Destruction9―「光芒暗転(前編)」


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○広い会議室
 室内に居並ぶ閣僚達。その中には内閣総理大臣の顔も見える。全員、 一様に、室内に設けられた大型のモニター、そこに映るひとりの女の 顔を驚愕の眼差しで見つめている。
 モニターに、冷笑をたたえた表情で映っている、 “十字の檻 (クロスケイジ)”主任研究者、三枝博士の顔。

閣僚A「ば、馬鹿な…本気なのかね、三枝博士」
三 枝「あら、冗談と捉えられては心外ですわ」くすくす、と笑う三枝。 「では、本気という意を込め改めて宣誓しましょう。本日ただ今を もって達磨島研究所“十字の檻”は日本政府の管轄を離れます。 同時日本政府は直ちに私の統制下に入って頂きます。そして」

 三枝の冷笑――、

三 枝「私が率いる軍団の威力を、世界に示す贄として、我が軍団にて 東京を壊滅させます」
閣僚B「気でも触れたのか!?」
閣僚C「そ、そんな馬鹿な真似が許されるとでも!?」
閣僚D「藤岡は、藤岡司令官はどうした!?」
三 枝「藤岡司令官は私の権限にて“十字の檻”司令官の座を解任 しました。ご紹介しましょう、私の指揮下のもと、新たな“十字の檻” 司令官として着任した、皇 黄金(すめらぎ こがね)です」

 モニター内、三枝の背後に音も立てずに現れる、まだ二十歳 そこそこといった、一見軽薄な優男風の風貌の青年。三枝直属の配下、 皇 黄金。

総理大臣「三枝博士、あ、あなたの軍団だと」額の汗を拭いもせず、 震える指でモニターを指す。「馬鹿な、あなたが隠し持っていた西皇市の 地下工場は既に破壊されてる」
三 枝「そう、お思いでしたか?」

 三枝の言葉と共に、モニターが分割画像に切り替わる。各地の 破導獣軍団の製造工場の映像。広大な工場に無数に居並ぶ、獣型、 鳥類型、昆虫型など異形の巨大多肢兵器――破導獣軍団。その、 邪悪な造形を施された頭部、冷徹でもある機械の瞳孔に、次々と光が 灯っていく。
 そして一番下の分割画面、“十字の檻”外湾。海面を割り、出現する、 数十体の異形の巨大獣…! 大気を震わす、金属的な獣の咆吼。
 蒼白になり、今度こそ言葉を失う総理。

三 枝「ご安心を、総理。日本の統治は今まで通りあなたにお任せ しますよ。この私の、統制下に置かれた世界での、ね」嘲りを含んだ 三枝の声。「お早めに首都から逃げ出すことをお勧めしますよ。死んで しまったら、今後の指導者としての未来もありませんから」
閣僚E「いいえ、そう簡単にことは運びませんよ、三枝博士」

 三枝の宣戦布告に、臆する様子も見せず立ち上がるひとりの閣僚。 何故かその声は、小太りの初老の男という外見に合わず、二十代の 若者のように若々しい。総理はじめ他の閣僚達の注目が集まる中、 まっすぐにモニターを見据え、告げる。

閣僚E「三枝博士、あなたの思うようにはいかない。何故なら…」 にやり、と不適に笑う。「世界を制するのはあなたの軍団ではない。 この僕の率いる、ICONの軍勢だからだ」

○サブタイトル 「Destruction 9 ― 光芒暗転(前編)」

○回想、ICON本拠内
何者かの声「…ユウ、ユウ…」

 タッタッタッ…。足音を響かせ、人気のない通路を駆け抜ける影。 上半身は裸、その頭と、腹に熱く巻かれた包帯に、開いた傷口からの 血が滲んでいる。
 日本アルプスで負傷し、ICON本部に運ばれてきた頃の優である。
 傷口が痛むのか、立ち止まり、壁に背を付けて荒い息を吐く優。

何者かの声「…ユウ、ユウ…」

 なおも聞こえる、謎の声。

 優 「呼んでる…誰、だ…?」

 きっ、と視線を、目前の扉に向ける。重厚そうな外観の、観音開きと 思われる扉、見た目にも扉の中央に大がかりなロックが施され、簡単に 開きそうには決して見えない。
 あろうことか、そのロックが、簡単なまでに優の目前で自動的に 開かれる。ギギギ…、重い音を立て、優を導くかのように、開いていく 扉。
 一瞬躊躇する様子を見せつつ、意を決して、傷口を押さえながらも 扉の中へと足を踏み入れる優。


 優が扉の中に入った途端、中の、僅かな照明が点く。目を見張る優。

 優 「…墓地?」

 思わず呟いたとおり、以外と広大な室内、もはやホールと呼んで 差し支えないそこには、地面を固められた黒いタールで埋め尽くされ、 一面大小様々な十字架が並んでいる。
 その、墓地の中を進む優。並んだ十字架をよく見ると、それは決して 墓標ではなく、地面に突き刺さった棒にはなにやら名が刻まれているが、 よく見れば、それは部品的といった機械類の名称と判る。その棒の両翼 から電極が伸びていて、あたかも十字架のように見えるに過ぎない。
 巨大な機械を分解してタールで埋め尽くし、その部品ひとつひとつに、 墓標のごときサインが立てられているのだ。

何者かの声「…ユウ、ユウ…」
 優 「…誰だ、誰が僕を呼んでいる?」

 呻きつつ、ホールの中央へと近付いていく優。ふと顔を上げると、 そこだけ、タールの地面が小山のように盛り上がっている。そしてその 小山の頂からは、明らかにここに立ち並ぶ墓標とは違う、全長10 メートルはあろうかという…冗談のように巨大な剣が天へと伸びている。

 優 「ここは…一体?」

 ボコッ…、突然の音に振り向く優。小山の一角、そこに立てられた “墓標”の一本が、まるで地面から吹き出されたかのごとく突然撥ね 飛んだのだ。地面に転がる“墓標”。
 その、“墓標”が抜けた穴を中心に、タールの地面に皹が入る。 突如弾け散る、黒いガラスのような地面。飛んでくる地面の欠片を 片手でガードしつつ、その砕け散った地面を凝視する優。
 覗いている、人ひとり入れる程の、コクピットのごとき空間。しかも その内部の計器類、警告灯類は僅かに明滅し、奥からは動力が動いて いることを示す、低い唸りが聞こえてくる。

 優 「…動力が生きたままの機械を、分解して、バラバラにここに 埋めた…?」

 と、なおも優の頭に響く、あの謎の声。

何者かの声「…ユウ、ユウ…」
何者かの声「…お前の、敵を、コロセ…」

 優 「――誰だ、誰なんだお前は!」その、開放されたコクピットを 覗く優。「殺せ、だと…僕の敵…誰だと言うんだ?」

 意を決し、その、コクピットの中へと身を躍らせる優。
 地面から小山の俯瞰。優の絶叫。優の飛び込んだコクピットから、 宙空へと立ち上る放電。その放電を機に、ホール内の“墓標”の電極が、 さらに一斉に放電を起こす!
 次々と砕け散る地面のタール。露わになっていく、分解された機械の 群れ。
 例の、巨大な剣が生えた地面が砕け散る。剣と思われていたそれは、 実は、長大な“角”だ。
 その“角”の根本、放電の照り返しを受けて煌めく、ガイオーマの 顔――!

○現在、ガイオーマ、コクピット内
優、モノローグ(以下M)「あの時、ここで全身を焼き尽くされ、 僕は機械の身体を与えられた。そして」

 閉じていた目を見開く優。視界スクリーンに映る、蒼空と果てしない 海原。

 優 「今、僕はガイオーマを操っている…僕の敵、破導獣を殺す ために!」

 上空を飛ぶ、全身を銀のマントに包んだ、封印状態のガイオーマ。 そのガイオーマに続く、邪獣骸、空骸邪、邪骸怒からなる、ICON 無人多肢兵器の大編隊。
 その向かう先に見える、小笠原諸島、達磨島“十字の檻”。そして 達磨島の周囲を埋め尽くしている、異形の巨大な獣の群れ。三枝博士が 起動させた破導獣軍団だ。

 優 「全機、突撃準備!」コクピットの中、身構える優。「さあ早く 来いザンサイバー! この異形の戦場が、僕と貴様の決戦の場だ!」

○“十字の檻”内、昴の部屋
 ベッドに、ぐったりとその身を横たえている昴。疲労を通り越して、 ぼろ雑巾も同然の様。瞳孔の焦点も合わず、虚空を見据えている。
 口元から漏れる、微かな呻き。

 昴 「…兄、貴…優くん…」

○広い会議室
 閣僚Eの発した、誰もが思わぬ言葉に、騒然となっている閣僚達。 なおもモニター越しに、薄笑いの表情で睨み合う三枝博士と閣僚E。

三 枝「――なるほど、既に政府の内部に自分のおもちゃを紛れ 込ませていましたか、ICONの新総裁、サイレント・ ボーンストリング閣下」
閣僚E「そう、その通り」その声は、確かに、現在巨大軍事結社 ICONを牛耳った、ICON幹部ボーンことサイレント・ ボーンストリングの声だ。「だから、こういう遊び方も簡単だ」

 閣僚E、左手を挙げ、数人の閣僚達へと向ける。一瞬、爆発的に 弾ける左手。上がる血飛沫と絶叫、悲鳴。床に投げ出される、 撃たれた閣僚達の血まみれの手。

閣僚E(ボーン)「大国追従の、植民地政策でしか動けない内閣の 愚者どもになお、統治後の日本を任せようとは、三枝博士もずいぶん 慈悲深い」
三 枝「あら、まがりなりにも彼等は、この国を治めてきた経験が あるわ。この国では経験者を優遇する年功序列って言葉は大切よ。 首を丸ごとすげ替えるよりは、そのまま頑張ってもらうほうが手間が かからなくていいわよ」
閣僚E(ボーン)「国民が愚策内閣に望むのは、常に首のすげ替えですよ」

 何人かの閣僚達が、悲鳴を上げて出口に殺到している。その 逃げ出そうとする閣僚達に、容赦なく機械仕掛けの手の先を向ける 閣僚E。爆発音、またも上がる血飛沫と絶叫。
 腰を抜かし、椅子から倒れ、床に尻を着いて身を震わせている 総理大臣。その傍らに立ち、なおモニター内の三枝博士と対峙する 閣僚E。

閣僚E(ボーン)「――では、東京で決着を付けましょう。僕の軍団が 勝つか、あなたの破導獣軍団が勝つか」
三 枝「世界の覇権を握るのはどちらか…面白いわね。世界の命運が、 一国の首都を舞台に決まる」
閣僚E(ボーン)「巨大な武力同士の衝突ですか。やれやれ、戦場が 東京だけにとどまればいいが。ああそれと、先んじてそちらのほうに 一軍を送りましたので」
三 枝「こちらからも見えているわよ。いきなりそちらの切り札、 波動銀鳳を送ってくるとは、ずいぶん重要視してくれてるみたいで 嬉しいわ」
閣僚E(ボーン)「どうします。そちら側はザンサイバーが離反したと 聞きましたが」
三 枝「大丈夫よ。“進化の刻印”たる彼女がここにいる限り、 弦くんは絶対ここを守ってくれるから」
閣僚E(ボーン)「なるほど…」
弦の声「 ――勝手なことばかり、抜かしてんじゃねぇっ!

○“十字の檻”上空
 達磨島に迫る、ガイオーマ率いるICONの大編隊。その編隊を 一直線に貫く、高速の影。
 何機かの多肢兵器が巻き添えを食らって墜落していく中、ICON 編隊と海上の破導獣軍団との間に割って入る、黒き翼竜の背に乗る、 蒼き鋼の巨体。
 その両腕と爪先には鋼の爪が、頭部には稲妻を思わせる二本の角が、 胸部には獰猛な肉食獣の獣面が、
 謎多き仮面の戦士黒鬼駆る魔竜骸の背に乗る、斬馬 弦駆る、 破導獣ザンサイバーだ。


 優 「来たか…ザンサイバー!」
 弦 「随分いいタイミングで来れたぜ…」不適に微笑む。「―― オゥオゥ三枝博士ぇ、それにICONの父っちゃん坊やの旦那よォッ!」

○広い会議室
弦の声「勝手に日本を手前らのオモチャにしてんじゃねえよ ! とりあえず手前ェら全員、まとめて地獄へぶち墜とす! 覚悟 しやがれ!」
三 枝「…相変わらず、元気なようで何よりね」
閣僚E(ボーン)「なんともはや、ますます僕たちが悪役っぽいな」

 突然通信に割り込んできた弦の声に、苦笑する二人。

閣僚E(ボーン)「まあ、邪魔が入ったことには変わりないか。では 話はまた後ほど――姉さん」
三 枝「姉弟間の問題に割って入る無粋な坊やの、お尻を叩かなきゃ ならなかったわね」

 突然、ぷつりと画像が消える大型モニター。同時、それまでボーンの 声を発していた閣僚Eの首が、火花を散らし弾ける。

総理大臣「ひ、ひいいっ」床に腰を抜かしている総理の手元に 飛び込んでくる、閣僚Eの機械仕掛けの生首。大慌てで放り出し、 立つことも出来ず四つん這いのまま、死体が折り重なる出口へと 逃げ出そうとする。「ぜっ、全部、すべての自衛隊に出動命令、米軍 にも出動要請を…合衆国大統領へのホットラインを、早く、早く!」

○“十字の檻”上空
 上空から迫り来るICON編隊を迎え撃つ体制のザンサイバーと 魔竜骸。そのザンサイバーの腰の後ろには、何かしらの装備か、 鈍い銀色の光沢を放つコンテナが括り付けられている。
 一方、洋上の“十字の檻”からも、鳥類型など飛行能力を持った 破導獣軍団が何機か、二体目がけて上昇してくる。

黒 鬼「斬馬 弦!」魔竜骸のコクピットの中、叫ぶ黒鬼。「空襲 してくる無人兵器の軍勢は俺が片付ける。貴様は海上の獣どもを駆除 しろ!」
 弦 「コラァ、偉っそうに命令してんじゃねえ!」
黒 鬼「効率の問題だ。空を飛ぶ敵相手なら、こちらのほうが 向いている」
 弦 「チッ」舌打ちしつつも、さっさとザンサイバーを魔竜骸の 背から飛び降りさせる。「上等、こちらも相当ケダモノだぜ!」

 上空から飛び降りるザンサイバー。その下方から迫り来る、二機の 鳥類型破導獣。

 弦 「うおおおおおおっ!」

 弦の咆吼を受け、両肩のホルダーから形状変形金属棍バリアブル・ ロッドを抜くザンサイバー。変形もさせない金属棍状態のままの バリアブル・ロッドを、そのままこちらに特攻してくる二機の鳥類型 破導獣の顔面に叩きつける。バキッ、頭部を砕かれ、墜ちていく二機。

黒 鬼「ふん…」

 そのザンサイバーの様子を一度だけ見て、自機を上空の敵編隊へと 向き直させる黒鬼。

 優 「黒鬼殿に申す!」編隊の先頭に立つガイオーマから、響く 優の声。「貴方には、日本アルプスで命を救われた借りがあるが… ザンサイバーの味方となるなら容赦はしない!」
黒 鬼「ならば、かかってくるがいい、柾 優」

 自機、魔竜骸を、黄金色の角輝く黒き翼の人型、否、“鬼”型、 魔王骸へと変形させる。その魔王骸に殺到していく、無人兵器軍団――、

○太平洋上空
 戦地、小笠原諸島近海から離れた雲の上を飛ぶ、数機の超大型輸送機。 ICONの多肢兵器輸送用の空中要塞である。ただし、今この空中 要塞を指揮するのはボーンではない。
 空中要塞の1機、その広々としたコクピットの中、並んでモニター 内に映る小笠原の戦況を見つめている藤岡司令官、そしてICON 総裁の座をボーンに追われた身の、指導者イオナ。

藤 岡「油断するな、弦」

○“十字の檻”上空
 ザンサイバーコクピット、群がる敵の真っ直中へと降下して行き つつ、藤岡の通信に耳を向ける弦。

藤岡の声「外観は獣とはいえ、魔王骸同様体内に疑似ブラック・ スフィアを孕む、量産型の破導獣だ。あの数と併せて厄介な相手に なる」
 弦 「へっ、ケダモノだったらこっちが元祖だぜ。それに、奴等 なんざ所詮カゴの中で生まれた、飼い慣らされたペットみてえな もんよ」なおも不敵に告げる。「野で牙を磨いてきた元祖、野獣と 一緒にしてんじゃねえ!」

 なおも降下中に強襲してくる破導獣の一機を、手にした金属棍で 叩き落とす。

 弦 「それにしても、ずいぶんと頭数を揃えたもんだぜ」
藤岡の声「昴くん、だろうな」

 その藤岡の声に、は、と目を見開く。
 カットバック、男達に両腕を押さえられ、無理矢理何度となく 破導獣軍団の体内に連れ込まれる昴。
 自室、ベッドの上で抜け殻のごとく横たわっている昴。

藤岡の声「ブラック・スフィアを起動させるには貴様と昴くん、 “進化の刻印”が必要だ。おそらくは昴くんをあの破導獣ども、 一匹一匹に乗せて…」
 弦 「うるせえ!」

 唸り、背のブースターを点火させる。一直線に眼下の達磨島、 “十字の檻”へと突っ込んでいくザンサイバー。

○“十字の檻”内、昴の部屋
 ベッドに横たわっている昴。
 カットバック、
 ザンサイバーのコクピット内、自分の目前で溶け崩れる斑地二郎。
 日本アルプス、白いドームの表面に触れ、感じる鼓動。
 目の当たりにする、狂気じみたザンサイバーの戦い。
 泣きじゃくる自分。
 そして、優からの、本当の兄は既に死んでいるとの発言――、
 いつか、兄に対して叩き付けた、糾弾の言葉。
「…兄貴は…私の兄貴は、馬鹿だったけど、少なくとも他人を傷つけて 平然としてられるような――人殺しなんか絶対、できるような人間 じゃなかったわよ!」
 その言葉に、どこか寂しそうにうすら笑む兄の顔。

昴・M「そう、今まで私のそばにいたのは、本物の私の兄では ありませんでした。だけど」茫然と、窓の外へ視線を向けている。 「だけど、どんなに変わってしまおうと、私にはやっぱり」

 カットバック、
 ウェスラギアのICON基地。皇 黄金に連れ去られる自分に 向かって叫ぶ、弦の姿。

昴・M「あの人が…赤の他人などとは、思うことは出来ませんでした」

 刹那、

 昴 「!」

 虚ろな瞳孔を、驚愕に見開かせる昴。
 窓いっぱいに広がる、ザンサイバーの顔。窓の外。“十字の檻” 施設のすぐ横まで降りてきているザンサイバー。その顔が、昴の 部屋に面した窓すぐ近くへと向けられている。
 ザンサイバーから聞こえる、昴…! と自分を呼ぶ声。
 瞬間、昴の脳裏に甦る記憶、
 “十字の檻”地下の、広い工廠内。その瞳に輝きもなく、眠って いるかのように横たわる巨竜。その竜の頬に、そっと口付けする、 幼い日の自分。

幼い昴「もう泣かないでね――すばるが、お嫁さんになってあげるから」

 巨竜の瞳に灯る、光…、

 窓の外から、突然消えるザンサイバーの姿。ザンサイバーの横に 取り付いた破導獣が、ザンサイバーを施設から引き剥がしたのだ。

 昴 「あ、あ…」呻き、ベッドから立ち上がる昴。「私…そうか、 私…は…」

○“十字の檻”
 弦 「昴ぅ! この野郎ォッ!」

 まるでゴリラのごとき容姿の破導獣に、施設――昴の部屋のすぐそば から引き剥がされてるザンサイバー。
 ザンサイバー、手にした金属棍の柄尻でその破導獣の顔面を打つ。 顔面を砕かれ、倒れる破導獣。ふと見ると、いつの間にか数機の 破導獣がザンサイバーを取り囲む形になっている。

藤岡の声「弦、今は“十字の檻”から離れろ! ここで戦ったら、 昴くんがいる施設を巻き添えにするぞ」
 弦 「畜生!」

 唸り、再び背部ブースター点火、包囲網を抜け上空へと飛び上がる ザンサイバー。

○“十字の檻”上空
黒 鬼「奴にしては、適切な判断だ」

 たった1機で無数のICON編隊を相手にしつつ、“十字の檻” から離れるザンサイバーの姿を視認する余裕を見せる黒鬼。その黒鬼 駆る魔王骸、両腕の砲口から放たれるエネルギー弾が、確実に何機 もの敵機を撃墜していく。それでもなお、手に手に対破導獣用 二次元貫通兵装“ペネトレーター”を手に魔王骸へと殺到してくる 邪獣骸、空骸邪といった敵機の群れ。

邪獣骸「黒鬼! その首貰い受ける!」
空骸邪「ぎゃははははッ、死ねヤ死ねヤ死ねヤ死ねヤクーロオーニ さんよォォォォッ!」

 各々敵機から聞こえてくる、斑三兄弟の声。敵機コクピット内描写、 パイロットの代わりに座している円筒状の人工知能システム “MADARA-システム”。
 その敵機どもの突撃を、華麗に宙を舞って躱し、腕の砲口を斉射 する。ことごとく撃墜される敵機。

 優 「黒鬼!」

 その声に、上空を振り仰ぐ魔王骸。上空から睥睨しているかの ガイオーマが浮遊している。

 優 「傭兵とはいえ、流石は指導者イオナの懐刀たる最強の戦士。 どうやらザンサイバーを叩く前に、貴方を倒す必要があるようだ」

 言いつつ、ガイオーマを変形させる優。上空の太陽を背に、巨大な 銀翼を広げる波動銀鳳、ガイオーマ。陽光に、剣のごとき長大な 一本角が映える。

黒 鬼「丁度いい。俺としてもこれ以上、貴様とザンサイバーの接触は 望まん」身構える魔王骸。「それはあの方の願いでもある…ここから 先は通さんぞ、柾 優!」

○達磨島周辺、無人島
 達磨島の周囲を囲む幾つかの無人島。その大地に、横っ飛びに地面を 抉るように着地してくるザンサイバー。飛行能力を持つ昆虫型破導獣の 何機かがそのザンサイバーに追いついてくる。

 弦 「ンの野郎ォォォッ!」

 手にした金属棍を振り回すザンサイバー、瞬間、鋭い銀光が走り、 両断される破導獣。ザンサイバーの手にした金属棍が、巨大斧、戦刃 クロスブレイカーへと変化したのだ。
 その戦刃を持った手を、すかさずすぐ飛来してきた別の破導獣が 叩く。

 弦 「!」

 地に落ちる戦刃。その機を逃さず、ザンサイバーに両腕の鎌を振り 上げるカマキリの形状を持った破導獣、
 ガッ――! その破導獣の横っ面が、突然飛んできた金属の塊に叩き 飛ばされる。武器が落とされた動揺も見せず、素早く震われた ザンサイバーの手が、腰の後ろにぶら下がっていたコンテナを振り 回したのだ。コンテナの直撃に、頭部を砕かれ倒されるカマキリ 破導獣。だが、そのザンサイバーに、さらに殺到してくる攻撃。
 無人島に上陸してきた破導獣軍団が、一斉に攻撃を仕掛けてきたのだ。 ハチの形状の破導獣から放たれた毒針攻撃を、手にしたコンテナで 受けるザンサイバー。

 弦 「チッ、こんなヤバげな武器、使いたかなかったけどよ」

 数本の金属針が突き刺さったコンテナを、叩き付けるように地面に 置く。そのケースの蓋を開く。中身を手に取る。
 銃身を、色褪せた耐熱布の帯で巻かれくるまれている、長銃身の 自動拳銃――、


○回想、ICON空中要塞内
黒 鬼「ささやかだが、新兵器だ。貴様にくれてやる、使うがいい」

 空中要塞格納庫。整備を受けつつハンガーに並んでいるザンサイバー と魔王骸。その足元、天井からクレーンにぶら下がっている、銃身を ぐるぐる巻きにされた巨大な拳銃を見上げる弦と黒鬼。

 弦 「まるででっけぇソロバンだな」その長方形のブロックといった 銃身の形状に、素直な感想を漏らす。「テッポーは、ザンサイバーにゃ 不釣り合いだぜ」
黒 鬼「ただの鉄砲ではない、元々は魔王骸用の武器として開発された 物だ。弾倉には散弾が3発、機関部がブラック・スフィアと連動する ことにより、放たれる散弾に次元波動を帯びさせ、理論上では 二次元絶対シールドも無力化して撃ち貫くことが出来る。撃つまでの タイムラグがかかる主砲以外の大量破壊兵器がないザンサイバーに とっては、心強い武器になるはずだ」
 弦 「に、しても…タマ数がたかが三発かよ」
黒 鬼「残念ながら、銃身自体の強度が内包されるエネルギーに対して 不安定でな、そもそも三発撃てるかどうかも判らん」
 弦 「なんだよそりゃ」
黒 鬼「ついでに」言葉を句切る黒鬼。「ブラック・スフィア反応兵器 として、発射時機体にかかる負荷も、痛めつけるというレベルでは 済まない。とてもではないが魔王骸では使い切れないという判断から 破棄された武器だったのだが…だが、本物のブラック・スフィアを 内蔵したザンサイバーなら、あるいは――」

○現在、達磨島周辺、無人島
 弦 「そんなもん、使わすんじゃねえってんだよ!」

 唸り、ろくに照準も付けず、ザンサイバーの鈎爪状の指の形状に 合わせてトリガーガードのない拳銃の、引き金を引き絞る。
 GAOM!

 銃声、銃後方のボルトがブローバックし、配莢口から焼け爛れた 空薬莢が吐き出される。
 ザンサイバーの右腕に強烈な反動を与え、次元波動の青白い電光の 尾を引く無数の散弾が、群がってくる破導獣軍団に撃ち込まれる!
 BABABABABABABABA…!
 殺到する電光の散弾に、装甲に無数の穴を穿たれ、先頭に立つ十数体 の破導獣が沈黙、火花と小爆発を上げてことごとく倒れる。
 一方のザンサイバー、銃を手にした、まっすぐ伸ばされた右腕は 細かく振動し、手首や肘といった各関節部からは火花と薄い白煙が 上がっている。

 弦 「き、効きすぎだぜ…」警告灯が激しく明滅し、非常アラームが 鳴り響くコクピット内にて、操縦桿越しの衝撃に手首を震わせている 弦。「でもよ…手が使えなくなった訳でもねえ」

 巻かれた耐熱布の端々が焼け焦げ、薄い煙を上げる銃身を、一旦 胸部獣面の口腔に銜えさせるザンサイバー。味方機の屍を文字通り 踏み越え、なおも迫ってくる破導獣軍団を前に、地面に落ちていた 戦刃を取る。

 弦 「やっぱり俺にはこいつが似合ってるぜ!」

 戦刃を手に、身構えるザンサイバー。

○達磨島外周、岸壁
遮 那「まったく、いつもながら派手にやってくれるわ」
蘭 子「あちらに目が行ってくれる分にはありがたいんですけどねー」

 岸壁に上陸し、ウェットスーツを脱ぎ捨て、装備を調えている二人。 叶 遮那と月影蘭子である。

遮 那「手筈通り、手薄になってるであろう“十字の檻”内に潜入。 貴方は昴さんを、私は三枝博士を――これでいいわね」
蘭 子「あとは、弦くんの無事を願うだけですね…」
遮 那「彼は、死なないわ」蘭子と視線を合わせることもなく、 告げる。「彼がどれだけ不死身かは…さんざ目の当たりにしてきたし、 ね」
蘭 子「ふうん…」何故か、微笑混じりの表情を浮かべる蘭子。 「叶さんは、弦くんのこと、ずっと見てきたんですよね?」
遮 那「一緒にいて、何度死にかけたかってぐらいにね」
蘭 子「それじゃあ…男の子としての弦くんって、叶さんからしたら どうなんですか?」

 一瞬だけ、装備を整える手を止める遮那。
 リフレインする弦の言葉、「死なせねえ! 俺は、あんたに殺され かけたんだ。その借りを返すまでは意地でも勝手に死なせてなんか やんねえ!」

遮 那「彼はね、私を殺したいぐらい憎んでいる。でも、私に借りを 返すまでは、決して彼は死なないわ。私が彼について判るのは、 彼がそういう男の子だってことだけ」

 それだけ言い残し、装備を背負い、戦闘服姿でさっさと駆け出す 遮那。

蘭 子「…似てるんだな。弦くんとあの人、すごく」

 どこか、嬉しそうに呟き、やはり装備を背負い駆け出す蘭子。

○回想、夜、飛行中の空中要塞
 要塞内通路。窓に映る、夜の雲海を見据えている弦。

蘭 子「うわっ、弦くんが星空を見てちょっとたそがれてる!」 その弦の背から、わざとらしく大声で驚いてみせる蘭子。「やだー、 こんなの私の弦くんと違うー、にあわなーい」
 弦 「…お前、普段俺をどういう目で見てやがんだ」

 さも可笑しそうにころころ笑う蘭子に、心底嫌そうな視線を向ける弦。

蘭 子「でもね、なんかそうやってたたずんでるって、本当に弦くんの キャラクターじゃないですよ」なおも笑いつつ、弦に語りかける 「――さすがに、ちょっと堪えてる? 指導者イオナの…言ったこと」
 弦 「まあ、な」

 珍しく、素直に応じる。
 一瞬の回想、先まで機内の一室、弦や藤岡、黒鬼らを前に、 ブラック・スフィアの秘密を語っている指導者イオナ――、

 弦 「…あの姐さんの話聞いてよ、どうやら俺の中の、“本物の 斬馬 弦”の記憶にあるおセンチ回路がスイッチ入っちまったらしい」
蘭 子「あ、それつまんない」きっぱり指摘する。「でも、調子 出てきたみたいですねー」
 弦 「ケーッ」

 フン、と蘭子からそっぽを向く。

蘭 子「…答えたくないなら、言わなくてもいいけど」一旦、間を置く。 「どうしても、その…気になる? 自分の時間が…」
 弦 「その辺の納得はしてるつもりだ。所詮俺は、ザンサイバーに 喰われた斬馬 弦くんの身代わりよ。昴を守るっていう、斬馬 弦の 遺志を遂行するためのな。やるべきことがあるなら、いつまで 生きられるか知らない限られた時間の中でやり遂げる。それだけだ」
蘭 子「納得と妥協、そして断念のバランスは、しっかり自覚してる、 と?」
 弦 「ワケ判んねえこと抜かすな。別に小難しい話じゃねえよ。 でも、よ――」蘭子と顔を合わせないまま、続ける。「…行き先短い、 所詮ニセモノにとっちゃ、人間ひとり分の、膨大な人生の記憶は…残酷だ」

 初めて、告げる、弱気な言葉。
 茶化すことなく、無言で弦の言葉の続きを待つ蘭子。

 弦 「…いつでも死ねる覚悟は出来てるつもりなのに、どうしても 思い出せちまう。斬馬 弦としての、ガキの頃の思い出も、優とさんざ バカやってたことも、昴の前でいい兄貴なんかなれなくてさんざ手ェ 焼かせたことも…」
蘭 子「楽しい思い出が、覚悟の枷になる、と?」
 弦 「でもよ、そんなすがりつける思い出が、とてつもなく冷てえんだ」唇の端が、自嘲に歪む。「その思い出すべてを、自分の体験じゃなくて、どこか横から見てるような感じなんだ…斬馬 弦って奴の人生を、テレビの画面で大して面白味もなく見てるような、な」

 どこか悔しげに、拳を固める。

 弦 「記憶に、実感って奴がねえんだよ。肌で触った感覚、ニオイ、 そんなもんが一切無い、テレビ番組の思い出なんだよ。――時々 こうやって思い知る。たとえ記憶があろうと、“俺は、本当の斬馬 弦 なんかじゃないって現実”。斬馬 弦という男の一生をずっとテレビで 見てきて、そのテレビの中の斬馬 弦になりきってる、滑稽なバッタモン 野郎でしかないって現実」

 へへ…と笑い、固めた拳で軽く窓を叩く。

 弦 「死んだ奴の遺志がどうとか言ってるが、俺は、本気で昴を 守りたいって思ってる。助け出したいって思ってる。でも、それは… 本当の俺の意志じゃねえ。ただ単に、ザンサイバーが俺の身体を 作る時、俺にそうしろって、命令しただけの物なんだ…」
蘭 子「………」
 弦 「俺は、何をもって、俺は俺だと言えばいいんだろうな――」

 無表情、無言にて、弦の独白を聞く蘭子。
 ややあって、また、へへ…と笑みを漏らす弦。

 弦 「イオナの姐さんが言ったブラック・スフィアのスケール でっけえ話に、手前ェの小っささ自覚して弱気になっちまったらしい。 安っすい悩み話聞かせちまったな」
蘭 子「悩み話をうち明けるのは、決して恥ずかしいことじゃない ですよ。それは、自分の苦悩を解決したいって意思の表れですから」 にこり、と微笑む。「では君には、その安い悩みに相応しい、安い 慰めの言葉をあげましょう。――君は、君だよ」
 弦 「百円ショップ以下かよ」
蘭 子「こういうことじゃないかな」なお、弦に告げる。「君は、 本物の斬馬 弦くんの代わりなんかじゃないですよ。だって君は ――昴さんを守りたいって、何より純粋な願いから生まれたんだから」
 弦 「………」
蘭 子「そして、君は、重大な存在意義を持ってる。だから、生まれた ことの誇りとその存在意義をもって、俺は俺だって言えばいいと 思いますよ」
 弦 「存在、意義…?」
蘭 子「俺の夢、未来――」にこり、と、弦の前から去りかける。 「弦くん、ウェスラギアで、あのレジスタンスの子に向かって自分の夢 言いかけたよね」

 珍しく、戸惑う表情になる弦。
 蘭子、微笑、

蘭 子「私、それ、代わりに聞きたい」

○現在、達磨島周辺、無人島
 弦 「こなくそォーッ!」

 手にした戦刃を揮うザンサイバー、その一閃が身に取り付こうとした 破導獣の1機を両断する。
 爆発。だが、その爆炎の中から姿を現す、これまでのものより ひとまわり巨大な1機の破導獣。その姿はまるで巨竜とでも形容 すべき物だ。ザンサイバーの胴体ほどはあろうかという頭蓋の、 その巨大な顎を大きく開き、乱杭歯を剥き出しにザンサイバーに 噛みついてくる。
 ガッ、右手で上顎を、左手で下顎を押さえ、巨竜型破導獣の牙向く 顎に耐えるザンサイバー。だがその出力の前に、両腕の駆動部分が ギシギシ軋む。


 弦 「…なるほど、見た目からしてこいつがケダモノ共の親分かよォ」

 巨竜型破導獣の、顎の力がさらに強まる。一瞬、肘を折りかける ザンサイバーの両腕。破導獣の乱杭歯が、ザンサイバー頭部の稲光の ごとき角に食い込む。

 弦 「こんなことで、俺を喰らおうなんて…甘い考え持ってんじゃ ねえ!」

 ザンサイバーの額の、真紅のセイフティーパーツが左右に開放される。 頭部ビームレンズに溜まる粒子光…、
 ゼロ距離にて撃ち放たれる頭部主砲エヴァパレート・インフェルノ ! 爆発――、

○空中要塞、コクピット
 その無人島に巻き起こった爆発の映像に、目を見張る藤岡、そして 指導者イオナ。

イオナ「ザンサイバーが…!?」
藤 岡「弦!」

○達磨島周辺、無人島、俯瞰
 島の表面に、巻き起こる大爆発。
 指導者イオナ、藤岡、優、黒鬼、三枝博士、皇 黄金、蘭子、昴。 カットバックにて、一瞬、全員の視線が無人島の爆発に集まる。

昴の声「兄貴ぃ――!」

○回想、空中要塞内、一室
 弦、藤岡、黒鬼、そして遮那に蘭子といったメンバーが、 指導者イオナを中心に集まっている。こんな事態でも、常に 指導者イオナの横に寄り添い立つ黒鬼。

イオナ「すべてを、語りましょう…私の知る、ブラック・スフィアの すべてを」



(「Destruction9.5」へ続く)



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