Destruction2.5―「壊」
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○ 放課後。学校前、下り坂
後方の校舎から聞こえる、放課後を告げるチャイムの音。
ハッ、ハッ、
吐く息も荒く、帰宅する生徒がまばらに降りていく道を駆け下りていく
学生服の脚。その胸から口元までアップ
(この時点ではまだ顔は見えない)。
彼の走る先の塀の陰、学生鞄を手に、待ち構えているかのように
うつむく制服の少女。
少女・モノローグ(以下M)「意識するようになったきっかけは、簡単でした」
少女の顔、明らかになる。ストレートな長髪。少々野暮ったい眼鏡。
清楚な印象。すらりとした輪郭をうつむかせ、頬はやや赤く染まっている。
そわそわと落ち着かない様子。
少 女「…落ち着け、私」
聞こえる、学生服の少年の駆けてくる足音。
少女・M「だけど、行動を起こすことは決して簡単でなく、やっぱり勇気が
必要で」
迫る足音。一瞬、ぎゅっ、と目をつぶる少女。意を決したように
物陰から少年の前に飛び出す。
少 女「あっ、あの!」
少 年「うわ!」
突然物陰から飛び出してきた少女を前に、慌てて立ち止まり、
転びかける少年。その少年が落ち着く様子も待たず、まくしたてるように
切り出す少女。
少 女「わっ、私、昴(すばる)さんと同じクラスの村崎といいます!
じっ、実はその」
少 年「悪りぃ、ちょっと急いでて――」
村崎の話も聞かず、少年がそのまま彼女の横を横切って再び駆け
出そうする。
刹那、
突然の声「――バトルチョーップ!!」
激突音。少年の後頭部に、めり込むようにように直撃する学生鞄の角。
ぐえっ! と悲鳴を上げ、その場に倒れる少年。
声 「バックレかまそうなんて十年早いのよ、この馬鹿兄貴!」
兄の後頭部を直撃した鞄を手に、憤る制服姿の少女。村崎と同年代ぐらい。
その横に、やれやれという顔で立っているもうひとり、細面の少年。
兄 「チョップじゃねえぞ、それ…」
妹 「やかましいっ!」
うずくまる兄の襟首をひっつかむ少女。そのまま、引きずるように
坂の上の校舎へと連行していく。一緒についていく細面の少年。
兄 「こっ、こら昴、兄の首を引っ張るでない!」
妹 「山田先生本気で怒ってたんだからね! 神妙に説教されてきなさい!」
細面の少年「懲りないな、弦」
兄 「優! やかましいてめーっ!」
引っ張られていく少年――弦の顔、明らかになる。妹、昴に後ろ襟を
ひっつかまれ、かなりじたばたしている。
村崎・M「その勇気は、一瞬にして空気に呑まれて、そして」
一瞬のゴタゴタを前に、呆然としている村崎。所在なげに立ち尽くしている。
○ 数日後、村崎と昴の教室
休み時間、数人の生徒がそれぞれグループを作って雑談に講じている風景。
その輪からはずれ、ひとり教科書とノートを広げて予習の村崎。
その視線がひとつの空いた机に向かっている。村崎の視線の中、
一瞬重なる、机に座る笑顔の昴の姿。
横から聞こえる雑談
生徒A「昴も冷たいよね」
生徒B「何のあいさつもなく、いきなり転校してっちゃってさ」
生徒A「お兄さんと一緒に行っちゃったんでしょ?」
村崎・M「私は、その時の一瞬を、落ち込むぐらい後悔していたのです」
ため息をひとつ漏らし、ノートを閉じる村崎。ノートの表紙に
書かれている、「村崎那由子」の名前。
○ サブタイトル
「Destruction2.5― 壊」
○ 街並
晴天の都市。行き交う車と人の群れ。その中を歩く制服姿に学生鞄の
少女、村崎那由子。通り過ぎる街並に見える、何棟かの建設中のビル。
○ 住宅街
住宅の表札のアップ。「ZANBA」の文字。
メモを片手に、その家の付近を歩いている那由子。その家まであと
20メートルという所まで来て、人っ気の無くなったその家を見つめる。
那由子「ここだ…」
那由子がつぶやいた瞬間、
バタン!
勢いよくドアが開かれる音。その門前から飛び出してくる少女の姿が見える。
那由子「え?」
一瞬驚く那由子。こちらに駆けてくる、見覚えのある顔。
那由子「斬馬…さん?」
冒頭、兄、弦の後頭部をぶっ叩いた少女、斬馬 昴である。瞬間、
轟――!
爆発、炎を噴き上げる家。
昴 「きゃああっ!」
突然の爆風に、吹っ飛ばされる昴。立ち尽くす那由子に前から
抱きつく形に。
那由子「え…?」
悲鳴を上げる間もなく、飛ばされてきた昴に激突され尻餅を着く那由子。
折り重なったまま、一瞬にして炎に包まれた家を前に、那由子、呆然となる。
昴 「あたた…家が!」
吹っ飛ばされた痛みにうめき、振り返る昴。その、炎に包まれる家の
門前から、ゆっくりと歩み出てくる長身の影。
頭から全身まで、煤けた耐火布のマントで覆い、その顔は判らない。
二人の少女のほうを向くマントの男。
地面を這うように、あとずさる二人。と、
パパパ…ッ! マントの男の足元に跳ねる、サブマシンガンの着弾、
声 「昴!」
エンジン音と共にその場を突き刺す叫び。その場に飛び込んでくる1台の
ジープ。運転席の男の手に握られているサブマシンガン。
ジープ、二人のすぐ側で停車する。
男 「早く乗れ!」
昴 「兄貴! ――あなたも、早く!」
那由子「え?」
昴に手を引っ張られ、ジープに半ば強引に乗せられる那由子。
急発進するジープ。そのまま、路上に立ち尽くすマントの男にまっすぐ
突っ込んでいく。
那由子「え、え、えぇえーっ!?」
訳も判らず悲鳴を上げる那由子。ジープに跳ね飛ばされる瞬間、
大きくジャンプする男。常人を超えた跳躍力でジープを飛び越える。
宙空、マントの陰から抜かれる二丁拳銃。
パンパンパン…! 空中からの銃撃を、タイヤを軋ませつつの蛇行で
かいくぐり、燃え盛る家を背に走り去るジープ。
二本の足で着地し、その走り去るジープを見つめるマントの男。
ジープ、突然の出来事に、声もなく固まってしまっている那由子。
それは助手席に座る昴も同様。
那由子、運転席の男を見る。フラッシュバックする、放課後の告白未遂、
慌てた少年の顔。
斬馬 弦が、ハンドルを握っている。
○ 河原、橋桁の下
川面を染める夕暮れ。橋桁の下、隠れるように停車しているジープ。
そのジープの荷台にうずくまっている那由子。那由子に話しかける昴。
昴 「村崎、さん…だよね? 同じクラスの」
那由子「あ、はい…」
昴 「ごめんね、変なことになっちゃって…うち、来てくれたんだ?」
那由子「あ、あの」
そこへ、駆け込んでくる弦。
弦 「追ってくる気配はないみたいだ。暗くなったらまた移動するぞ」
昴 「兄貴。…でもさ、どうすんのよこれから。うちまであんなことに
なっちゃって」
弦 「一応、考えはある。それで、彼女は」
昴 「同じクラスの村崎…那由子さん。もう、一度会ったこと
あるでしょ?」
弦 「そう…だった?」
少し、落ち込む那由子。
那由子・M「…覚えてる訳、ないよね」
弦 「あーその…那由子ちゃん、でいい? 悪りぃ、
巻き込んじまったな」
那由子「せ、先輩」
意を決したように、顔を上げる。
那由子「いったい何が起きてるんです? お二人が突然転校していって、
それで急にあんな――」
昴 「…逃げて、来たんだ」
那由子「逃げて?」
昴 「どこから、話したらいいのか」
慎重に言葉を選ぶかの昴。
昴 「私たち、小笠原の研究所から…」
弦 「昴」
昴を止める弦。
弦 「那由子ちゃん、もう充分に巻き込んじまったことは承知しているが、
本当にもうこれ以上は聞かないほうがいい。…もっともこうなったら、
俺たちと一緒に行動してもらうしかないが」
昴 「そんな、村崎さん何の関係もないのに!」
弦 「俺たちと一緒に逃げた時点で、もう関わっちまったんだよ! 今、
彼女を帰すのはかえって危険なんだ」
昴 「だけどあの時、一緒に逃げなかったら村崎さんが…!」
那由子・M「二人の言葉もほとんど頭に入らず」
那由子の目前、弦に諭されている昴。
那由子・M「私には、一体何が起きているのか見当もつきませんでした」
○ 夜の街
街の中央路。ヘッドライトの洪水の中、走る三人の乗ったジープ。
運転席に弦、助手席に那由子、後部の荷台、ルーフバーにつかまっている昴。
走行風の中、大声で運転席の弦に話しかける昴。
昴 「どこへ向かってるのよ!?」
弦 「俺たちを、安全に保護してくれるところだ!」
昴 「保護? 警察じゃなくて??」
弦 「小笠原で接触があって、持ちかけられた…投降するんだよ。
港まで行けば船が待ってるって段取りだ」
昴 「投降って…まさか!?」
弦 「ああ、――ICONだ」
那由子「…ICON?」
聞きなれない言葉をつぶやく那由子。
と、三人のジープの隣の車線、突然一台の赤い車が並んでくる。
そのルーフの上、
身構えている、あの――マントの男。表情が凍りつく三人。
車のルーフを蹴り、ジープ目掛けて飛ぶマントの男。同時にシートの
脇からサブマシンガンを抜き払う弦。
弦 「くそっ!」
サブマシンガンを宙に撃ち放つ弦。正確にその煤けたマントに
撃ち込まれるものの、防弾になっているのか、意も介さずジープの
ボンネット上に着地する男。
那由子「ひい…っ!」
那由子、引きつった悲鳴。マントの男、大ぶりなナイフを取り出す。
運転席の弦に真上から斬りかかる。
金属音、ナイフの一閃をサブマシンガンの背で受ける弦。
弦 「こいつっ!」
昴 「わわわっ!」
急ブレーキを踏む弦。ギギィッ、昴、ルーフバーをしっかり掴んだまま
荷台から前の座席に転びかける。急停車するジープの上から飛ばされる男。
その急ブレーキに驚いた後続車が慌ててハンドルを切り、
ガードレールに衝突。
だが、飛ばされた男、前方の街路樹の横腹を強力に蹴る。蹴った反動で、
急停車したままのジープに再び飛ぶ。
しまった、という表情の弦。刹那、
ガシャアン! その道路沿い、歩道を挟んだ大型店のショーウインドが
突如砕け散る。歩行者たちが慌てて飛びのくのを横目に歩道を飛び越し、
その場に飛び込んでくるもう一台のジープ。そのもう一台のジープ、そのまま
宙を飛ぶマントの男を跳ね飛ばす。
跳ね飛ばされるマントの男。が、すぐその場に走り来る先の赤い車。
車のルーフの縁を掴み、道路に叩きつけられるのを避ける。
構わず、急発進する弦たちともう一台のジープ。並走する二台のジープ。
そのもう一台に乗っているのは、戦闘服姿の二人の男。弦が接触しようと
していた組織、ICONのエージェント。
エージェントA「斬馬 昴は連れ出せたな!?」
エージェントB「このまま合流地点まで護衛する!」
弦 「ありがた…」
弦が、そう返そうとした刹那、
言葉を失う一同。片輪走行にて、二台のジープの間に割り込んでくる
赤い車。そのほぼ垂直に立った車のルーフ、弦たちのジープに向いている。
そのルーフの上、片手で縁を掴んでいるマントの男。マントの男が
伸ばした片手が、昴の腕を掴む。
昴 「きゃああっ!」
弦 「昴っ!」
ジープ上からさらわれる昴。赤い車、加速。二台のジープの前に出て、
バン、と車体を片輪走行から戻す。ジープを置き去りに逃げ去る車。
そのルーフの上、昴を小脇に抱えているマントの男。
那由子「斬馬…さん」
弦 「逃がさん!」
怯え、つぶやく那由子。車を追ってハンドルを切る弦。もう一台のジープ、
素早く横路に入って分かれる。
その彼等の走り去った道路、延々とあちこちで起こっている衝突事故。
鳴り響くクラクションの嵐。
○ 市街地内、パーキングビル前
それぞれ対抗車線からビルの前に止まる二台のジープ。
エージェントA「ここに入ったのは間違いないんだな?」
弦 「ずっと一直線に追ってきたんだ。隠れるとしたらここしかない」
弦の返事を聞き、先にパーキングビルへと入る二人のエージェントの
ジープ。ここで、初めて助手席の那由子のほうを向く弦。
弦 「那由子ちゃんは、ここで降りて」
那由子「え…」
弦 「ここから先、ついてくるのは危険だ」
那由子「危険…って」
弦 「もうすぐここも、戦場になる」
那由子「――やめてください!」
両手で耳を塞ぎ、かぶりを振って絶叫する那由子。
那由子「もう…私、ぐちゃぐちゃで何も考えられない! 一体何が
どうなっているんです! 先輩も、斬馬さんも、なんであんな怖い人に
狙われて、家まで燃やされて! それに――」
うつむく那由子。すすり泣く。
那由子「私…どうなっちゃうんですか…?」
弦 「那由子ちゃん…」
心配げな眼差しで、那由子を見つめる弦。
那由子「私…」
うつむいたまま、涙声でうめく。
那由子「一緒に…行きます。連れてってください。ひとりになりたくない」
無言で、その那由子を見つめる弦。そして、彼女の座席の前の
ダッシュボードを開け、拳銃を取り出す。スライドを引き、スカートの
膝の上に放る。
弦 「那由子ちゃん。これからなにが起こるか、俺にも判らない。
自分の身は自分で守るんだ」
励ますような笑顔を那由子に向ける弦。パーキングビルの入り口へと、
ジープを走らせる弦。
那由子・M「先輩が、私のことを名前で呼んで
くれる。本当ならそれは、夢にみていたぐらい嬉しいことのはずでした」
○ パーキングビル内
壁が吹き抜けた構造のビルの中、ロータリーを走り抜け、上へ、上へと
登っていくジープ。緊張した面持ちの那由子と弦。
そして最上階――、
轟! 突然、噴き上がる爆発。ジープの前に転がってくる、先に上がった
二人のエージェント。慌てて停車する弦。先に上がったジープが煌々と
炎を上げている。
その炎の先、撃ち放たれたばかりのロケットランチャーを構えている
マントの男。そして先の赤い車。車から降りているドライバー、長髪を
ポニーテールに結んだ、凛々しい顔立ちの女である。その傍らに立つ昴。
那由子「斬馬さん!」
弦 「貴様、その娘を返せ!」
サブマシンガンを、女に向ける弦。その間に、さっと割って入る
マントの男。
男 「あーん?」
初めて、マントの奥からくぐもった声を発する男。
男 「返せだぁー? んなおもしれー冗談、初めて聞いたぜーえ」
挑発するような言葉。だが、その口調には怒気が含まれている。
那由子「斬馬さん、逃げて!」
那由子の叫び。
昴 「違う…」
だが、怯えたように、首を横に振る昴。
昴 「違うのよ…そこにいる、兄貴は…そこにいるのは」
え、と弦のほうを見る那由子。
男 「…いや、手前ェのその面(ツラ)のほうがよっぽどいい冗談だな」
男、手にしたロケットランチャーを捨てる。顔と全身を隠したマントの
口元を掴む。
男 「人ンちは吹っ飛ばしてくれるわ、昴はかっさらうわ、さんざ遊んで
くれたじゃねえか――」
マントを払い飛ばす男。その素顔――、
驚愕の表情になる那由子。
その素顔は、かなり凶暴な風貌を湛えてはいるが、すぐ隣の――斬馬 弦の
顔とまったく同じである。
男 「そのバケの皮、文字通り引っぺがしてやるぜ、覚悟しな!」
銃を抜く男――いや、"本物"の斬馬 弦。
その背後、轟くローター音。壁面の吹き抜けの外、ビルのすぐ横を
上昇してくるヘリ。横のハッチが開き、数人の武装した兵士が手にした銃の
筒先をニセ弦らに向ける。
ニセ弦「うまく、誘い込まれたということか…」
ニセ弦、呆然となっている那由子の側頭部に手にしたサブマシンガンの
銃口を向ける。ひ、と身を凍らせる那由子。
昴 「兄貴、駄目!」
昴の絶叫、一瞬躊躇する弦。その間にニセ弦のジープに乗り込む
エージェント二人。
那由子が人質になったまま、再び階下へと走り去るジープ。
○ ビルの外
入り口の外へと飛び出すジープ。
ニセ弦「容易には行かないと思っていたが!」
エージェントA「どうする?」
ニセ弦「想定されてた妨害だ。用意はしてある――」
瞬間、衝撃! バン、と沈み、曲がり撥ねるボンネットの鉄板。
重機関砲を手にした、二本の脚が着地したのだ。
ニセ弦「貴様!」
斬馬 弦である。その真上には、先程のヘリが飛んでいる。歯を剥いて
凶悪に笑い、重火器を向ける弦。
火を吹く銃口。爆発を上げるジープ――。
一瞬前、三方に飛び出していたニセ弦とエージェントたち。そのまま
各々走り去る。
一方、重火器を片手にした弦も付近に着地。その小脇には、
那由子の華奢な身体が抱えられている。
ニセ弦、すぐ近くの、鉄骨をシートに覆った建設中のビルへ。その背中を
確認し、那由子の身体を放り出して後を追う弦。
那由子「痛いっ!」
弦 「村崎、お前は逃げろ!」
那由子「――え?」
尻餅を着いたまま、走り去る弦の背中を呆然と見つめる那由子。
弦、偽者が消えた建設中のビルのすぐ前へ。その時、大きく震える
建設中のビル。組み上がった鉄骨がボロボロと落ちてくる。
ビルを見上げる弦。その鉄骨を砕き落としつつ、壁面のシートを着き抜け
飛び出す、巨大な鋼の手。
弦 「野郎!」
重機関砲を撃つ弦。その銃弾をものともせず、姿を現す巨体。
巨大な碗状の肩装甲、腰の前面に設けられた、鬼面のごとき造形のレリーフ。
謎の組織、ICONの巨大人型多肢兵器、獣骸怒である。
夜の都市、その整列と並んだビルの狭間に、突如その姿を現す異形の巨人。
そのコクピットの中、視界モニターの片隅に映る弦を睨むニセ弦。
ニセ弦「踏み潰してやる!」
獣骸怒の脚が上がる。その爪先が、足元の弦に向かって襲いかかる。
弦 「畜生!」
迫る獣骸怒から逃げつつ、重火器を撃つ弦。その獣骸怒の視線の先に入る、
先のヘリ。その中には昴と、先の赤い車の女――叶 遮那(しゃな)が
乗っている。
遮 那「まずい、上昇!」
遮那の声より早く、ヘリに向かって手を伸ばす獣骸怒。
弦 「やめろッ!!」
重火器を撃つ弦。
弦 「そいつらに手ェ出すんじゃねえ!」
ニセ弦「今は彼女が先だったな」
獣骸怒コクピット、モニターに映るヘリ。隅にアップ画像。ヘリの窓、
驚愕している昴の表情。
昴の視線、こちらに下方から手を伸ばす獣骸怒。
昴 「兄貴ーっ!」
絶叫する昴。
闇の中、閉じた眼が見開かれる。輝く、ふたつの鋭い目。
○ 小笠原諸島、そのひとつの島
夜の島、海面から見た島の影の全景。その島に轟き渡る、巨大な、
獣の咆哮――、
パァッ――、島の一角から、夜の宙空に向かって噴き上がる、光の柱。
その光の柱の中、上昇していくひとつの影。
影の一部アップ、大きく口を開く、獣の横顔のシルエット。
○ 夜の都市
獣骸怒の足元のスラスターが唸る。爆風、
弦 「うお!」
吹き飛ばされる弦。崩れ落ちた工事現場から、スラスターの炎を引き
宙へ上昇する獣骸怒。その手の先が、上昇して逃げようとするヘリに迫る。
昴 「きゃあああっ!」
悲鳴を上げる昴。刹那――、
衝撃音、満月の逆光の中、獣骸怒の巨体を殴り飛ばす、
宙空のもうひとつの巨体の影、
ニセ弦「なっ…!?」
ニセ弦、唸る。宙にて突然殴られた獣骸怒、そのまま空から地上のビルへと
落ちる。身長30メートル近い巨体の突撃を受け、砕け落ちるビル。
ビルの周囲、あちこちで爆発的に上がる火の手。
ニセ弦「くっ…」
うめき、機体を炎の中から立ち上がらせるニセ弦。その視線の先、
ニセ弦「…現れたな」
獣骸怒の目前に、降り立っているもうひとつの巨体。
引き締まった体躯、両腕、両足に鈍く輝く鋭い爪、頭部から伸びる
二対の角、
そして…その胸にて凶暴な風貌をあらわにする、獰猛なる肉食獣の顔――!
その巨体の掌の上、立ち尽くし、薄笑いを浮かべている弦。
巨体の足元、炎に染まる街を叫び、逃げ惑う人々の群れ。その群れから
外れ、建物の陰から呆然とその巨体の掌に立つ弦の姿を見つめている那由子。
ニセ弦「斬馬 弦…そして」
その巨体を睨むニセ弦。
ニセ弦「破導獣…斬砕刃(ザンサイバー)!」
獣骸怒の目前に立つ巨体、ザンサイバー。その胸部獣面、邪悪に牙を剥く
口腔の中に飛び込む弦。ギン…、ザンサイバーの双眸に光が宿る。
ニセ弦「この獣骸怒、量産機ごときと一緒にするなよ!」
ザンサイバーに駆け出す獣骸怒。その腕先の内側から、破砕用の
長大な爪が飛び出す。
ザンサイバー目掛けて揮われる爪。そのコクピットの
中に収まっている弦、迫る爪を前に不敵に笑う。
軽く上体を捻っただけで、なんなくその揮われた爪をかわすザンサイバー。
ニセ弦「なっ…」
自体の脇を抜ける獣骸怒の側頭部を、ザンサイバーの掌が荒々しく掴む。
そのまま、傍らのビルの壁面に叩きつけられる獣骸怒の機体。
ニセ弦「うっ、うおおっ!」
二度、三度と頭からビルに叩きつけられる獣骸怒。その一撃の度に
崩れ落ちるビル。ビルが完全に崩れ落ちたと見るや、そのまま獣骸怒を
広い路上に捨てるザンサイバー。
機体を立ち上がらせるニセ弦。
ニセ弦「くっ、ならば!」
ザンサイバーコクピット、突然、視界モニターから獣骸怒の姿が消える。
弦 「何ィ?」
一瞬、いぶかむ弦。刹那、衝撃。
弦 「どこに消えやがった!?」
何度となくコクピットを襲う衝撃。だが、視界モニター、どこにも
獣骸怒の姿は映っていない。
ヘリの上。横から、後ろから、幾度となくその爪でザンサイバーを叩く
獣骸怒の姿が見えている。
昴 「兄貴ィっ、どうしたのよ、危ないっ!」
遮 那「見えて、ないんだわ…ザンサイバーには敵機が」
昴 「え?」
遮那の目線の先、獣骸怒の肩装甲の後面、筒状の噴射菅から
吹き出している陽炎。そして微かに見える金色の粒子。
遮 那「ただのチャフなんかじゃない…恐らくザンサイバーの視界も
騙されている」
弦 「見えねえだけで、ここにはいるってことだよな」
唇の端を歪める弦。
ニセ弦「とどめだ!」
ザンサイバーの正面から、左腕の爪をまっすぐ突き出す獣骸怒。と、
衝撃音。爪の直撃を胸板に受けているザンサイバー。が、その爪が、
装甲を貫くどころか逆に鋭い亀裂が走り、パァッ、と割れ落ちる。
ニセ弦「なっ…!?」
遮 那「二次元絶対シールド――」
無表情につぶやく遮那。
遮 那「機体から発せられる次元波動が、装甲表面上に
異次元――二次元絶対平面を
形成する。"上下"という概念のない二次元絶対平面を、"上から貫く"ことは
不可能!」
獣骸怒の右腕を掴むザンサイバー、力任せに肘から引き千切る。
その勢いのまま倒される獣骸怒。倒れた獣骸怒の左肩の装甲を、
ザンサイバーの足が踏み砕く。
手にした、爪を伸ばしたままの獣骸怒の右腕。その爪の先を獣骸怒の腹に
突き刺すザンサイバー。道路に磔にされる獣骸怒。ザンサイバー、
両肩のホルダーから薪といった大きさの鉄棒を抜く。太鼓の撥捌きのごとく、
二本の鉄棒で幾度となく倒れ、動けない獣骸怒の機体を打ち据える
ザンサイバー。
突き込まれた鉄棒の先が頭部を叩き飛ばし、そして、胸部の
コクピットハッチが抉られ、めくり上げられる。あらわになる、
恐怖に歪んだニセ弦の顔。
弦 「潰れな」
鉄棒を振り上げるザンサイバー、
那由子「やめて!」
絹を裂くかの叫び。倒れた機体の胸をよじ登り、開き放たれた
コクピットのすぐ脇に立っている那由子。その手には、先ほどニセ弦から
渡された銃が握られている。照準も定まらず、全身を怯えで震わせ、銃を
ザンサイバーに向けている那由子。
那由子「お願い…やめてえっ!」
引きつった声で叫ぶ。その那由子を、無言で見下ろすザンサイバー。一度、
下ろされる鉄棒を握った腕。
だが、再び振り上げられる腕、
那由子「!」
きつく瞳を閉じる那由子、衝撃――、
那由子「…え?」
恐る恐る、瞳を開く那由子。その目を見張る。
ザンサイバーのすぐ後方、その爪を揮おうと接近していた、後方から
陽炎と粒子を吹き出しているもう一機の獣骸怒。その胴体から下を
切断している、ザンサイバーの手にした、鉄棒の変形した巨大な斧――!
もう一機の獣骸怒のコクピットの中、驚愕している先のエージェントA。
エージェントA「馬鹿な、センサーや視界だけではない、音も感知
できないはずだ!」
弦 「殺気は隠せねえんだよ!」
地面に落ちる、両断された巨体。
そのザンサイバーから距離を置いている、更にもう一機、三機目の獣骸怒。
その手には、呆れるほど巨大な火砲が構えられている。
エージェントB「おのれザンサイバー! だが」
砲口に溜まる、今まさに吐き出されんとするエネルギー、
エージェントB「全身を消滅させてしまえば済むこと!」
撃ち放たれる爆流――、
一瞬にして、街を包み込む炎。
炎の中、火砲を構えている獣骸怒。コクピットに響く、パイロットの哄笑。
エージェントB「最初からこうすればよかったのだ! 何が破導獣、
容易いものよ!」
刹那、前方の炎の中から、飛び出してくる巨大な影。その右手には巨大な
斧が、左手には装甲が焼け焦げた、両断された獣骸怒の上半身が
掴まれている。ザンサイバーだ。
とっさに、火砲の背を前に出して防御する獣骸怒。その火砲が
ザンサイバーの手にした上半身の直撃を受け、へし折られる。
エージェントB「や、奴は不死身か!?」
弦 「なめた真似してくれっじゃねえか!」
ブゥンッ、斧を宙に放り投げるザンサイバー。その拳が、爪が、獣骸怒の
全身を打ち砕いていく。繰り出された蹴りの直撃に、真後ろに飛ばされる
獣骸怒。
エージェントB「ザンサイバー…ザンサイバーッ!」
ボロボロになった全身を軋ませ、立ち上がる獣骸怒。
エージェントB「ひとりでは…死なんぞーっ!」
駆け出す獣骸怒。その突撃を避けようともせず、身構えるザンサイバー。
その右手を高く宙に上げる。
ヒュルル…、宙から、回転しながら落下してくる、先ほどザンサイバーが
宙に放った斧。その戦刃の柄を掴むザンサイバー、
斬――、
一閃される斧。ザンサイバーの両脇を抜ける、縦に両断された獣骸怒。
爆発…!
昴 「兄貴…」
ヘリの窓から、眼下の炎を見つめ、うめく昴。
その、爆炎が薄まった中、斧を振り下ろした体勢にて立ち尽くしている
ザンサイバー。その胸の獣面が大きく上げる、勝利の咆哮――。
○ 街中
那由子・M「街が、燃えています。私が生まれ育った街が」
炎に包まれる街。その片隅、肩を支えあい、虚ろな視線で彷徨う二人。
那由子と、ニセ弦である。
那由子・M「私は、何を失い、何を得たのでしょう? 今はただ、
私の目には、自分のすべてが壊された跡しか映らなかったのです」
那由子「――ねえ」
ニセ弦の顔も見ず、語りかける那由子。
那由子「教えて。あなたの、本当の名前」
那由子・M「私は――私たちは、どこへ行くのでしょう」
○ ヘリ内
昴・M「私たちは、どこへ行くのでしょう」
窓の外、夜の洋上、そのヘリの傍らを飛行するザンサイバー。
昴・M「兄はすべてを壊す力を手に入れ、そして私もまた、いつの間にか
その力の前に囚われた存在となってしまっています」
昴の横、座る遮那。窓の外を見つめる昴の横顔を無表情に見ている。
昴・M「いったい、どうしてこんなことになってしまったのか――いえ、
すべては定められていたことかも知れません。二十年前、あの、忌まわしい
流星が落ちた日から。そして」
飛行するザンサイバーの後方の夜空、流星がひとつ、落ちるのが見える。
昴・M「その流星が落ちなければ、私たち兄弟は、生まれてはいなかったの
です――」
(「Destruction1」へ続く)
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