持ち出した刀。
 その刃の部分が、砕かれ叩き折られている。

○大島、岡田港
 港を臨む建物の屋上のヘリポート、着陸している遮那と昴の乗ったヘリ。
 無人の港、設置されたサーチライトで煌々と照らされている。その闇を 裂く光に照らされ、滲んだ空間を背に上陸するサイバーゼロ・ エビルフェイク。
 ヘリから降り、建物の屋上から、その胸に邪竜を抱く異形の巨体の上陸を 見つめている遮那と昴。

遮 那「…ご免な、さいね」昴の背に向かい、謝罪する遮那。「結局私 たちは…いつもあなた達を、利用してしまう」

 振り向きもせず、俯く昴。その昴に向かって進んでくるサイバーゼロ。
 ふと、顔を上げる遮那。夜空の一点、一瞬煌めく輝き。やがて夜空に 響き渡る爆音。こちらへと急降下してくる巨体――、

 弦 「昴ゥゥゥーーーッ!」

 ザンサイバーだ。地上へと高速で急降下しつつ、スレスレで逆噴射。 それでも大地を擂鉢上に抉るまでの急激な勢いで着地してくる。その 爆風に煽られる昴と遮那。
 昴、遮那に支えられつつも爆風の中目を開く。その目に映る、 ザンサイバーの冷たい鋼の背中。
 夜、サーチライトの光が裂く無人の港。対峙する、獣面と邪竜を胸に 抱く、2機の異形の巨体。
 す――、と、サイバーゼロが“巌流”を構える。
 対峙するザンサイバー、腰を落とし身構える。
 一触即発…!
 そして、いつの間に上陸したのか、やはり港の一角、作業用クレーンの 高所にある操作席から、強風に煽られつつもその対峙の様を見つめている 黒鬼。

黒 鬼「時実博士。聞こうか、貴方の見解を」


 あの暗い二階部屋にて、なお黒鬼と通信を続ける時実。

時 実「今になってどうしたね? 私の戯れ言など、聞く耳持たないと 思っていたが」
黒 鬼「貴方は戯れ言など言わんよ。だが…」サイバーゼロから視線を 逸らさず告げる。「俺にもどうやら理解できてきた…あのサイバーゼロが、 果たして何者なのかということがな」
時 実「ふむ…」自分で淹れた、コーヒーを啜る。「もしも、だ」


 松本の野営所、“十字の檻”、各々の場所から大島での戦況を映像にて 見つめている藤岡司令官と三枝博士。

三 枝「藤岡司令官、一体弦くんに、どんな対エビルフェイクの秘策を 与えたのですか?」
藤 岡「そんなものは、何も与えてはいません」
三 枝「何も…って」
藤 岡「私が奴に叩き込んでやったのは、剣をもった相手の剣戟の動きと、 剣を叩き込まれる痛みだけですよ」

 通信を交わしながら、呆れる三枝。

三 枝「そんな、何の対策も無しに奴に挑んだところで、現状の ザンサイバーで勝てる見込みは」
藤 岡「あの機体を操っているのが、何者かは知らんが…乗り込んでいる のは相当の剣豪。おそらく、幾度と無く戦場を渡り歩き、その剣技を実戦 で鍛え続けてきた強者。そんな奴相手に、たかだか付け焼き刃で 憶えさせた剣技が役に立つとでも」


 自らのサイバーゼロに対する見解を、続けている時実。

時 実「もしも――あの日、サイバーゼロの起動試験が成功していたら ? もしも、“巌流”に内蔵される疑似ブラック・スフィアの精製が成功 していたら? もしも、サイバーゼロが、その名を破導獣斬砕刃と改める ことなく戦い続けていたとしたら…」コーヒーを一口啜る。「――そう、 すべては“可能性”なのだ。たったひとつの選択が命運を分け、事象は それぞれの可能性の幹へと枝分かれしていく。その可能性の幹同士が 再び交差することはあり得ない。あり得ないはずだった。だが」
黒 鬼「もしも…その“枝分かれした可能性の幹”の中で、サイバーゼロ が、自身の世界に留まれない事態に陥った、としたら…そして」

 黒鬼もまた、自分が確信し得た見解を時実へと告げる。

黒 鬼「物質としての形を失い、あらゆる可能性の世界に存在しうる “波動”と化した状態にて、この世界での“遺跡”の発動にリンクし得た、 “可能性の幹同士の再交差”をなし得たとしたら…」


 対峙したまま、未だ互いに動かずにいるザンサイバーそして サイバーゼロ。
 コクピット内、額に汗しつつ、緊張した姿勢を崩さない弦。と、

何者かの声「…何故、だ」
何者かの声「…何故、お前は」

 弦 「――!」

 その、謎の声が響いたのを引き金に、爆発的に駆け出すザンサイバー。 狙うはひとつ、目前に立ち塞がる怨敵サイバーゼロ・エビルフェイク!

 弦 「うおおおおおッ!」


藤 岡「もちろん今さら剣技を1から叩き込むことなど間に合うべくも ない。例えば真剣白刃取り、あんな達人技でもなければあの“巌流”を 防ぐのは至難の業として、果たして剣のイロハも知らない、 獣並みの本能だけを頼りに、力任せに敵を叩き伏せる以外の戦い方を 知らない奴が、どれだけあの剣技に対抗することが出来るか」


遮 那「無茶よ、弦くん――!」

 固唾を呑んで見守るしかない昴をよそに、思わず絶叫する遮那。

遮 那「やめて――“にいさん”ッ!」


 駆けるザンサイバー。
 コクピットの中、咆吼を上げる弦に対し、まだ何者かの声が語り かけている。

何者かの声「…何故お前は挑む」
何者かの声「…再び斬り捨てられると知って何故」
何者かの声「…勝負は戦わずして決しているのに」
何者かの声「…戦えば、終わってしまうというのに」


 背部ブースター点火、なんの武器も持たない、徒手空拳にて サイバーゼロに特攻を仕掛ける――!

何者かの声「…未来は、閉ざされてしまうというのに」

 振り下ろされる、“巌流”、
 衝撃――、



藤 岡「私に、できるのは――」


遮 那「………」

 言葉を失い、信じられないという面持ちで、その目前の光景を目の 当たりにする遮那。
 そう、目前でまさに、信じられないことが起こったのだ。


藤 岡「奴が、エビルフェイクに対してたったひとつ対抗できる点… 獣の本能を研ぎ澄まさせてやることだけですよ」

 手にした、刀身を叩き砕かれた刀を取る。


“巌流”が止まっている。否、止められたのだ。
 絶対無双にあらゆる物質を断絶する剣先、その刀身の真横を荒々しく 掴み、剣戟を止めている…高速で揮われた、ザンサイバーの左手!
 そう、確かに剣戟に必要な、相手の剣速を見切る集中力、その高速に 対する反射神経などといったものを弦が持ち合わせているはずもない。
 弦にあるのは、獲物の素早さに反応する思考の速度も超えた獣の本能、 真正面から敵に噛み付き、敵に爪を打ち込む拳の高速――、

 弦 「………ッ!」

 サイバーゼロが真っ向から揮った“巌流”を掴んだまま横に払い、遂に、 無防備のサイバーゼロへと肉薄するザンサイバー。と、
 その弦の脳裏、掴んだ“巌流”から伝染してくるがごとく、流れ込む イメージ。
 それは戦闘。
 自分同様、ザンサイバーの――サイバーゼロの飼主となった戦士の 戦闘の記憶。
 立ち塞がる敵を斬った。
 目前の邪魔を斬った。
 敵となった友をも斬った。
 斬って、斬って、斬り抜けた――、
 そして、戦いの果て…、
 目の当たりにしてしまう。
 愛する者が、最期に見せた、虚ろな笑顔。
 愛する者は、目前で撃たれた。
 愛する者は、目前で亡骸となり、墜ちていった。
 その、一瞬の死に顔が灼き付いて離れない。
 その、一瞬、戦士は敗北したのだ。
 戦士は戦う意義を、意味を、すべて喪失したのだ。
 戦士は、“未来を閉ざされた”のだ――。
 …すべては、弦が見た一瞬の幻。
 そして、

 弦 「――うおおおおおおおッ!」

 ひっ掴んだ“巌流”を横に払った次の瞬間、特攻を仕掛けた勢いのまま、 大きく右脚を振り上げるザンサイバー! その右膝のブロックが前方に スライド、不可視の重力の槌を形成する。ザンサイバーの重力打撃兵装、 グラインド・バンカーだ。
 だが、サイバーゼロも瞬時に左手のシールドに重力拳を形成する。 グラインド・バンカーに対抗して揮われる左拳、激突する重力衝撃…!
 BOTTTTT…!
 鈍い破砕音を上げ、ザンサイバーの右脚が、サイバーゼロの左腕が、 それぞれ膝と肘から吹っ飛ぶ。

 弦 「まだまだァッ!」

 ザンサイバーの右手が、肩から飛び出したバリアブル・ロッドを取る。 瞬時に戦刃へと変形、“巌流”を押さえ込まれ、片腕まで失った サイバーゼロには、もはやそれを防ぐ手段がない。
 斬ッ――!
 肩口から切断される、“巌流”を握った、サイバーゼロの右腕。
 一度に両腕を失い、後方に僅かに下がるサイバーゼロ。一方片足を失った ザンサイバー、それでも戦刃の切っ先を地面に叩き付け、戦刃を杖として 未だ倒れず大地に屹立する!
 コクピットの中、吼える弦。呼応し、胸部獣面、咆吼――!
 大きく左腕を揮い、まだサイバーゼロの切断された右手がぶら下がる、 奪った“巌流”を、投げ放つ。
 ガッ…!
 恐るべき速度で投げ放たれた、大剣の切っ先が、サイバーゼロの胸部邪竜 その眉間を深く割り脳天へと突き刺さった――、
 胸の真ん中に大剣を打ち込まれ、足を地面から放し、大きく後方へ 仰け反るサイバーゼロ。画面、ストップモーション、
 遮那が、昴が、
 藤岡が、三枝博士が、
 黒鬼が、時実が、蘭子が、
 ボーンが、そして指導者イオナが、
 すべての人々の目が、今まさに、目を見開きその瞬間を目撃したのだ。

 弦 「…だからか、よォ」

 弦、呟く。ザンサイバーの背のブースターが再度火を噴く。

 弦 「守るべきすべて、戦う理由も失って、ヌケガラみたいになって、 それで、手前は何を見て、こんなところに現れたんだ…」

 拳を振り上げるザンサイバー。

 弦 「手前の未来が、閉ざされたってんなら、もう、いいだろ―― 眠っちまえ!」

 サイバーゼロの横面に炸裂する、ザンサイバーの鉄拳――!
 その一撃で、大きく後方に…自らが引きずってきた陽炎の中に呑まれる サイバーゼロ。瞬間、稲妻が迸り、嵐が吹き荒れる。
 轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟…ッ!
 稲妻を撒き散らし、竜巻を吹き上げ、強烈な異常重力が戦場に 吹き荒れる! その破壊的な事象の最中にあって、苛む異常に堪える ザンサイバー。そして嵐に晒されつつ身を伏せ、嵐が過ぎ去るのを待つ しかない遮那と昴。

○6時間後
 朝陽の光が照らす、大島、岡田港。海から、空から、続々集まってくる 監視の船舶とヘリの群れ。
 その港を抉った戦闘の痕は、港の施設をことごとく瓦礫へと変えて しまっている。
 戦場の中心、地面を碗状に抉ったクレーターと化し、そこに、 敵機サイバーゼロの姿はもう見えない。
 そのクレーターの中心に立つのは、片足を失いながらも、戦刃を杖に 屹立する勝利者、破導獣ザンサイバーただ1機。
 茜色の陽光を浴び、全身に刻まれた銀色の傷痕が光を反射し、輝く。


三 枝「結局、あのエビルフェイクが何者だったのか、謎は残ったまま、 か…」

 大窓から朝陽の光入る、“十字の檻”指令室。コーヒーを啜り、呟く 三枝。

三 枝「…そうね、全ては、はっきりさせなければならない…“疑似 ブラック・スフィアを完成させられるのは、私だけ”ということを…」 まだ中身の残るコーヒーカップを、コンソール上に置く。「――そろそろ 行く時期か、西皇市に」


 屹立するザンサイバーの開かれた口腔の中、差し込む陽の光に眩しそうに 目を細めつつ、座り込み続々と集まってくるヘリや船舶を見据えている弦。
 ザンサイバーの立つクレーターの外周、瓦礫の山の中に立ち、その蒼い 巨体を見つめている遮那と昴。そしてやや離れた場所、ひしゃげ倒れた クレーンの鉄骨の上に立ち、腕を組んでいる黒鬼。

遮 那「どうして…」ザンサイバーの姿に、むしろ睨み付けるような視線 を向ける。「私の、目の前で、二度も…」

 握り締めた、遮那の拳が震える。
 一瞬、遮那と昴の元に強い風が吹く。荒らされた髪を手で押さえつつ、 ふと視線を上げる昴。ザンサイバーの口腔の中の、弦の姿を見る。
 へへ、と、虚ろに笑っている弦。

 弦 「…いいぜ、お前がなくしちまった分の未来、俺が引き継いでやる…」

 どこか、決意を秘めた、弦の表情、

 弦 「だから…未来は、決して閉ざさない」

 画面、ホワイトアウト――。









「サイバーゼロ・エビルフェイク」頭部、胴体、“巌流”原型制作/ 蘭亭紅男


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